ロウ
気がつけば、傷口に真っ白な包帯が巻かれていた。
出血も止まっており、体は岩石のように重いが、動けない程じゃない。
「……ここは…」
見るからに民家の一室ようだ。
ただ、人の部屋と言うには余りにも質素な、人が生きていく上で、最低限使うであろう調度品しか置かれていない。
小さなテーブルと一人用のベッド。
その二つのみだ。
「目が覚めましたか、良かった」
不意に、後ろから声が聞こえる。
振り返れば、そこにはボロボロの布切れを身に纏う小さな少年が笑顔で立っていた。
髪は百合の花のように白い白髪。
肌も驚く程に白く、瞳は真紅の宝石のように赤い。
アルビノだ。
今まで、浮世離れした風情の人間は嫌と言うほど見てきた。
かつての同胞達がそうだ。
決して余人には扱えない魔剣や呪具の数々を難なく使いこなし、幾度も魔物や怪物を屠ってきた。
怪物に立ち向かうのもまた、怪物という訳だ。
しかし、このような人種は初めて見る。
「誰だ……お前」
見れば、少年の手にはパンが握られている。
食事中に私は目覚めたようだ。
「僕はロウと申します、偉大な騎士様」
晴天の陽光のように朗らかな笑顔で話す少年、けれどその笑顔はあちこち傷だらけだ。
何があったかは容易に想像できる。
パンを持った手首に、深々と刻まれている奴隷の印が、少年の経歴を物語っているからだ。
おそらく、彼は奴隷商人から逃げてきたのだろう。
ただ、逃げたはいいが行くアテが無い。
働こうにも、手首に刻まれた奴隷の印で身元が分かってしまう。
奴隷の印は、売る商人によって形が違う。
誰がどこで売ったか分かるように、優秀な奴隷であればまたそこで買おう。
などといった宣伝の役割を持ち、同時に、逃げ出した奴隷がどこの出か分かる役割も持つ。
故に、身元がバレれば元の商人に連れ戻される。
この少年は、そんな危険を冒してまで私を救ってくれたのだ。
「お前が手当てしてくれたのか、危うく命を落とす所だった、ありがとう」
少年はかしこまった様子で一礼し、テーブルに座ってパンを食べ始めた。
痩せた手足だ。
少し力を加えれば、枯れ枝のように簡単に折れてしまいそうな程に。
ロクに食べ物も手に入らないのだろう。
本来ならば、あの戦場で落とす筈だった命。
それをこの少年は、自分の身の危険も顧みずに救ってくれた。
騎士として、敬意を抱くなと言う方が無理である。
「いや、元騎士……だな」
思わず、私は皮肉を口走っていた。




