講習会一日目~2-1教室、中庭
「みんな、揃ったなー?始めるぞ」
「起立ーっ」
当番の声に、皆立ち上がり、礼、を済ませて席につく。
(窓際一番後ろの席でよかった……)
私はほっと息をついた。ここならあまり目立たないだろう。右隣はみのりさんだし。……だけど。
(……背高メガネ男子が目の前、茶髪クンが右斜め前っていうのは……ちょっと……)
緊張するなあ。私はノートを開いて、前を向いた。ちょっと天然パーマっぽい、柔らかそうな髪の先生……この人が田代先生。さーちゃんの担任だよね。白のポロシャツに紺色のジャージ。運動部の顧問なのかなあ。
「今日から二週間、しっかり気合いいれて頑張れよ。先生もサポートするからな」
(でも、結構若い……よね?)
こんなエリート校だと、超ベテランの先生しか、いないって思ってた。どう見ても、私と歳近そうなんだけどなあ。
……そんな事を思っていたら、田代先生が私の方を向いていた。
「真田、お前もう大丈夫なのか?」
先生の声に、皆の視線が集まる。思わずちょっと俯いてしまった。
「は、はい。大丈夫です……」
マスク越しのもごもご声で返事をした私に、少し心配そうな顔で田代先生が言った。
「まあ、あまり無理するなよ? 気分悪くなったら、すぐ職員室に来るように。休み中だから、保健室は閉まってるぞ」
面倒見のいい先生みたい。笑顔も優しいし。私はぺこり、と頭を下げた。
「さて」
と、田代先生が、教壇の上のカゴからぶ厚いプリントの束を出した。今……どさっと音がしたよね!?
「では、これから腕試しだ。これは、昨年度のセンター試験問題だ」
「え」
私は耳を疑った。今、なんて……!? センター試験っ!? 大学入試問題じゃない!!
「君たちは既に、高校三年間の基礎学習を終えている。基本的な問題は解けるはずだ」
今、私たち、高ニよね!? 高ニの夏休みよね!?
……ちょっと、さーちゃんっ!! やっぱり、全然進み方が違うじゃないっ!!
「列の先頭の者は取りに来るように」
皆、黙って取りに行っている。プリントと回答用紙が、背高メガネ男子から手渡された。裏を向けたプリントが……コワイ。
「どこまで解けるか、チャレンジしてみてくれ」
……優しい先生、撤回します。もう、笑顔すらオニにしか見えない。私はシャーペンをぐっと握り締めた。
「では……、始めっ!!」
合図とともに、一斉に紙をめくる音が教室に響いた。私もプリントを裏返し……襲ってきた頭痛と戦う羽目になった……。
***
「……大丈夫?」
疲れきって、机に突っ伏していた私の頭の上から、みのりさんの心配そうな声が落ちてきた。
「……大丈夫……じゃない、かも……」
もう、脳みそしぼり尽くしたって感じが。全身がだるい。
「始め」の合図とともに、教室内に響くさらさらと回答用紙に書き込む音。あの、茶髪クンだって、すらすら書いてた……よね。
(どうしよう……)
そりゃ、習ったところは解けたけど……そんなの、ちょこっとだけだし。とりあえず、はあ、と額に手を当て、熱っぽくため息ついてみたり、けほけほと咳をしてみたり、ぼーっとしてみたり、『本当はできるんだけど、ちょっと体調が悪くて、頭が回らないのよ』っぽい演技はしてみたんだけど……。
(こ、これで、学年二位のさーちゃんの成績落ちたらっ……!)
どんよりと曇る私を気遣うように、みのりさんが優しく言った。
「ほら、お弁当の時間だから。中庭で食べましょ? いい天気だし」
「うん……」
お弁当を持って席を立ち、みのりさんと出口へと向かう。廊下に出ようとした私に、一番廊下側に座っていた男子が声を掛けてきた。
「本当に、体調悪そうだよね」
小柄で、ふわんとした感じの髪の毛。確か、川崎くんだっけ。色素薄いなあ……天使っぽい感じ。
「う、うん……」
「無理しない方がいいよ~?」
気に掛けてくれるなんて、優しいんだなあ。私はぺこり、と頭を下げた。
「ありがとう……本当にダメだったら、職員室に行くわね」
「うん、そうした方がいいね」
笑顔の川崎くんに会釈をした後、私はみのりさんと教室を後にした。
***
「さっきの川崎くんも、生徒会のメンバーよ。会計担当」
「そうなんだ……」
もぐもぐと卵焼きを食べる。眼鏡とマスク外してると、楽だなあ。特に目。
(……全然度が合ってないから……きついなあ……)
中庭にある木陰のベンチは、結構涼しかった。芝生の上のスプリンクラーからミストが吹き出してるせいかもしれない。風も気持ち良く吹いて、木の枝がさわさわと揺れていた。
「そうそう、講習会のテスト結果は、成績には関係ないから大丈夫よ?」
「え、本当!? よかった~、さーちゃんの成績落としたらどうしようかと思った」
ほっと肩をなで下ろした私に、みのりさんは、おかしそうに笑った。
「さっきの詩織ちゃんの顔、本当にヒサンだったわよ? 人生終わったって感じで」
「確かに、そんな気分だったわ……」
やっぱり、エリート校はすごいなあ……あんな難しい問題解けるなんて。さーちゃんも、よくぞこんな学校で、学年ニ位キープしてるよね。
「沙織、頑張り屋だし、可愛いし。実は結構もててるのよね。本人自覚ないみたいだけど」
「うん……」
さーちゃんは、しぐさがかわいいっていうか、もー抱きしめて守りたーい!! って感じだものねえ……。
「一部のファンからは、『メガネ姫』って呼ばれてるのよ?」
メガネ姫って。
「あ、あのそれは、一体ど、どういうファン……?」
「主に、アニ研の人たちねー」
みのりさんも卵サンドを食べながら言った。
「アニ研って……」
「アニメ研究会」
やっぱり。そっち系ですか。ちょっと脱力……。遠い目になった私に、みのりさんが言葉を続けた。
「うちのアニ研、結構有名よ? 文化祭でも映画作ったり、漫画本売ったりしてるから。……そうだ、文化祭、来ればいいじゃない!」
「考えときます……」
おにぎりをほおばりながら、空を見上げた。青い、高い、雲ひとつない夏空。
(なんだか、一日目前半でこんなに疲れるなんて……)
……二週間、持つんだろうか。私。だんだん体力、気力に自信が……。
みのりさんがバスケットを片づけながら、腕時計を見た。
「そろそろ、戻りましょ。午後の講習始まるよ?」
「ふあーい」
最後の一口を飲みこみ、ペットのお茶をごくごくと飲む。んーっと、大きなのび一つ、した。もう一度、眼鏡とマスクをかける。
「とりあえず午後、頑張るかあー」
私は、ぱちん、と両手で頬を叩き、もう一度気合いを入れ直した。




