25 家族
和花が家に帰ると父親が和花の前に回った。
「お帰り、和花ちゃん」
父親が両腕を広げる。
和花は自ら、腕の中に飛び込んでいった。父親の腕の中は暖かくて、安心した。
祭りを行うことが出来る。
今更のように現実感が出てきた。和花は嬉しい気持ちと悔しい気持ちとを抱えながらも、良かったと息を吐き出す。
「偉いぞ、偉いぞ~っ!」
父親は甘ったるい声で言いながら、和花の頭をぐしゃぐしゃと撫で回している。
いつもなら、子供扱いされている気がして嫌がるのだが、今日は違った。酷く甘えたい気分だったのかもしれない。父親の抱擁を大人しく受け入れることにしたのだった。
「ほらほら、いつまでやってるのよ?」
母親が呆れ顔で奥から出てきた。
その段階になって、父親が和花から離れた。
和花は母親にも抱きついた。母親はちょっと驚いた顔をしていたが、すぐに抱き返してくれた。
優しい抱きしめ方と母親の匂いはひどく心地が良かった。
嬉しいはずなのに、灰色の瞳に涙が浮かぶ。
「ほらほら、泣かないの。ちょっとしたご馳走を作ったんだからね」
母親が微笑んで、和花の目尻に溢れかけた涙を指ですくってくれた。照れくさくなって、和花はそっと視線を逸した。
「龍現もおいで。ほらギューってしてやろう、ほら」
和花が感動している後ろで父親が龍現ににじり寄る。龍現は溜息を付きながら、面倒そうに金色の瞳で父親を見つめている。
父親が龍現に飛びかかる。
龍現がひらり、と身を返す。そのまま、バランスを崩している父親の横を通り抜け、母親に頭を下げてから部屋の中へと入っていく。
相変わらずだな、と和花は苦笑を浮かべる。
「本当、いつまでたっても子供ね」
母親がぼやく。だが、言葉に反して、母親は嬉しそうな顔をしている。だから、和花も追及しない。
それがきっと両親の愛の形なのだろうから。
父親の愛情表現は鬱陶しく感じる時もある。それでも、それが、親からの愛なのだろう。
優しくて暖かくて。大事な感情だ。
和花は踏み出した。
とにかく、これで、スイの為に祭りを開くことが出来る。
スイを救える。
和花は信じていた。スイが言った言葉の全てを。
「ほら、食事にしましょう」
母親に手招かれ、和花は食堂に入った。机の上には美味しそうな母親の手料理が並んでいる。
和花は顔を輝かした。
「少し早い気もするけど、お祝いよ」
母親が笑う。
気持ちが嬉しかった。
祭りの準備はここから急ピッチで進めなければならないだろう。祭りが成功するか否もまだ分からない。
いや、絶対成功させると決めているが。
弱気を覆い隠してでも、前に歩を進めるしかないのだ。
不安は大きい。まだ、先が見えない感じは続いている。
それでも、こうして祝ってくれるのが嬉しかった。それと同時に現実を突きつけられる。
自分一人ではうまく物事を運べなかった。和花の考えは足りなかった。いや、颯太と父親がいなければ、祭りは開くことすら出来なかっただろう。
自分は何もしていない。
和花は俯く。
「あんたが居なかったら誰も動かなかっただろう」
龍現が和花の気持ちを見透かしたように言葉を紡いだ。
相変わらずの強面で、表情もほとんど動かない。それでも龍現は優しいのだ。
和花にとってはお兄さんのような存在で。居てくれなくては行けない存在だ。
龍現もまた、和花のことをよく見てくれている。悩みがあるときや、落ち込んだ時はいつだって気が付いてくれる。
父親や母親が忙しいからと、和花に気を配ってくれるのはいつだって龍現なのだ。感謝してもしきれない。
「誇りをもて。あんたが成し得たことだ」
龍現が小さく笑った。
笑顔は一瞬で消されてしまうが、確かに和花を見て微笑んだ。とてもめずらしいことだった。
和花は龍現の笑顔を見て、頷いた。
都合のいい解釈かも知れないが、そう思うことにしたのだ。和花が動いたから祭りが出来るのだ、と。
今はスイの為に前に進むほうが先だ。
「ほら、和花ちゃん、食べよう! なっ?」
何処までもマイペースな父親が笑う。
はいはい、と二度返事をしながら、和花は椅子へと向かった。




