26 神様と人間と
和花は意気揚々と活動していた。
祭りの準備は着々と進んでいる。
村のアチラコチラに張るためのしめ縄や、提灯の支度。中心である神社の雑草抜きや、お神楽の練習。
やることは山のようにあったが、和花の日常は充実していた。
気になることと言えば、スイの姿を視る回数が減ったことぐらいだ。
スイは以前のように和花について回ることが少なくなった。
時折、思い出したかのように姿を見せてくれるが、ずっと腕を組んでいて、和花に触れようともしない。笑ってはいるが、和花の好きではない笑顔しか見せてくれないのだ。
作り物の笑顔。上手いとは思うがそんなものを期待しているわけじゃない。
スイは元気なのだろうか。何かを隠しているのではないだろうか。
日々、こんな不安が大きくなる。
やはり、スイの秘密を教えてくれたガクや杏の話を詳しく聞いた方が良いのではないだろうか。
真剣にそんなことまで考えかける。
だが、すぐにそんな考えはいけないと首を左右に振る。
スイにも言われたし、祖母にだって言われた。
和花のようにハッキリ神を視ることが出来る人間は拐われやすいのだ、と。神隠しされてしまう、と。
神の領域である、神域に連れて行かれ、神の眷属にされてしまうのだ、と。そして、神隠しする神は大抵悪魔のように甘美な言葉で、誘惑してくるのだ、と。
だから、気をつけなさい、と祖母は口を酸っぱくして言っていた。
幼い和花の記憶にもこびりつくぐらい。
だから、迂闊に神と接触して良いわけではない。
それでも、スイのことが知れるなら、と思ってしまう節もある。
「和花ちゃん、屋台の配置だけど」
声をかけられ、和花は我に返った。
今は祭りに集中しなければと自分に言い聞かせる。
スイの祭りが終わる前までに考えれば良いのだ。期限はそこまではあるのだから。
和花はよしっと気合を入れる。
「今行きます!」
大きな声で返事をすると手元でやっていた作業を変わってもらい、呼ばれた方向へと走り出したのだった。
スイは日陰から和花の様子を眺めていた。
陽炎のように存在感が揺らいで居るせいか、和花に感知されることも少なくなってきた。
スイは溜息を零す。
消える時期が間近に迫ってきているのを肌で感じるのだ。
だが、スイがこうして人の形を保っていられる程度には祭りには力があるらしい。
この祭りでどれだけ信仰が広まるかはスイにも分からない。だが、今より悪くなることはないだろう、と予想する。
もう少しだけこの身が保てば、それで良い。スイは目を閉じる。
和花の祖母である和子の顔がスイの瞼の裏に描き出される。スイの神としての在り方を変えてくれた人間の子。
優しさと強さを兼ね備えた人間で。お転婆も一杯していた。見ていて危なっかしい子だった。
和花に言ったらきっと笑われるのだろう、とスイは苦笑を浮かべる。
和花の目には、祖母は落ち着いていて優しい人に映っていたはずなのだから。
だけど、スイは幼い頃から和花の祖母、和子を見てきた。
天邪鬼で、聞き分けのない子だった。反骨精神みたいなものがあったのだろう。だから、スイが護ってやらなくても、神に拐われるなんてことは殆ど無かった。
でも、和花は違う。
根が素直でいい子なのだろう。
きっと誰かが手を引けば、人間を止めてしまう。人の心を知ってしまったものが神の世界を生きるのは難しい。
ましてや、人間から神の眷属になった者には厳しい世界だ。悲惨な末路の末、消えていった者をスイは長い人生の中で何度か見たことがある。
生贄にされた少年少女。自ら望んで神になった者。あまりの怨恨に祟り神になった者。そして、神に誘われた者。それらの人々が神の眷属となって、苦しんだ。自分の知り合いに置いていかれる苦しさを。誰にも見てもらえなくる孤独を。
やがて消えることを望むようになる。だが、人の願いがある限り、消えることは出来ない。
世界の歯車から外れてしまったと嘆くばかりで。見ていられない。
スイは瑠璃色の瞳を開いた。
和花には辛い思いをしてほしくない。
スイも和子もそう、願っている。今も昔も、これからも。
陽の光の中で笑う和花。祭りの看板に色塗りをしていたのか、頬にペンキが飛んでいる。満足したように笑っているのを遠目に見て、スイは目を細めた。
半悠久的な世界など見なくていい。自分の生を普通に全うして欲しい。
邪魔するものを排除してやる、と言ってやりたいが、力も殆ど無い。だから、残り時間の全てを引き換えにしても護る。
スイは固く手を握りしめた。




