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34 決着の付け方

 雨のように上から水が注いでくる。

 ガクは空を見上げた。

 大切そうに和花を抱えているスイと目があった。

「少しは頭が冷えたかい?」

 大量の水を降らし続けている張本人がガクを見下ろす。

 ガクは地に手をついたまま、スイを睨みつける。手を握りしめれば、土を抉った。

 ガクの社は明治時代にこの村の制服を趣味で作っていたある人物の跡地にある。小じんまりとした、社である。

 小さいが、鳥居までついているちゃんとしたガクの社。

 ガクを視る事ができた不思議人が作ってくれたもので。ガクが今日まで存在できた理由の一つでもある。

 そこを目掛けて大量の水が落ちてくる。夕焼けに染まる空には雲一つ無いのに。

「どうして? どうして自ら消える道を選ぶの? そんなに消えたいの? どうしてっ!? ボクには理解できないよっ!」

 叫んだ声は届かないのか。こんなにスイを大切に思っているのに、通じないのか。

 悔しくて、苦しくて。

 それでも、質が悪い。こんなに苦しいのに、まだスイのことを嫌いになれない自分がいる。

 ガクはオレンジ色の瞳に涙を溜めながら、スイを見続けていた。

「もう殆どない力を振り絞ってまで、和花ちゃんを助けたいのっ!?」

 半ば八つ当たりの質問に、スイは黙って頷いた。

 ガクは目を見開く。見開かれた瞳から涙が滑り落ちていった。

 とめどなく流れ落ちてくる涙を、ガクはどうすることもできなかった。

「まあ、もしも、の話だがな」

 泣いているガクに対して、スイは悪びれずに言った。

 訳の分からなさに、ガクは瞬きを繰り返す。

 自分がしたことは間違っていない、今でもその思いは変わらない。和花を神にするべきだと思っている。

 自分勝手だと言われようが知ったことではない。

 それなのに、ガクの悩みの種は微笑むのだ。意味が分からない。

「俺が消えることはない」

 スイは静かに言葉を紡ぐ。

 気を失っている和花の手がピクリ、と震えたのが分かった。

 ガクは静かに二人を見つめる。

「一人の真剣な祈りは時に何万の信仰を超えることもあるんだぜ?」

 スイが和花を見てから、そっと自分の社がある方向を見つめた。きっと誰かがスイに祈りを捧げているのだろう。

 誰だかガクには皆目見当もつかないが。

 その一人の祈りでスイは消えずにすんだということなのだろうか。

 今の事態が飲み込めてきて、ガクは項垂れた。

 自分が嫌われ役まで買って成そうとしていたことは一体何だったのか。自分の全てが無意味な気さえした。

「……ス、イ?」

 和花の声が聞こえた。

 この二人の間に入る余地なんて最初から無かったのだと、ガクは知った。

「君なあ、これがあるから放っておけないんだ。半分は君が助けてって祈ったからだぞ?」

 スイが呆れた声で告げる。反して顔には安堵の色が広がっている。

 脳の端っこでそれを聞きながら、ガクは静かに立ち上がった。転がっている学生帽を深く被る。

 敗者は去るのみだ。

 スイにも、和花にも嫌われた。

 自分の手にはもう何も残らない。

 スイが消えなければ良かったはずなのに、哀しい。

 濡れきった衣服が重く、冷たく感じた。

「何処へ行くんだい?」

 不意にスイがガクに声をかけてきた。

 ガクは足を止めた。これ以上の話は要らない気がする。

「別に、何処だって良いでしょ?」

 努めていつもの明るい口調で言ったつもりだ。だけど、自分の耳でも分かるくらい、ガクの声は震えていた。

「君には言わなきゃいけないことがある。だからこっちを向いてはくれまいか?」

 真剣な、だけども、穏やかな声で告げられた。

 乗り気はしない。

 だが、他でもないスイがそう言ったのだ。

 ガクはゆっくりと後ろを振り返る。

 スイは地上に下りてきていた。足を地につけ、和花を地上に下ろす。

 戸惑っている雰囲気の和花の頭を撫でてから、ようやくガクを見つめてきた。落ち着いた瑠璃色の瞳がガクを吸い込みそうだった。

「ありがとう。君が俺のことを思って東奔西走してくれたことは知っている。その為にこの子を利用しようとしたことは許さないが……、まあ、結果的に助けられた。だから、ありがとう」

 スイの言葉が胸にしみた。

 止まっていたはずの涙がガクの頬を伝う。人間の形を模って、それから、感情も似てきた。

 ガクは何度でも思う。人間の感情とはなんと厄介なことだろう、と。嬉しいはずなのに、苦しいほど涙が出てくるのだ。

 俯いて、涙を拭うガクの学生帽が風で飛んでいく。

 明るい茶髪の上に、ガクの手がやんわりと乗せられた。

 暖かかった。

 心が溶けていく。

「ほらほら、もう泣き止め。君達はやることが残っているだろう?」

 スイが苦笑した。

 自分だって傷ついているはずなのに、どこまでお人好しなんだ。吐こうとした悪態は言葉にならず、消えていった。

「ほら、祭りが終わっちまうぞ?」

 そう言ってスイが和花へ手を伸ばす。

「ボクも行っていいの?」

 ガクの口から溢れた言葉。

 自分に自信がなくて、言った言葉だった。

 スイが綺麗な眉を歪めて、溜息を零す。それから、軽く拳でコツン、とガクの頭を小突いた。

「馬鹿言ってないで支度をしてくれないかい?」

 本当にスイはお人好しだ。

 ガクは苦笑することしか出来ない。

「スイ」

 和花がスイの名を呼んだ。苦しそうな絞り出した声だった。

 スイが呆れ顔で和花を振り向く。

「何だい、君もげんこつが欲しいのかい?」

 スイが茶化した。

 和花がここに来て初めて顔を上げた。

「違うの。でも……」

 和花の言葉は続きを失った。

 正確には言わせてもらえなかった。

 スイの瑠璃色の瞳が細められる。愛おしそうに。それでいて悲しそうに。

 白く長いスイの人差し指は和花の唇に押し当てられていた。

「もう、いいんだ。哀しい話は後にしてくれ」

 スイがフッと笑う。

 だから、和花もガクも笑った。


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