直接対決 (E)
ジャックたち黒騎士らと、諜報部の働きで速やかにナサニエルがフェリシアに害をなそうとしていたのは、明らかになっていた。
ただ……証拠となるものにはさすがに慎重で、なかなか見つける事が出来なかったのだが……そこは、さすが専門家だった。
雇った末端から、手繰り寄せていった先に、ナサニエルの直筆の文書を見つけ、尚且つ、カートライト夫人の過去の不貞を裏づける手紙とそれに……噂にもなったが……密通の末の極秘出産だった。単なる噂に過ぎないのと、信実そうであると証拠があるのとでは雲泥の差がある。
その証拠を手にエリアルドは、騎士達を引き連れて早朝のカートライト侯爵家に突然押しかけた。
「これは……、エリアルド殿下。我が娘を選んだと……おっしゃりに来られましたか?」
早朝の突然の訪問にも動じず堂々と登場したナサニエルにはある意味尊敬に値する。
「今日は……ナサニエル、お前の企みを終えてもらうつもりで来たが?」
薄く笑みをのせたまま、優雅にエリアルドは告げた。
「企み……とは、なんの事か」
「フェリシア・ブロンテを賊の仕業に見せかけて殺すかもしくは傷をつけるように命じたな?」
物騒な話をしつつも、その表情は常と代わらない。
いっそそれは、不気味な程だろう。
「どこにそんな証拠が?もしもそんな事実があるなら、それはたまたま、裕福な家を狙ったに過ぎない」
「そう……見せかける為に、あちこちの家を賊に襲わせていた。証拠は上がってる」
「はははっ、殿下は推理小説がお好きかな?よくまぁ次々とそんな……」
「黙れ、ナサニエル・カートライト。家を取り潰されたくなければ、おとなしく罪を受け入れろ。さもなくば、主領地も家屋も国で預かることになる」
「貴方にそんな事が出来るかっ!」
「出来るな……私は、次の王であり、この爵位を取り上げる権限がある」
正式にはまだ、王ではないが、それに継ぐ権力をもつエリアルドは直接裁く事は出来ずとも弾劾裁判を行う事が出来る。
「それは横暴な……!」
「ならば…ロレイン・カートライトが秘密裏に出産した娘の存在を明らかにしようか?プライドの高いお前がそれに耐えられるのか?それとも……新聞に夫人の送った手紙を載せてみせようか?それは真実あった事なのだから……きっと、貴族たちに楽しめる話題になるだろうな」
「あの……女が、そんな物を……!」
その言葉に、嫌悪感が隠せず冷淡に告げた。
「あの女ではない……お前の妻だ」
「アイリーンは……王宮で預かることにした。父の犯して罪を償う気持ちで侍女として仕えたいらしい」
思うにアイリーンは、この家が嫌いなのだろう……。ならば、人質のようにしてしまうのは心苦しいが、ナサニエルに利用価値としてでも大切に思うのならば少しは効果があるかもしれない。
「なんだと!うちの娘が、そんなことを!」
ギラギラとした琥珀色の瞳をまっすぐに見返して、
「お前がそんな風だから、最早誰もついてこないだろう?最近お仲間の貴族たちと……連絡はついているか?」
「な……んだと?」
「これまでと…違う新たなるタウンハウス生活になると保証しよう。お前はやり過ぎたんだよナサニエル」
前から新政派に送り込んでいたさる、伯爵はここぞとばかりに働いてくれたようで、すでに疑心暗鬼に陥った派閥は、その力を大幅に減じていたし、カートライト侯爵家の使用人たちは、下働きから少しずつ引き抜いて、すでに大勢が辞めておりナサニエルの意をくんで働ける者も、仕事が増えて手一杯だろう。
これで今後なにかしようとしても、綻びは生じやすくなる。そして、新たに雇った使用人にはエリアルドの息がかかっている。
これで……当分は抑えられるはずだ。
そして何よりも、今ではしっかりとナサニエルの行動の全てがエリアルドの監視下に置かれている。それは、分かっては居ないだろうが……、貴族特有の傲慢さのある彼は下働きの顔ぶれやメイドや従者の事など、露ほども気にかけてはいない。だからこそそこに付け入る隙があった。
「話はこれで終わりだ……これにサインをしてもらおう……。シャーロック、書類を」
シャーロックと呼ばれた騎士は書類を並べて
「一枚目は領地の一部の謙譲、二枚目はアイリーンの侍女勤めの了承、三枚目は……王家への忠誠を……」
そつ告げて、みるみる青ざめるナサニエルをひたと見て
「形だけですから」
シャーロックは無表情で淡々と述べ、ペンを持つように促した。
ブルブルと震える手で、やや乱雑にナサニエルはサインを三枚ともに書き記した。
「では……これからも侯爵家としての勤めをきちんと頼むとしよう、ナサニエル」
下手な真似は赦さないと、視線に込めてエリアルドはカートライト侯爵家を後にした。
「いっそ取り潰せば宜しいかと」
「ここは分かりやすい必要悪だ、シャーロック。小さな子悪党があちこちにいるよりもよほどやり易い。それに……潰すのはいつでも出来る……それが大事なんだ」
エリアルドはそうだろう、と微笑んだ。




