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王妃の階段  作者: 桜 詩
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白い結婚

早朝、フェリシアは冬の棟の前の庭をゆっくりと歩いていた。

早くから花の世話をしている庭師が、フェリシアに挨拶をする。


(…名ばかりの王太子妃に、ね…)


社交シーズンの終わる晩夏に結婚した王太子とフェリシア…。それから2週間過ぎて、そろそろ秋の気配がしていた。


そろそろ…気づかれているのかもしれないと思うのだ。

侍女はともかく、女官長の夜の指示は日を追う事に事細かくなっている。


ネグリジェから焚き染める香。それに、エリアルドに出す酒肴。

初夜からこの日まで、二人はいわゆる‘’白い結婚‘’なのだ。

いくらフェリシアが若くて無知だといえ、結婚した男女がしなければならない事…をまだしていないということは分かっている。


こんなことを相談出来る相手はいない…。

ついに今朝は侍女たちが起こしにくる前にいたたまれずに起き出してしまった。

簡単に着れるドレスと簡単に結っただけの姿で…。

こんな姿で出歩いたと知られれば、王太子妃らしくないと怒られてしまいそうだ。


思わずため息が出る。


(影なら…どう答える?)


自分から別離を告げたはずの存在が脳裏に浮かぶ。

デビュー間もないフェリシアには、相談出来る友人もいない。事が事だけに、侍女に漏らすわけにもいかない。


思い浮かぶのは…やはりカーラの存在だった。彼女を思うからフェリシアを本当の妻にすることが出来ないのか…それとも…彼から見れば16歳のフェリシアが子供に見えるのだろうか…。


「妃殿下、お花はいかがですか?」

見れば百合の花を抱えた庭師が側にいた。

「ありがとう嬉しいわ」

「後で届けさせます」

「いいの、これくらい…。それにとてもいい香り」

フェリシアは庭師から花を受けとると、仕方なく冬の棟へと戻った。


冬の棟へ足を踏み入れてすぐに、悩みの種の出会ってしまった。

「フェリシア」

ホッとしたような雰囲気でエリアルドが走りよってきた。


「部屋にいないと聞いて…心配した」


「ごめんなさい。早くに目が覚めてしまって」


「妃殿下!」

侍女たちがあわてて駆け寄ってきて、エリアルドに一礼をするとフェリシアはそのまま部屋に戻った。

思ったよりも、庭でぼんやりと過ごしていたみたいでフェリシアはため息をついた。

(お小言…確実だわ)


何もかもが…神経に障る。


フェリシアの身支度が整う頃には百合は部屋に飾られて、香りが部屋に充満していた。


「朝食は部屋で食べるわ」

そう言うと、アミナが渋面を隠そうともせずに苦言を言った。

「お忙しい殿下との大切な一時です。ぜひ広間で…」

「気分が優れないの」

「ですが…」

「言うとおりにして」


嫌な主人だな、と思いつつもこんな気分のままエリアルドと食事なんてごめんだ…。


間もなくして、その事を聞いたのか女官長がやって来た。

知らず深いため息が漏れる。


「妃殿下、後気分が優れないとか…ご侍医を呼びましょう」

「必要ないわ」

女官長の、冷静な顔を見ていると酷く自分が子供じみて思えて苛立たしさが堪えられない。


「それではどうか、殿下と朝食を」


「じゃあ、いらないわ」

「いけません」

「医者も要らないし、朝食もいらない。でも、気分は優れないのよ」

「子供のようなわがままは、妃殿下らしくありません」


「お黙り」

フェリシアは彼女を睨み付けた。

「しばらく誰も来ないで」


「…承知しました。しばらくしてまた、参ります」


カチンとまた来たが、フェリシアは彼女を追い出して鍵をかけた。しかし…そうしたところで気が晴れる訳でもなく。


しばらく(・・・・)して女官長はまたやって来たのだ。合鍵を持って。


「…ずいぶんと早いしばらくね」


「ふつうの16歳の少女なら許される事でも、貴女にはそれは許されませんよ妃殿下」

女官長の至極正論に、フェリシアは諦めて身を向けて対面した。


「分かってるわ」


「お腹立ちの原因はなんですか?」

「多分、分かってるんでしょ?貴女には」


「わかるはずがありません。私は妃殿下ではございません、きちんと言葉になさいませ」

「…」

「黙っていても、わかりなさいなどと…そんな風には思わないで下さい」

「貴女たちの仕事は主人の意を汲むことも必要でしょ?」

「そうです」


「私は言ったはずよ。医者もいらないし、朝食もいらないと」

「ですから、そのように致しました。なのに何故まだそのようにお苛立ちなのです?」


なるほど、確かにそうだとフェリシアは思った。


「確かにそうだわ」

クスクスと笑いが込み上げる。


「…女官長。聞きたいことがあるわ」

「何でしょう?」

「王太子殿下に恋人は?」


「いらっしゃいません」

「今は?」

はい、と頷く。

「…ではその為の部屋はある?」

「…ございます…」

やはりあるのか、とフェリシアは苦笑した。


「何を考えておいでですか?」

「殿下は…私がご不満なのよ」

「まさか…そのようなはずはありません」


「じゃあ、なぜ私は、清いままなの?」

「妃殿下…」

「わたくしはまだ正式な王太子妃ではないわ」


「もしやとは…思っておりましたが…」

「貴女は気づいていると思ってた」

フェリシアは女官長に前の椅子に座るように手で示した。


「私たちは恋に落ちたなんて事は全くの出鱈目。本当は全てが計略よ?知ってるでしょ?」

これには女官長はうなずいた。

「レディ カーラ…彼女を迎え入れたいの」

「レディ カーラを?なぜ…」

「貴女が知らないはずはないわ。侍女たち話していたわ、殿下はカーラに花を贈ってる。全く関心が無くてそんな事をするかしら?彼女がもし、視力を失わなければここの部屋の主は彼女だったはず」

「妃殿下…」


女官長は絶句している。


「今は…いけません。まだ」

「いい時期になれば手配をお願いするわ」

「…そのような必要がないことを願いますが…」


言ってしまえば、少しすっきりとした。


「しかし…その方をお迎えするにしても、妃殿下にはやはりお世継ぎを産んで頂かなければなりません」

「…ええ、そうね」

「まずはそちらの問題を何とかしなければ…」

「…正直…エリアルド殿下は問題ないと思っていたのですけど…」

「殿下には、私が子供にしか見えていないとか?」

「まさか、子供はそのような見事な曲線はありません。それは私が保証します」


「見た目の問題ではないのよ」

「私共に、策を練る時間を下さいませ。妃殿下」

「…わかったわ」

「私共の主は妃殿下であるフェリシア様です。カーラ様ではございません」

きっぱりとした女官長の言葉に、歪んだ笑みを向けた。





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