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35 最後の……

 祭りに戻ると騒ぎは大きくなっていた。

 神社の池の水が天へ昇って消えたのだと言う。風も無く、穏やかだったのに。

 和花の父親と母親は何が起きたかも分からず、てんてこ舞いだった。

 そこへ、お神楽が終わってから姿を見せなかった和花がひょっこり現れたのだ。父親も母親も何かを察したらしい。

 土地神であるスイが喜んでくれたようだ、このまま祭りは続行する、と無理を押し通した。

 和花は流石に無理すぎる言い訳な気がして苦笑いするしか無い。

 が、村の人達はスイへの恐れと敬いを取り戻したようで。そんなこともあるのかね、で納得している。

 まだ、スイへの信仰は途絶えないようだ。

 これだけの力を見せればそうなるのかもしれない。現実的な人はまだ、唸っていたが。

 提灯に火が灯っていく。

 祭りが再開した。

「お前、何処行ってたんだよ?」

 いつの間にか、隣に颯太がいる。

 何処、とは説明し難いし、和花自身何が起こっていたのか言葉にできない。適当に濁しておいた。

 和花の反応を見て、颯太は興味なさげに、ふうん、っと返事をしただけだった。

「まあいいや。龍現の兄貴にあんまり心配かけるなよ」

 そう言って颯太は祭りの人混みの中へと消えていった。

 祭り囃子が響く中、和花は騒ぎの後片付けの為に走り回ることになった。

 花火が上がる。祭りの最後を報せる花火が。

 夜空に一つ、二つ、また一つ。散っては咲いていく美しい景色に和花は足を止め、空を眺めた。

「ごめんね、スイ」

 スイの伸ばしてくれた手を取らなかったこと。今では後悔しているのだ。

 本気で和花を心配してくれたのに。それを振り切っておいて怖くなったから助けてください、なんて。

 都合が良すぎる自分が酷く醜い気がした。

 そして、和花は意味を理解する。

 ──俺は人が嫌いで愛おしい。そう言ったスイの心境を少しだけ。


 花火が終わり、祭りも終了。

 片付けをしながら、今日の説明を簡単に父親と母親には話しておいた。龍現には、父親から話をしてくれることで決まった。

 和花の説明は上手くまとまらなすぎて要領を得ないらしい。

 祭りに協力してくれた人に挨拶をして。

 それから、打ち上げという名の飲み会に巻き込まれ。

 和花が目を覚ましたのは翌日の日も随分高くなってからのことだった。

 家には誰も居なかった。

 和花は当たり前か、と笑う。

 父親も母親も龍現も神社の本殿へ行って、お祭り後の祝詞を上げているに違いない。

 和花はそっと家を抜け出した。

 境内を横断する。

 そして、神社の裏の林へとぶらぶらと足を進めた。

 何故だか、スイに会える気がした。

 蝉の鳴きしきる中、和花は足を進めていく。

 そして。

 木々の間に見知った影を認めた。

 風に靡く青みがかった黒い長髪。女子も顔負けな白い肌。濃紺の羽織。底の高い草履を履いて、穏やかな光を灯した瑠璃色の瞳。

「スイ!」

 和花は走り寄って行ってスイに抱きついた。

 スイは予想はしていなかったはずなのに、いつだって和花を抱きとめてくれる。

 スイが和花の頭を撫でる。和花の黒い髪に指を通して、サラリと後ろへ払ってくれた。

「聞いて」

「ああ」

 和花が声をかければ、スイは静かに答えた。 

 祭りを駆け回りながら、和花は考えた。スイの手を振り払ってしまったこと。そして、自分はこれからどうするべきなのかを。

「私、自惚れてた。神様が視えるってだけなのに」

 和花は言葉を選びつつ、スイに告げる。

 スイはだまって耳を傾けてくれていた。

「裏切られたような気がしてスイのことを傷つけた」

 スイは一瞬、何か言いたそうな顔をした。

 だが、和花の話しを最後まで聞いてくれることにしたのだろう。口を噤む。

「だからね、私。スイの言ったとおりにしようと思うの」

 和花は息を吸ってから、そう言った。

 スイが黙って和花を見つめてくる。それから、頷いた。

「そうか。君が自分から決めたのなら、そうしよう」

 スイが目を細める。瑠璃色の瞳は色んな感情をはらんでいた。

 だけど、そのどれも言葉にしないと決めたのだろう。スイは唇を引き結んで、和花の頭を撫でてくれた。

 祖母の葬式の時、そうしてくれたように。

 穏やかな温かい手が、和花には大事なものだった。他にはない、大事な手だった。

 和花は灰色の瞳を開いた。

 蝉が鳴く中、スイの足が少しずつ消えていく。スイはフッと笑って、和花の額に自分の額をくっつけた。

「ありがとう。それから、ごめんな」

 スイが光となって消えていく。

 和花自分の方こそお礼を言わなければならないのに、と口を開こうとした。

 しかし、次の瞬間には最後の光の粒が消えていったところだった。

 ここには、もう、誰もいない。

 蝉時雨は止まらない。

 和花は林の中、一人ただ、呆然と立ち尽くしていた。


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