27 約束
順調に祭りの準備が進んでいく。
村の人も数年ぶりに開かれる祭りに盛り上がってきたのか、作業はぐんぐん進んだ。皆、畑や田んぼの世話をしながら、空き時間で手伝いに来てくれるのだ。
祭りを明日に控え、和花は満足気に笑った。
これで、スイを守れる。
スイが消えなくてすむ。
あの作られた笑顔が気になるが、スイを信じよう。和花は心に決めていた。
視えなくなってしまうことは怖いし、哀しい。
だけど、スイと約束したのだ。スイが消えないですむのなら、私は視えなくなってもいい、と。
自室で覚悟を決める。
祭りが終われば、夏が終わったも同じ。きっと、スイは明日、和花の神を視ることが出来る力を封印する。
視えなくなる前に和花は伝えよう、と心に決めたのだ。これまでと、これからの分のありがとう、を泣かないで。
「明日はお祭りなんだから、早く寝なさいねー?」
下から、母親の呼ぶ声がする。
和花は元気よく返事をすると布団に潜った。
遠足の前のような心持ちで寝付けない。明日のお神楽の疲労や、祭りの屋台を思い浮かべては勝手に緩む頬を抑えるので精一杯だ。
心は既に祭りが始まったような、そんな気分だった。
寝れなくて、和花は寝返りを打つ。
ワクワクした。口元がだらしなく緩む。
大の高校生がこのザマだなんて笑われてしまうかもしれないが、和花はとにかくワクワクしていた。
躍る心は抑えられないが常である。
「ねえ、起きてる?」
不意に鈴を鳴らすような声が聞こえた。
聞き覚えのある声。直ぐに、布団から起き上がり、杏の姿を探す。
しかし、部屋の何処にも、杏の姿を見つけることはできない。緋色の着物も羽織も、白いショートヘアーも、赤い瞳も、揺れる桃色のリボンも、見当たらない。
「ここよ」
また、声がする。
和花は唾を飲み込んだ。
「何処よ?」
震える声で尋ねてみる。
暗い部屋の中、目を凝らしてみても、姿は視えない。
「ここよ、本当に馬鹿ね」
言われて振り返れば、一枚の花びらが光をまといながら宙に浮かんでいるのが視えた。
あんずの花びらである。
「やっと気が付いたわね」
人影を探していたので見落としていたのかもしれない。
しかし、花びら一枚に気がつけ、というのは無理な話ではないだろうか。いくら光っているとは言え。
不満はあったが、機嫌を損ねたくはないので、和花は言葉を飲み込んだ。
「知りたくない?」
不意に杏の声が固いものになった。
呆れでも怒りでもない。真剣な声色だった。
「何を?」
和花の声もつられて真剣な物に変わる。
知っているのだ。杏が和花に知りたいか否かを問う時を。
大抵のことはスイ絡みなのだ。
何故、杏がスイのことに詳しいのか分からない。
杏を従えているガクが詳しいのかも知れないが。
だが、決まってスイの秘密を教えてくれるのは杏なのだ。
「あの神のこと」
ほら、やっぱり。和花は心の何処かで思った。
スイのことを疑っているような気がして、知ってはいけない気もした。
だけど。
スイの顔が浮かぶ。ガクと和花が初めて会った時のこと。
ガクの言ったことを本気にしないでくれ、と言っていたあの時のスイの顔が。
「知りたい」
気がつけば和花は答えていた。
本音がぽろっと転がり出た。
「そう。なら、貴方。お神楽が終わったら祭りを抜け出しなさい。神社の裏の林で待ってるわ」
杏が告げる。
待って、という間もなく、あんず花びらは光を失い、布団の上に転がった。
もう、何の力もないのであろう、ただの花びら。
甘い香りがするだけだった。
和花は布団に身を投げる。
先程までの遠足気分はすっかり消え失せていた。
今、和花の心を締めるのは、スイのことだけ。
スイはまだ、和花に何かを隠しているのだろうか。
不安が過る。
嫌な考えを振り払うように、和花は左右に頭を振った。
今はとにかく、明日に備えて寝よう、和花は答えを出すのを先延ばしにしたのだった。




