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月を染めゆく緋色のベルベット  作者: 藍スミレ
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旅路へ

まだまだ頑張ります!

「む? なんだ、まだガキじゃねぇか」


 見れば、鎧を持っている者達は全員、年端(としは)もいかない少年ばかりであった。


 髪は皆ボサボサにベタつき、ボロボロに破れた布切れを、服の代わりとしてローブよろしく身に付けている、見窄らしい格好の少年達。


 だが、ヴァルドレッドを見据える双眸は、決して子供のソレではない。

 飢えた狼を思わせる獰猛な目つきだ。

 並の人間ならば、例え私物をひったくられても、まず関わろうとは思わないだろう。


「だがまぁ、盗み(こんなこと)するくらいだ。毎日それなりの覚悟を持って生きてやがんだろ? 俺はガキだろうと容赦しねぇからな」


 しかし、歴戦の大騎士にその類は通用しない。

 決死の覚悟を抱いて襲ってくる強敵や、大軍で押し寄せてくる兵士達の威圧感に比べれば、むしろ可愛げさえ覚えてしまう程に、酷く矮小だ。

 勝負どころか、喧嘩にすら発展せずに終わりを迎えるだろう。


 すると、


「散れ! 散れぇ!! アジトでまた合流すんぞ!!」


 少年達の中の一人が、皆に号令をかけた。

 リーダー格の少年が、この者にはどうやっても勝てないと心中で悟ったのだろう。


 少年達は蜘蛛の子散らすように逃げていく。


 少年達とて、今まで盗みを働いて敵に追いつかれた事など、これが初めてではない。

 ましてや、子供だけではどうしても勝てない敵などざらにいる。

 故に、そういった場合の対処方も心得ているのだ。


 それは単純に、皆が別方向に逃げるというモノ。

 この町で自分達の知らない道などない、子供しか通れない程の小さな抜け道だって知っている。

 決して捕まる事は無いだろう。

 ましてや、相手がよその者ならば尚更だ。

 万が一敵に捕まったとしても、後で仲間が大勢の仲間達を引き連れて、助けてくれる。


 などといった内容である。

 だが、


「ふん、小賢しい」


 ヴァルドレッドは、相手の意図を悟って鼻で笑い、片足で、勢いよく地面を踏みつけた。


 ズンと、凄まじい大気の揺れを少年達は感じる。


 少年達はヴァルドレッドに向けた背を、おそるおそるゆっくり反転させながら、後ろを向く。

 見れば、女の足元から無数の亀裂が葉脈のように広がって、一面を覆っている。

 その光景を見て呆気にとられた何人かは、思わず手に持った鎧の一部を、地面に落とした。


「気が変わった。 大人しく鎧と剣を返せば、今回は見逃してやる」


 ヴァルドレッドはにっこりと笑う。


「ただ、従わないってんなら……こうなるぜ?」



 ……………



「えっと……なんでまた(ウチ)に帰ってきたんですか」


 呆れた様子で頰をかきながら、ロウは尋ねた。


「あん? また来るって言っただろ」


 全身に、豪奢な装飾と赤い琺瑯が施された、煌びやかな鎧を着こんだヴァルドレッドは平然と答えた。


 そうじゃなくてとかぶりを振りながら、ロウは慌てて状況を説明する。


「そうじゃなくて! 貴女(あなた)がここにいると僕が酷い目にあうじゃないですか! 報復の対象として!」


 もしかしたら関係者だと思われて、今日の内にでも仕返しに来るかもしれない。

 もしくは、人質(ひとじち)に取られて何か酷い事をされるかもしれない。

 あるいは、散々コキ使われた後、元の奴隷商人の所に送られてしまうかもしれない。


 などといった悪夢に、ロウは脳内を蝕まれていた。


 すると


「じゃあ、俺と来いよ。 丁度、荷物運びが欲しかった所なんだ」


 グッと親指で自分の顔を指すヴァルドレッド。


 一方、ロウはその発言に酷く困惑していた。

 今まで、自分を助けようとしてくれる人間なんて、一人もいなかった。

 毎日、体に鞭を打たれて無償でコキ使われても、まるでそれが当たり前と言わんばかりに、周りの人間は眉一つ動かさなかった。

 まるで馬車馬のように過酷で、虚ろな毎日。


 その中で分かってしまった。

 自分には奴隷以外に、なんの価値も無いのだと。

 自分には奴隷として働いていく以外に、生きていく道なんて無いのだと。


 少なくとも、今日の今まではそう思っていた。


「えっと……ぼっ僕なんか……でも…その」


 指同士を何度も絡ませながら口ごもっているロウに、ヴァルドレッドは痺れを切らした。


「来ねえのか?」


 若干重みのある言葉に、ロウは反射的に背筋を伸ばしてハイと返事した。


「よし、 じゃあ早速出発だ!」


「どっどこへです?」


 満面の笑みでヴァルドレッドは答える。


「商人の町、ライグス!」

まだまだ頑張りますよー!

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