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月を染めゆく緋色のベルベット  作者: 藍スミレ
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赤天の騎士

 生い茂った草を踏みながら、レイスはヴァルドレッドに近づいていく。


「ああ、そうだよ。汗だくになるつもりは毛頭ねぇ」


 ギリリと、聖剣を握る指に力が篭る。

 赤い瞳は、真っ直ぐにいる敵を捉えて離さない。


「そうなる前に、テメェを斬るからなぁ!」


 瞬間、ヴァルドレッドの聖剣から、(ぼう)っと無数の金粉が炎の中を舞い踊っているかのような、輝く真紅色の炎が生まれた。


 燃え盛る炎は、次第に大きくなっていく。

 バチバチと、空気が焼かれる音が周囲に轟く。

 周囲は、焼けるような灼熱の風に見舞われる。


「ああ、それが破城の聖剣(プルート)の炎」


 津波のように押し寄せる凄まじい熱風から、顔前を手で遮り、まるで古い壁画でも見るように、レイスは呟く。

 かつて、彼女が反逆を起こす前。

 ヴァルドレッドの聖剣の力を見た者は、王を除いて誰もいなかった。

 凄まじい炎を操る、とまでは皆が聞いていたものの、実物を見た者はやはり誰一人としていない。

 レイスも、その例に漏れない騎士の一人だ。


 彼女が、聖剣の力を人に見せなかった理由は二つ。

 今までに、彼女の前に立ちはだかった敵が、あまりにも弱すぎた事。


「……そんじゃあ、行くぜ。 覚悟しな、坊主」


 言って、ヴァルドレッドは燃え盛る真紅の聖剣を、横に薙いだ。

 瞬間、振られた聖剣から三日月型の炎刃が生成され、レイスを喰らわんとする猛獣の如く、彼の騎士に走っていく。


「なんの!」


 レイスは向かってくる炎の刃を、薪割りのように難なく両断した。

 バシュウッという音と共に、辺りに小さな火花がタンポポの綿毛のように散っていく。


「後ろがお留守だぜ」


 ゾクリと、レイスの背骨に冷たいナメクジが這うような悪寒が走る。

 振り向いて対処するのでは遅い。

 レイスは、咄嗟に剣を背中に当てて前へジャンプした。


「ほお、さすがは騎士の端くれだ。 だが、そんなへっぴり腰じゃあ、俺は倒せねぇぞぉ!!」


 真紅の炎を纏った聖剣を、地面に突き立てる。

 瞬間、生い茂った雑草は全て灰と化し、地面という地面からランダムに真紅の炎槍が突出していく。


「ぐっ!」


 炎槍がレイスの右脇腹と左肩を掠めた。

 咄嗟に体を唸らせて、なんとか致命傷を避けたようだ。


 しかし、それだけでは終わらなかった。


 まるで剣山の如く、次々に生えていく炎槍は、あろうことか周囲に炎を吐き出したのだ。

 もはや、レイスに逃げ道など無い。

 辺りの木々は一瞬にして焼け、倒れ、炭と化す。


 そこは一瞬で煉獄と化した。

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