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33 孤独と回想

 ガクは堪らなくなって、自分の神域から全てを追い出した。

 社以外の全てを。和花も、水も、自分すらも。

 ガクは自分の社の前で飲んだ水を全て吐き出した。

 少しだけ意識が混濁とし、何も見えない。

 先日した杏との会話がガクの脳裏を過ぎって消えていく。


 ガクは自分の社の中で目を覚ました。オレンジ色の瞳でぼんやりと天井の染みを数えた。

 先日、スイと派手に戦った時の傷はだいぶ、癒えていた。スイと違って、まだ、ガクのほうが信仰が厚い。

 ガクは制服の神様だから。制服が作り続けられ、着続けられる限り、消えることはない。

 制服を作る人の願いが、制服を買う人の願いが、制服を着る人の思いが、ガクを支え続けてくれる。

 ガクは表情を曇らせた。

「起きたら駄目よ」

 だいぶ癒えたとは言え、完全に塞がった訳ではない。杏に注意され、ガクは表情を曇らせた。

「そのくらい分かってるよ」

 不機嫌な声で言う。

 退屈だという気持ちが胸の中に膨らんでいく。

「向こうに行っててよ」

「いいえ」

 杏を追い払おうとした。

 しかし、意に反して杏は消えてくれなかった。苛立ちが募る。

 ガクはスイが生まれたずっと後に生まれた神様だ。気がつけば雑踏の中を揺蕩っていた。

 人が笑って会話しているのが楽しそうに映った。

 ガクは人の形を真似て、同じ姿になった。オレンジ色の瞳を好奇心でキラキラさせて、色んな人に話しかけた。

 誰も彼も、ガクの前を通り抜けていった。

 華やかな明治を終え、昭和になって。一人だけ、ガクの姿を認めてくれた人間が居た。毎日が楽しくて、毎日話しかけた。だが、その人はだんだん大人になって、ガクと話さなくなっていった。

 ガクはそれでも構わなかった。その人が話を聞いていることを知っていたから。時折り返してくれる反応が嬉しくて、楽しかったから。

 だけど、人間の生は短すぎた。

 出会った時は幼かった子供も大人になり、結婚して子供を産んで、家族を持った。老いるまでに時間はかからなかった。

 ガクはまた一人になってしまった。

 誰かと会話する楽しさを知ってしまったガクは以前にも増して、相手が欲しいと切に願った。

 そんな時、現れたのが和花だった。恐らくまだ6つぐらいの女の子だった。もう、寂しいのは嫌だった。

 和花を手に入れようと心に決めた。もう、手放さないと決めて。

 ところが邪魔をするものが現れた。ガクよりも長生きをしている土地神だった。

 ずっと和花が見ていないところでガクを威嚇してくるもの。

 ガクはスイの存在を疎ましく感じていた。

 和花に触れようとする度、現れてガクの目から和花を隠してしまう。挙句の果てには、和花自身の力を封じてしまった。

 ガクは和花が視えなくなっていることを知っていても、スイの神社に姿を出しては、スイに手を焼かせてやった。憂さ晴らしだった。

 スイの傍に居座り、彼を困らせからかう。楽しかった。

 だけど、スイの力が年々、減ってきていることにも気が付いていた。

 人の子を失い、ようやく、まともに自分と向き合ってくれる神をも失う。

 ガクは嫌だった。

「折角、誘ってやったのに」

 ガクは口で不満を零した。

 若い神を本気で相手してくれる神はいない。

 しかし、スイは違った。本気でガクを警戒しつつも、ガクに名をくれた神でもあった。

 だから、嫌いだ、憎い敵だと言いつつも、スイにも同情するようになっていた。

 ガクはスイに庇護下に下るように言った。だが、スイはそれを拒んだ。

 だから、強行手段に出るしか無いのだ。

 ガクは和花もスイも手に入れることにしたのだ。

「あの神が好きなの?」

 唐突に杏が呟いた。

 ガクは、オレンジ色の瞳を細める。

「そんなわけ無いじゃん」

 嫌いだ。馬鹿なほどまっすぐなスイなんて大嫌いだ。

 消えかけているのに、それを良しとしているところが特に。

 だから、ガクは和花を狙う。

 自分の二つの目的を果たすために。

 一つは自分を視ることが出来る人間がもう消えないように神にしてしまうこと。

 もう一つは和花を神にして、スイを共に祀り上げ、その恩恵にあやかってもらうこと。

 スイには消えてもらったら困る。

 ガクはそう思い込む。

「でも、」

「あー、もう! 煩いなあ」

 言葉を募らせる杏にガクは言い放った。

 杏が悲しそうに赤い瞳を伏せる。

 消えかけていた小さなあんずの木に宿る神を興味本位で隷属にさせた。寂しかったから。

 だけど、結局、都合のいいように言うことを聞かせているだけ。楽しくない。お人形のように柔順で、ガクに抵抗してくることもない。

 会話は続かないし、一方的な命令になってしまう。

 誰かと居るという感じではない。ただの道具と居るような気分になる。

 むしろ、孤独をより一層強めるだけの存在になってしまった。

 ガクはさっさと布団に潜った。

 つまらない、と吐き捨てる。神なんてつまらないだけ。

 布団を肩のところまで引き上げた。一人は寒い。

 本当の意味で一人になる前に、手を打たねばならない。

 だからガクなりに必死だった。ガクなりに何かをスイにしてやりたかった。

 もう、一人に鳴るようなことがないように。

 和花とスイ。そこに自分の居場所を求めるのはそんなに悪いことなのだろうか。そこに居ていいよって言われたくて、ただそれだけなのに……。



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