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王妃の階段  作者: 桜 詩
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婚礼前夜 (E)

 いよいよ明日が婚礼だという、その日を迎えエリアルドは、意に染まない結婚をしようとしている、フェリシアの様子が気になり贈り物を渡すという名目を武器に影の姿に身をやつしてフェリシアの部屋のバルコニーに音をたてずに降り立った。


フェリシアは窓を開いてちょうど外を眺めていた。


「…今夜は呼んでいないわ」

さして驚きもせず、フェリシアはそう言った。

「いつかの、お礼だ」

エリアルドはバルコニーにハンカチとチョコレートの入った箱を置いた。


「…意外と、律儀なのね」

意外と、という言葉に僅かに苦い笑みがこぼれそうになる。


「まぁな…。遅くなったが」

そのまま、エリアルドは去ろうとしたのだが、

「いよいよ…明日よ」

フェリシアの呟きにその動きを止めた。

「そうだな」


「明日が過ぎれば…私はもう…その階段を上るしかない。そして死ぬまで降りることは出来ない」

「階段か…王妃への…」

確実に一段ずつ上るように一日過ぎるたびに、一段ずつその座が近づいていく。

生まれながらのエリアルドとは違い、フェリシアはつい数ヶ月前にその道が突如として眼前に現れたようなものだろう。恐れのような感情が見え隠れしてエリアルドはふと聞いてみた。


「怖いのか?」

「いつだって…。未知な物への恐れはみんなあるものでしょう?」

果たして……それだけなのだろうか……?


「恐れか…。しかしお嬢様の事はみんなが理想的な王太子妃だともっぱらの評判だが…。自信を持てばいいのじゃないか?」

聞こえてくるのは、フェリシアを誉め称える声だ。

不安に感じているのはきっとフェリシアだ。

そして、他の誰かを想っているフェリシアをここに連れてきてしまい、罪悪感を抱いているエリアルド自身。


「そんなもの…持てるわけがない。どこを向けばいいのかすらわからないのに。一挙一動が緊張の連続なのに」

どうすれば……フェリシアはエリアルドに寄りかかってくれるだろう……、その為にはもっと距離を縮めなくては……。

きっとそれには時が解決してくれると、信じるしかない。


「駄目だったら、誰かが注意するさ。それくらいの事だ」

「駄目よ…それじゃ…私の恥は殿下の…この国の恥じゃない」


「もう少し肩の力を抜けばいい。明るく年頃の娘らしく笑って過ごせ」

エリアルドはもっとフェリシアの笑顔がみたい。乗馬をしたときのように……、沈んだ表情をさせているのが自分ゆえだと思うと居たたまれなくなる。


「そんな余裕なんてない」

「真面目過ぎるなお嬢様は」

「真面目か…そうかも知れない。でも…考えちゃうし、周りの思う事もわかってしまうんだもの、たくさんの人を裏切れない」


「そうか…真面目なのも辛いものだな」


「影と…こうして話せるのも今夜が最後かもしれないわね」

「そうか?」

「最後にしなくてはね…」

言い聞かせているような言葉に、エリアルドは影ですら……拒絶してしまうのかと……瞼がすこし震える。

思い悩むフェリシアを前にしているというのに、解決することの出来ない事が不甲斐ない。


「貴方は…本当にいたのかしら?実は私の夢か想像じゃないの?」


その言葉にエリアルドは立ち上がり、窓越しに距離を詰めここにいる、と。影だろうとエリアルドだろうと……関係ない。ただ……力づけたい一心だった。


「この上なくここにいるが?なんだったら触ってみるか?」

「いいえ、そんな事は出来ない」

「それは…お嬢様が王太子の妃になるからか?」

「そうよ。私は彼の妻になるの」

「お嬢様はそれで、幸せになれるのか?」

「幸せかどうかなんて…関係ないわ。私が彼に嫁ぐことが…必要な事だったのよ。たくさんの人にとって」


必要な事。

彼女の強さが……この場合恨めしくある。

いっその事……明らかな拒絶でもされた方がましな気もしてしまう。使命感で……嫁がれる……。

その事がこれほど苦痛を伴うとは


「たくさんの、じゃなく、自分が幸せになりたいとは思わないのか?」


「影…貴方と話してると…なんだか余計な事をいつも話してしまう。どうして?だから…貴方は、私にとって危険なんだわ…。忘れようとしてることを思い起こさせる」

「だったら…これからも、呼べばいい」

フェリシアが求めるなら、なんにだってなっていい。そうだというのに、それすらも、そんな些細な時ですらなくそうとしてしまう。

フェリシアは……残酷なまでに理性的だった。


「いいえ…もう2度と…こんな風には話したりしない。今日までの私と明日からの私は…違うから」


「やっぱり真面目過ぎるなお嬢様は。そんなに張りつめて大丈夫か?」

「貴方に心配されることではないわよ」

「…強がりだな」

これから……フェリシアは誰に本音を打ち明けるのだろう……。

それはきっと、自分ではない、そう思うと辛くさえある。

「…あ…少し待って…」


「良かったら、恋人にあげて」

「なんだこれは」

「アンクレット。お祭りでつけようと思ってたの」

フェリシアは黒の革の手袋のを嵌めた手にアンクレットを置いた。シャラッと音を立ててそれは手に収まる。

触れあったのは…ほんのそれだけ。

「祭りか」

「私はもう使わないから」

使わないから……。

使えないから、だ。

諦めさせたのは、王太子妃という座で、他ならぬエリアルドたち王族とそして貴族たち。わずかな夢でさえ叶えさせてあげられなかった。


フェリシアはそしてエリアルドがバルコニーに置いた箱を取った。


「ありがとう、貰っておくわね」

「ああ」

「おやすみ、影」

「お嬢様も…元気で。ちゃんと誰かを…頼って頑張れ」


「ありがとう」


明日は……二人は結婚する。

なのに……なぜこんなに辛いのか……。

今は……エリアルドの前には誰もいない……なのに、幼い頃から叩き込まれた、鉄壁の感情を押さえ込む訓練は……涙一つ溢させなかった。


心には荒れ狂うほどの、嵐のような感情が渦巻いていたというのに。


小さな飾りのたくさんついたアンクレットは……踊るたびにシャラシャラと音をたてさぞかし華やかだっただろうか……。

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