どこか
ドクンドクンと、心臓が脈打つかのような振動を、ロウの掌は確かに感じた。
「胎動って、どうゆう事ですか」
慌てて壁から手を離し、ヴァルドレッドにピッタリと寄り添うロウ。
「どうって、そのままの意味に決まってんだろ。 多分、この宿に泊まってた客を全部飲み込んで、より強い新しい魔物に生まれ変わるつもりなんだろ。 たまにいるんだよ、そういう珍しいヤツが」
言って、ヴァルドレッドは握っていたプルートを床に突き立てた。
「……え」
およそ、木材に刃物を打ち込んだ音ではなかった。
グチッという、水分を多分に含んだ肉を切ったかのような音であった。
「ほらな、比喩でも何でもねぇ、本当に俺達はヤツの胃袋の中なのさ」
ヴァルドレッドは、床に刺したプルートを一息に引き抜いた。
刺された床には、縦長の刺し傷が広がっていた。
しかし、次の瞬間に傷穴はブクブクと膨れ、盛り上がり、みるみる内に傷を塞いでいく。
ものの数秒で、開いた傷は影も形もなくなった。
「見た通り、壁や床を壊して脱出なんてのは不可能に近い。 仮にできたとして、その頃には俺とお前は疲れてヘトヘトになっているだろうさ。 その状態で戦闘なんてキツいにも程がある」
言いながら、ヴァルドレッドは廊下を進む。
ロウも慌ててついていく。
「まぁ、だからって俺が負けるなんて事はありえねぇけどなぁ」
プルートに雷が走る。
漂う空気を切り裂き、床や壁、天井を次々と赤雷が灼いていく。
「もやし、ちとビリビリするだろうが、我慢しろよ」
ヴァルドレッドは、プルートを勢いよく虚空へ振るった。




