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王妃の階段  作者: 桜 詩
26/59

夜の庭 (E)

 王宮の大舞踏会で、エリアルドとフェリシアの婚約は正式に発表されエリアルドの心はようやく……と浮き立った。


緊張しているのか堅い表情のフェリシアは、それだけに初々しく見せつけたいような……隠したいような、そんな妙な気持ちを抱かせていた。


婚約の証の指輪……。

その名にふさわしいブルーダイヤは幸せを呼ぶ石だという。

フェリシアという名前の意味もそして幸福、つまりは彼女の為に選んだ物だった。それを彼女の指に嵌めた時……場所もわきまえず抱き締めたくなるのを必死に抑えるので精一杯だった。


「おやすみ、フェリシア」

「おやすみなさい……殿下」


微笑むフェリシアと、エリアルドにはまだどこか見えない壁があり、それも仕方ないか……と婚礼までは待つしかないと心中でため息をついた。


部屋に戻り少し経った時


「なぁ……姫さまが庭にいるが……影の出番じゃねぇ?」

突然声をかけてきたのはジャックだ。

「一人で?」

「そう」

あっさりというジャックに、エリアルドはなにも返さずに、すでに部屋に置いてあった黒騎士の服に着替えて、庭に窓から降りた。


微かに夜風に乗り歌声が聞こえて……。


美しい旋律は、どこか切なげでさえある。


「こんな時間に散歩を?」

下町訛りの言葉は、外国語を覚える感覚でジャックの言葉を真似ている。暗闇で、黒い前髪がはらりとかかり容貌をかくしてエリアルドの顔はよく見えないに違いない。


「影?」

「そうです、お転婆なお嬢さま」


「少しだけ、降りてみたくなっただけ」

何もないのに、夜の庭に降りるなんて……何か悩みでもあるのかと……。


「歌が…聞こえたが?」

「そう…聞こえたの」


「どうせなら、昼にみんなに聞かせればいい」

「次は、そうするわ。でも、夜は…闇に紛れて、落ち着くの」

そう言って肩をすくめるのを見れば、細い肩を抱き寄せてしまいたくなる。


「こんな事を、俺が聞いて怒らないといいのだが…」

「なぁに?私がふらふら夜の散歩をしてたことを内緒にしてくれるなら怒らないわ」

ふっとその言い方に笑みがこぼれる。……エリアルドよりも、なんだか違う顔を見せてくれる影の姿ならば……わずかな本音を言うのでは無いかと……期待した。


「悩み事かと思っただけだ」

「悩み事…なんて事じゃないの。単にホームシックなのよ。ここは空気が違うわ…。ブロンテ家の領地が懐かしい。それだけ…子供みたいだから本当に内緒にしてて」

「なるほど…」


ホームシック……それ以上に彼女の環境があまりにも激変してしまった。

(我が儘でもなんでも……言ってくれたなら……)


「まぁ、何かあれば殿下に言えばいい。婚約者だろ?」


「知ってるんでしょ?」

「何を?」

「前に殿下に直接、言われて私の警護をしたと言うことは、彼の側近なんでしょ?私たちは政略だって事くらい知ってるでしょ?」


政略だ、その言葉がエリアルドの心にのし掛かる。しかし……この姿ではエリアルドとして否定は出来ない。

政略だけじゃない、と伝えられたなら……。


「仮にも王太子だ。大概の事は願えば叶うだろ?」

「殿下も、私も…叶わない事はたくさんある。私はともかく、殿下はきっと、いろんな事を諦めて来たんじゃないかと思うの。そんな人に下らない悩みなんて言えるわけないわ」


フェリシアの言葉に、無力感が押し寄せる。どれだけ権力という物が……人の心の前には無力なのかと。フェリシアが叶わない事……それを聞き出すにはあまりにも、築きあげてきた時は足りなさすぎて彼女のいう下らない悩みを、それは何だと聞けなかった……。


もしも……結婚したくないなんて言われてしまえば……ずきずきと痛むはずのない言うなれば、心が……痛かった。


「……わかった…じゃあ、なんかあったらまた俺に言え。話くらい聞いてやる」


「貴方に言っても仕方ないでしょ?」

「独り言を言うつもりで言えばいい。答えられる事なら答えてやるから」

エリアルドに言えない事……せめて影の姿なら……思う存分ぶつけてはくれないだろうか……。


「変な人ね。影は。貴族や王族なんて、嫌いじゃないの?」

フェリシアは下町生まれに身をやつしている影への思いやりが見える。だが


「お嬢様は、なんて言うか…。意外とひねくれてるのか?」


「ええ、そうね。とっても…」

フェリシアはエリアルドを見上げてきた。


「これ…今日貰ったの」


フェリシアは闇の中の微かな光でも輝くリングを見せた。それはさっき贈ったばかりのリング。


「これ1つで、一体何人が何年暮らせるのかしら?って思ってた。バカみたい」

確かに……世の中を見ればそうだろう……しかし……、贈った側としては……バカみたいと言われて苦い笑みが込み上げた。


「バカみたいと言ったが…お嬢様には似合ってる。庶民の娘がしたところで似合わないだろう。その価値は…バカみたい、そう言えるアンタにこそ相応しい物じゃないか?」

何故だが……傷ついているように思えて……どうすれば慰められるのか……エリアルドは必死だった。


「これを…受けとる資格は私には本当はないの。たまたま、私は貴族の家に生まれたの。だからメイドたちのように、掃除も洗濯も料理もしたことがない。高価な化粧品を使って、磨かれてそうすれば、美しい手をしてる貴族のお嬢様の出来上がりよ。ピアノに声楽、外国語にダンス。勉強…それから…。親の目を盗んで、木登り、水遊び…スケート…」

木登り水遊び辺りで、自然と笑いそうになる。

「…やっぱりお転婆だな…」

クスクスとフェリシアは再び笑った。


「親の目を盗むって言うのが快感なの。それで、ばれなかったら最高。ばれたら…最悪」

「お嬢様は尻を叩かれたりなんかしないだろ」

「どうかしら?」

「…うっわ、想像つかないな」

「そう?多分…貴族だって基本は、同じよ」


「…お嬢様は…後悔してるのか?ここに来たことを」

それは今一番気になる事だった……。


「いいえ。後悔はしない、自分が決めたことだから絶対に」

きっぱりと言うフェリシアには、意思の強さが見えて、黒い前髪の下で目を細めた。


「そうか、うん。後悔しないというのは…良いことだ」

「何もかも…誰かのせいには…しないししたくない。私の事は私が決めるの」

「なかなか勇ましいな、お嬢様は」

「そう?…そうね、私はブロンテ家の娘だから…強くありたいと、いつも思ってる」

「それ、いいな」


「お転婆で勇ましくてもまぁ、なかなかいいお嬢様だと思う、俺は」

「なあにそれ」

クスクスとフェリシアは笑う。


「そろそろ、帰るわ。ありがとう影、楽しかったわ」

そう言って、帰っていく後ろ姿を見つめながら……友情でもいい……なんて言った事を後悔した。

そうじゃない……エリアルドはフェリシアの全てが……欲しい。

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