麗しきひと
エリアルドとの接し方に、悩んだフェリシアだったけれど思った以上にエリアルドは、多忙のようで食事を共にする意外はほとんど顔を会わすこともなく、その事にはほっとさられた。
フェリシアは王妃のお茶の席に招かれ、ローズガーデンにあるテーブルに着いた。王宮で一番美しいと言われるだけあって、見るだけでため息が出る。
フェリシアは昼のクリーム色に小さな花柄のドレス。王妃は美しい青のドレスだった。
「フェリシア、元気になって良かったわ」
クリスタ王妃にそう言われ、
「来て早々で申し訳なく思います」
「いいの。仕方ないわ」
クリスタ王妃にはきちんとした、不調の理由が伝わっているのだろう。
「私が色々と教えてあげたいのだけれど、貴女はほとんどの事が身に付いているようだし、今から式の準備をアンブローズ侯爵夫人の教えを受けながらしてほしいの」
式、と聞いて何の事かはすぐにわかった。
「はい、わかりました」
「貴女はまだ若いし、社交の経験も少ないわ。決して一人で出来ないと思ってるわけじゃないって事をわかってね?」
「はい王妃様」
本宮にある、王妃の書斎の隣が王太子妃の書斎となる。
ここでフェリシアはシエラ・アンブローズ侯爵夫人と一つ一つ確認しながらの準備を進めていく。
まずは招待客への招待状を書いていく。これは一家族一通で、もし書き損じればまた書き直しなので慎重に書いていかなければならない。
シエラは、貴婦人の鏡ともいうべき女性でたおやかな笑みが似合う美しい人だ。毎日必死で余裕のないフェリシアはこういう大人になりたいな、と思わせるそんな人。
本当にドレスの裾の裾まで、神経の行き届くようなそんな所作がとても美しい人なのだ。
「ではフェリシア様、これが見本ですから、まずは相応しい紙と封筒を選んでくださいね」
今回は国の行事であり、王太子の紋章の透かしが入った物がそうである。きっととても高価なその紙は書き損じたからといって捨てるのもためらわれる値段かと思われた。
羽ペンをインクに浸し、フェリシアは正確に書き始めた。シエラが書いた紙を隣のテーブルに並べてインクを乾かして行く。
「今日はここまでにしましょうか?」
シエラが声をかけたとき、フェリシアの指はすっかり疲れていた。
「はい」
シエラとフェリシアが、ガーデンのテーブルにつくとちょうどクリスタ王妃も出て来てフェリシアは、お辞儀をして礼を示した。
クリスタ王妃には続いて侍女たちが来たのだが…。
そのうちの一人を見てフェリシアは思わず驚いた。
(アイリーン…!)
「驚いた?」
クリスタが笑いながら言い、シエラも笑っている。
「先日、私付きの新しい侍女が入ったの。アイリーンよ」
アイリーンは侍女のお仕着せの黒のワンピースと白のエプロンとヘッドドレスをつけた姿でフェリシアにお辞儀をしてみせた。
(…侯爵家の惣領姫が侍女勤めなんて…)
「どう?準備ははかどっていて?」
「はい、侯爵夫人がきちんと教えてくださいますので」
「ドレスメーカーを呼んで、うんと綺麗にしなくてはね」
「…うんと…ですか?」
「王族の結婚はアルベルト以来よ。華やかにすれば街も活性化するの。貴女のドレスをいつも作ってる子を呼んで、決めていきましょうね」
「仰せのままに…王妃様」
クリスタ王妃とのお茶を終えて、フェリシアは本宮から、冬の棟へ渡る回廊を歩いていた。曲がり角の手前で、庭側を歩いているらしい侍女たちの話し声が聞こえてきた。
「それキレイね」
「レディ カーラによ」
フェリシアは、それで歩みを止めてしまった。
「レディ カーラに?殿下から?」
「そうよ」
「それ、フェリシア様がお知りになったらご不快じゃないかしら?」
「それはそうでしょ?もうご婚約なさったというのに」
「あー、でもいい香り」
「でしょう?いい香りがするように庭師に作らせたそうよ」
「ええ…!」
侍女たちはそのまま、回廊の近くから遠ざかって行った。
(…やっぱり…気のせいじゃない…。エリアルド殿下は…レディ カーラを想ってる)
かわいそうな…エリアルド…そして…カーラ。
そして、自分だって…可哀想だ…。この結婚は誰も幸せにしない。




