28 誤解
翌日。
和花は髪を結わえ、巫女衣装を来て走り回っていた。
参拝客にお礼を言ったり、お守りの販売をしたり。とにかく目が回るような忙しさを体験していた。
神社では、本殿にスイの御神体である鏡と、それを守るための御神刀が祀られいる。
そして、舞殿ではお神楽の準備が着々と進められていた。
巫女見習いという立場にある和花がお神楽を舞うのは一回だけ。残りの二回は母親が舞う。
それまでにやれることはやりきっておかねばならない。
杏との約束がある。
加えてスイが姿を見せてくれないのが気になる。
「よう! 遊びに来てやったぜ?」
和花がお守りの補充をしていると後ろから声かけられた。
振り向けば、いつものピンクのパーカーに黄緑のヘッドホンを首に下げた颯太が立っていた。
「何でそんなに偉そうなのよ?」
呆れつつ返事をする。
颯太は腰に手を当て、偉そうな雰囲気だ。
御神籤の箱を持ち上げて、颯太に見せれば首を振られた。
何処までも神を信じるつもりはないらしい。それでも、祭りに来てくれたのだと思うと、和花の口は緩んだ。
「何、ニタニタしてるんだ? てか、似合わねぇな、その格好」
颯太が笑いながら、和花を指差してくる。
白い小袖と赤い袴。巫女装束だ。
和花は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「知ってるよ」
和花は今日始めて、巫女の衣装を着たのだ。
舞殿に居る母親に視線を移動させる。
着こなしていると言う感じで、とても似合っている。動きもキビキビしていて格好良く見える。
母親に比べれば、和花なんて巫女装束に着られているといった雰囲気なんだろう。
頬を膨らませて、和花は御神籤の箱を置いた。
「あー、まあ、精々精進することだな」
「だから、何で偉そうなのよ?」
颯太の言葉に間をおかず、和花は突っ込んだ。
焦げ茶の視線を彷徨わせて、頭を掻いた。
何しに来たんだか。和花は静かに笑った。
颯太は首に手を当てながら、和花をちらりと見てきた。
「何? まだ、何かあるの?」
不貞腐れながら、仕事を進める和花はトゲトゲとした言葉を投げた。
颯太が黙り込む。いつもなら直ぐに言い返すのに。
気になって、振り向けば、颯太は頑なに和花を視線を合わせようとしない。
「ちょっと、どうしたの?」
不安になって、颯太の顔を覗き込む。
熱でもあるのかもしれない。和花はそっと颯太の額に向かって手を伸ばした。
颯太は鬱陶しそうな顔をして和花の手を避けた。
そのまま、颯太の手が和花の腕を掴んだ。
「なあ、仕事、いつ終わるわけ?」
颯太が短く聞いてきた。
蝉が煩いぐらい鳴いている。
和花は颯太をまじまじ見つめた。
「えっとね……」
和花は言葉を濁す。
お神楽をやり終わったら、仕事は終わりにしていい、と父親にも母親にも言われている。せっかく、祭りを開催することができたのだから少しぐらい楽しんできなさい、ということらしい。
和花も楽しみたいと思っていた。
屋台だって行きたいし、花火だって見たい。
その思いは今でも変わらない。
だが、杏との約束がある。どのくらい時間がかかるものなのかも分からない。
迂闊に返事は出来ないのだ。
「ここで待ってていいか?」
ぶっきらぼうな感じの言い方で、颯太が重ねて質問してくる。
和花は答えに詰まった。
お祭りに来ている村の人達の喧騒が遠くに思えた。
焦げ茶の瞳を見つめる。
「いや、その、時間かかるから。先に回ってて」
躊躇いながら、和花はそれだけを答えた。
「……あっそ」
颯太が小さな声で投げやりな返事をした。
申し訳なくなる。
背中を汗が伝っていく。緊張のせいか、暑さのせいか。そのどちらもだろうな、と頭の片隅で思う。
「娘さん」
神主見習いの格好をした龍現が颯太の背後から現れた。
金色の瞳が和花を捉える。次に颯太を。
それから、龍現は難しい顔をした。
「もうすぐ出番だ」
短く告げて龍現は去っていく。
気を使わせてしまったらしい。そんな関係では無いのだが、と和花は思った。
颯太も気まずそうな顔をしてる。
「ごめんね」
和花は小さく謝った。
「気にしねーよ。ほら、行って来い」
謝罪に対して、颯太は和花の背中を押してくれた。
和花は大きく頷いて、行ってくる、と返事をする。
もうすぐ、和花の舞うお神楽が始まる。髪の毛を結い直して、飾りの簪を付けなければならない。
緊張で早くなりかける心臓をなだめつつ、急ぎ足で舞殿裏の控室に向かった。




