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7 母親

 夏に夕立は付き物だ。

 空に入道雲が見えて、雷の音が聞こえたら何も言わず、洗濯物を取り込むが吉だ。

 ざあざあと振り続ける雨を見ながら、和花は溜息を吐き出した。

 窓の表面を雨粒が川のようになって流れていく。

 空も和花の心を写したように重い色の雲が立ち込めている。

「珍しいわね、溜息なんて」

 母親が和花の近くに座り、取り込んだ洗濯物に手を伸ばした。珍しく、社での仕事が無いらしく、まだ、夕方なのに、家に居た。

 慣れた手つきで服を畳んでいく母親を和花は何処か呆然と眺めていた。

「颯ちゃんと喧嘩でもしたの?」

 母親の一言に和花は顔をしかめた。

 普段、あんまりかまってくれないが、こういう時は恐ろしく鋭くなるのだ。それが母親というものなのだろうか。

 和花は母親から視線を逸した。

 雨が窓を叩く音だけが部屋を満たす。振り続ける雨は何かを訴えるかのように、より一層、強まった気がした。

 母親はクスクス笑った。

 何が楽しいのやら、と和花は不貞腐れた。

 窓を伝い落ちていく水を眺める。

「颯ちゃんは家庭が難しいものね、ちょっとくらいは我儘聞いてあげるのよ?」

 母親が穏やかな声で和花に告げる。

 それすらも、和花は気に食わない。皆が颯太の味方をしている。いや、和花の敵になっている。

 そんな気がする。

「知らないよ、そんなこと」

 トゲトゲした言葉で言い返せば、静寂が訪れた。雨が窓を叩く。

「ねえ、和花ちゃん」

 不意に母親が和花の名を呼んだ。

 真剣な声だ。真面目な話をする時の声だった。

 だけど和花は頑なになって振り向かなかった。唇を一文字に引き結すんで、外の景色を眺める。

「颯ちゃんのこと嫌いではないでしょ?」

 母親の言葉に和花はそんなことない、と内心で首を横に振った。

 神様を否定するような奴は嫌いだった。会えば最後、口喧嘩はしょっちゅうだし、お互いも特別仲いいわけではない。

 少女漫画と違って、仲良い幼馴染なんて幻想だ、と和花は思うのだ。

「颯ちゃんはね、自分の家が複雑だから、分からないだけよ。本当はね、和花ちゃんのことが大好きなはずのよ」

 和花は母親の言った言葉に驚いて振り返った。

 母親の妄想が激しすぎるような気がするのだ。じっと見つめてしまう。

 そんな和花の視線に気が付いて、母親はくすり、と笑った。

 颯太の家が難しい事情を抱えていることは和花だって分かっている。だけど、それがどうして和花のことが好き、という解釈になるのだ。

 意味がわからない、と和花は母親をみた。きっと今、変な顔をしているに違いない。それでも、母親を見ずには居られなかった。

「そうねえ、ちょっと不器用なのね」

 クスクスと笑う母親。

 やってられない、と和花は窓の外に視線を投げた。

「でもね、きっと颯ちゃんはきっと和花ちゃんには大切な人になると思うわ」

 母親が手を止めて、和花を見据えてくるのが窓に映った。

 和花は窓越しに母親を見つめてる

「だって、また視える様になったのでしょう?」

「…っ! どうして!?」

 母親の言葉に和花は立ち上がり、振り向いた。

 窓の外で雷が鳴り響いた。

 母親がクスリ、と笑った。

 あ、鎌をかけられたのだ、と和花は理解した。

「母親ですもの。最近、様子が変だなってことぐらい気がつくわ」

 ふふふ、と含みを持った声で笑う母親。和花は何も言えずに黙り込んだ。

 自分自身に腹が立った。どうしてこんなにもうっかりしてしまうのだろう、とホトホト呆れてしまった。

「私は母さんや和花みたいに神様を視ることは出来ないわ。龍現君のように感じることも出来ない」

 急に母親は真顔になって言った。

 和花は押し黙る。

 外で稲妻が光った。すぐに雷の音が聞こえてきた。

「だけどね、一つ大事なことを言えるわ。自分の世界だけに引きずられては駄目よ。視野を広く持ちなさい」

 窓の外が真っ白になった。続いて轟音が鼓膜を焼いた。

 母親はその中で毅然とした態度でそこに座っていた。その光景が和花の網膜に焼き付いた。

「し、や……?」

 和花は拾えた単語を繰り返した。

 母親は頷いた。しかし、それ以上は何かを語ってくれる様子はない。後は自分で考えろ、ということなのだろう。

 和花はまた、窓の外に視線を移したのだった。

 先程の雷が最後だったのか、雨は弱まっていた。

 和花は窓に残っている雨粒が流れ落ちていくのをぼんやりと見つめたのだった。


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