第八章 3
1945年3月7日 西太平洋上
「それにしても、驚かされましたなあ」
暢気な事を言っているのは、豪放磊落を旨とする《大和》艦長の有賀幸作大佐だ。
仕草も頭をかきかきといった感じで、共に歩く伊藤整一長官や森下信衛参謀長の落ち着きを思えば、少しバンガラな雰囲気が自然と醸し出されている。
そんな有賀に森下が苦笑した。
「有賀君は暢気だな。まあ、驚かされたと言うのには同意見だけどね。長官はご存じでしたか」
「いや、みんなと同じく、島から数名連れ出すと聞いていただけだ。人選の詳細は、軍令部の山科君でも知らないよ」
「確かに、サイパン島との詳細な連絡など及びもつきませんからなあ」
有賀の声はまだ暢気口調だ。
「オイオイ、予想外の事態とは言え、気を引き締めてもらわないと困るぞ」
「いや全くです、面目ありません。しかし、今回の件が出撃後で一番の偶発事態と言うのは、何かしらの皮肉を感じませんか」
「確かに」
森下の声に答えた有賀の言葉に、二人も思わず相づちを打った。
それほど、今のところ作戦は順調に運んでいる。
まるで開戦時の快進撃が戻ってきたような順調さだった。
作戦が伝えられた時では、俄に信じられない状態だ。
そもそも2月18日に軍令部の山科博大佐から作戦が持ち込まれた時、幹部の全員が正気の沙汰ではないと感じた作戦だった。
それぞれの頭の中には「特攻」の二文字が浮かび、今までの敗北の精算をサイパン島攻撃を行うことで償えと言われたようにすら感じた。
だが、作戦書は分厚く詳細であり、思いつきで作戦が考えられたわけではないと分かると、作戦に対する見方も変わってきた。
また、山科大佐の角こそあったが真摯な説明と明瞭な言葉、精神論をかざさない姿勢が司令部以下作戦部隊責任者達の好感を勝ち得ていた。
山科の作戦同行を渋っていた先任参謀の山本祐二大佐も、最後には山科の同行に同意した。
そう、日本帝国海軍聯合艦隊最後の実働水上艦隊たる第一遊撃部隊は、贖罪や禊ぎのために出撃するのではない。
日本列島を例え一時であっても救うために出撃するのだ、と。
もちろん問題は山積みだった。
だが作戦は3月4日午前10時を以て発動する。
「黒潮戦隊が、B29の大群を捉えました。間違い有りません、マリアナからの大規模空襲です」
「ようやく来たか。予測より2日遅れの空襲だな。規模の詳細は?」
「今だ詳細は不明。なれど、大きな挺団が4つ確認されています」
「約200機といったところか」
「では、「防号作戦」作戦発動だな」
幕僚達の会話の最後に、達観とも超然とも感じられる伊藤整一第一遊撃部隊司令長官の声が、《大和》の第一艦橋で静かに深く響いた。
言葉自体は飾りも修辞表現も何もなかった。
言葉にも変な気負いもない。
が、今この時を待ちかまえていた約一万数千名の将兵にとっては、千金の価値がある言葉だった。
それは、大日本帝国海軍と大仰な呼び方を自ら行った組織が発動する、恐らく最後の水上艦隊による作戦行動の発動だったからだ。
命令が滞りなく伝わると動き始めたのは、艦隊主力である第一遊撃部隊だった。
戦艦《大和》《榛名》、空母《信濃》に第二水雷戦隊を加えた十数隻の艦隊だ。
数は少ないが、《大和》《信濃》の圧倒的存在感と重厚さが、決戦に赴く武士の集団を思わせた。
彼らは呉の岸壁、柱島の泊地などから1隻、また1隻と離れ、わずかばかりの見送りに応えつつ、かつて村上水軍が瀬戸内海で覇を唱えた複雑な流れを作り出す来島海峡へと向かう。
呉や柱島に残る艦艇は、《伊勢》《日向》の他数隻の空母と巡洋艦だけだ。
ただ空母《隼鷹》は呉の岸壁に戻され、艀を連結して《隼鷹》と舳先部分から艀にかけての上面をシートで覆うなど、やたらと大柄に見せるような偽装が施されている。
万が一米軍偵察機が来た場合に備えて、《信濃》に見せかけるための偽装だ。
また、静かに佇むだけに見える《伊勢》《日向》を中核とする別働隊の出番は今しばらく後だ。
三々五々各自に出撃した第一遊撃部隊は、瀬戸内海の今治沖でようやく隊列を形成。
以後、20ノットの速度で瀬戸内海を突進、夕刻には鳴門海峡を突破して紀伊水道へと入っていた。
ここまでは日本の完全な内海であり、空からの偵察がなければ無線封鎖している限り米軍が知りうることは極めて難しい。
そして運良く米軍機が飛来する事ことはなかった。
と言うより、今までの観測、大和田無線所などからの情報収集の成果と言えた。
瀬戸内海は、まだ敵の真空地帯なのだ。
そして護衛総司令部が動員した海防艦、駆潜艇と南方から苦労して呼び戻した対潜専門の901航空隊の一部が掃討し終えた海を抜けて、太陽の残滓が完全に消え去る頃には一気に太平洋へと出る。
そしてここから、米軍潜水艦が日本軍艦船を追い求めて徘徊する危険な外洋になる。
第一遊撃部隊将兵全員は、友軍の潜水艦制圧が功を奏している事を祈るのみだ。
ここで見つかっては、今までの苦労は全て水の泡。
引き返すより他ないのだ。
だが第一遊撃部隊を発見したという無線情報は、少なくとも日本の情報網に引っかかることはなく、無論第一遊撃部隊近辺から放たれた無線情報も皆無だった。
そして外洋に出て数十キロ沖合に出た瞬間、第一遊撃部隊の全てが忽然と消え去った。
もちろん消えたと言っても、物理的に消えたのではない。
電子的視点での消滅だった。
原因は《信濃》に搭載された広域電波妨害兵器、通称「ブロッケン」だ。
この装置の威力は半径30キロメートル以上に及んでいた。
正確な測定はいまだ行えていないが、威力は南シナ海で立証済み。
米軍など、いまだに兵器でなく磁気嵐と考えている事まで敵の無線情報から分かっていた。
だが実状は違う。
歴とした日本軍の兵器だ。
影響圏内では人工的に放たれた電子の嵐が荒れ狂い、この時代の電子装備のほとんどを問答無用で無力化していた。
無力化されるのは使用している第一遊撃部隊も同じなのだが、艦隊そのものは緊密な陣形を維持し、昔ながらの方法で連絡を行い、闇夜の中を突進する。
この状態なら目視もしくは聴音されない限り艦隊が見つかる恐れはなく、日本近海と主要航路、B29の主要行動圏内を離れてしまえば、米潜水艦が張っている可能性はほとんどなかった。
また装置の整備と日本本土からの一般無線に紛れ込ませた定時通信のため、6時間に一度装置を切り通信を受ける。
その間30分だけが米軍哨戒潜水艦、偵察機に最も発見されやすい。
そのため、「ブロッケン」再始動後は一度大きな変進を行う。
若干のタイムロスになるが、致し方なかった。
そして何が幸いしたのかは当の本人に不明だが、第一遊撃部隊は全く問題なく航路を消化していった。
まるで真珠湾攻撃の南雲艦隊よろしくだ。
これを将兵達は、友軍の御霊が護ってくれている、真の天佑だと囁きあった。
いっぽう出撃後の翌朝、第一遊撃部隊がギリギリ敵潜水艦を聴音可能な20ノットの速力で突進し、四国沖300キロの沖合を航行している頃、作戦の第2段階が発動する。
呉と柱島に止まっていた囮部隊、通称「松田支隊」の作戦開始だ。
支隊とは言っても、任期延長でいまだ松田千秋少将が率いる《伊勢》《日向》の2隻と、護衛の駆逐艦3隻が加わって豊後水道を目指すのみだ。
だが、戦艦が派手に動き回る事が重要であり、米軍の目にイヤでも止まるように暗号電文を派手(いつも通り)に放ちつつ移動を開始する。
豊後水道の通過予定時刻は日が完全に上った午前9時頃であり、対潜哨戒機や護衛艦艇が制圧する豊後水道を突破すると、九州沿岸を舐めるようにして佐世保を目指す。
速力は燃料の問題もあって16ノット以上出せなかったが、日向灘から大隅半島の佐多岬をくるりと周り、そのまま坊の岬のすぐ側を抜けて甑島列島の南端をかすめる。
後は、佐世保まで一直線。
航空機で追跡している米潜水艦を抑えつつ、見事佐世保への移動を成し遂げた。
その間数度敵潜水艦の接触を受けるも、警戒の厳しさからか攻撃までには至らず、いまだ松田少将以下第四航空戦隊の魔力が発揮されている事を全軍に知らしめた。
そして任務を成功させた松田少将は、派手な勝利の電文を東京に向けて放つ。
我、決戦の時までしばし身体を休めん、と。
米軍の方も、主に海軍がその日一日は九州を派手に動き回る松田支隊の対応に追われた。
陸軍の方は、いまだフィリピンの掃討戦が忙しい。
戦略爆撃兵団の方では、4日の空襲の後始末と、いつも以上に入念に行われる事になった機体整備のため、サイパンを飛び立つB29系統の機体はほぼ皆無となり、日本本土の偵察能力は著しく低下していた。
そして米軍は、日本海軍の活発な活動を海上交通維持のための布石と考え、取り立てて問題にはしなかった。
まさに、完全に守勢に回った日本人が大胆な攻撃に出る筈がないという先入観がもたらした油断であり、真珠湾から本当は学んでいなかった結果だった。
いっぽう電子の隠れ蓑に覆われた第一遊撃部隊は、順調に航路を消化していた。
日本本土を離れて後は、通常航路を完全に外れて行動した事もあり、誰に気付かれる事もなく距離を稼いでいた。
この時点での航路は、四国沖から沖の鳥島を目指す航路であり、小さな岩礁と環礁しかない沖の鳥島を目指す物好きなど居るはずもなく、直線距離で見れば平均18ノットの巡航速度で突進を続けた。
特に現時点での米軍の主要輸送路が、マリアナ諸島、ウルシー環礁、レイテ島に集約されているため、いまだ日本近海の西太平洋は無警戒だった。
むろんこれを詳細に調べたからこそ彼らは突き進んできたのだ。
そして3月7日3時過ぎには、無事に《伊29潜》との邂逅に成功。
千金の価値を持つ情報をもたらす者を収容した。
ちゃぷん。
四畳半ほどの空間に、水音だけが四方の陶製タイルに反響して一種独特の音を奏でる。
部屋は天井以外の全てがタイル張りされており、その一面だけに閉じられた丸い窓が一つのぞいている。
他に目立つものと言えば、人の背丈ほどもある位置に口が据えられたシャワー。
洗面台に設置されるような大きな鏡面。
そして、長辺1メートル以上もある、かなりの大きさのタイル張りの湯舟が一つの面に沿って据えられている。
つまりは風呂、浴室であり、個人用の浴室としては破格の大きさだった。
湯舟には海水をボイラー熱で涌かしたお湯が満たされ、ゆるやかな電灯による深い黄金色の照明が部屋を淡く照らし出していた。
また浴槽の水面に照り返されたオレンジ色の輝きがごく僅かに揺れて、情緒とでも言える光景を作り出している。
(全然揺れもないし、ホテルの中みたい) その日、その時、その浴室唯一の占有者は、この艦が建造されてより初めてこの浴室まで迎え入れられた女性、山科法子だった。
法子が《大和》内に設置された長官用浴室を利用しているのは、乗艦時に起因していた。
法子自身は、司令長官自らの出迎えに、さっそく全てを伝えなければと意気込んでいた。
が、潜水艦とは比べものにならないほど広い通路を歩きながら、伊藤長官がまずは休息を取りなさいと取りはからってくれたのだ。
法子自身僅か三日の間に鼻が曲がりきっていたのか、神経が摩耗していたのか、よほど酷い格好、さらに臭いを発散していたのだろう。
何しろ潜水艦の中でロクに飲まず食わず寝ずの三日間だった。
そして伊藤は、自身はほとんど使わないからと、本来自分が使うべき《大和》唯一の個人用浴室を法子に使わせたのだ。
その間当人は艦橋で打ち合わせがあると上に上がってしまい、司令付きの若い将校と従兵に連れられ長官室へと足を運んだ。
伊藤長官付きの若い将校と従兵は最初吃驚仰天したが、長官の命令は絶対であるらしく、お湯の手配からタオルから石けんからと、ほとんどのものを素早く用意してくれた。
ただ着替えに関しては、出撃前に不要な可燃物のほとんどを降ろしていたため不足しており、主計課が探し回ってようやく酒保倉庫の奥底で見つけた、誰の者とも知れない予備の軍服が用意された。
今し方、長官付きの従兵が長官寝室でうわずった声で「着替えが用意できました」報告があったところだ。
またその従兵は、午前5時より本日最初の会議をしたいと伊藤長官が仰られておりました、とも知らせてくれた。
そして広い部屋に入ったのが午前3時半。
風呂の湯が準備できるまで、会議室の様な場所(長官公室)で従兵が運んだお茶をもらい、そして場違いなほど広い個人用の浴室へと足を踏み入れる。
お湯を被ると、数日ぶりのお湯に肌がピリピリすると同時に、お湯が染み込むように肌に吸い付いた。
また海水の湯というものは意外に面白い質感があり、思わず長湯してしまう事になる。
そしてまともな「風呂」というものがそれこそ久しぶりだったため、ついはしゃぎそうになったほどだ。
湯舟のお湯を軽く指で撥ねた今も、もうしばらく浸かっていたい気もしたが、指定された会議の時間まであと30分ほどしかない。
(さて、お言葉に甘えるのもこれまでにしないと)
そう自分に言い聞かせると、勢いよく湯舟より立ち上がり、火照る身体をシャワーの前にもっていく。
風呂を出る前に海水を洗い流しておかないと、後でベトベトになるのは、海辺で過ごしたときと同じだと聞かされたからだ。
「キャッ!」
「な、何事でありますかーっ!」
蛇口をひねった時に出た法子の悲鳴と共に、恐らくは長官寝室の向こうにある広い会議室で待機している従兵が、素っ頓狂な怒鳴り声をあげる。
法子は「大丈夫です。水とお湯を間違えただけです」とだけ答えると、今度は慎重にシャワーの口からあまり勢いなく出てきた水に身体を晒す。
(何だか禊ぎみたい)
海水のお湯でじっくり暖められた身体に、今度は2月の日本で入れてきたであろう真水が、法子の身体に染み込んでいく。
(日本の水なんて、4年ぶりになるのね)
新しい事が起きるたびに、次々と感傷的な感慨が浮かんでは消えていく。
しかし冷えた水が法子の神経を研ぎ澄ますように感じられ、水から何かの力をもらったようにも思えた。
感傷的な感じ方だと、《大和》自身に気合いを入れられたような気分だった。
そして量の決められた短いシャワーを浴び終わり、西洋手拭で身体を拭いて長官寝室、長官浴室、そして長官用厠だけをつなぐ廊下に出る。
そこも淡く照明され、さらに扉を開くと広々とした長官寝室に至る。
扉を開いた右手の簡素な机の上に着替えが置かれていた。
真っ白な衣服の一番上に、ひも付きの白い布切れまでが丁寧に畳んで置かれている。
(流石に越中褌は付けられないわね)
布きれを目線まで掲げ目を丸めつつ嘆息した法子は、手早く残りのものを身につける。
それは第二種軍装、いわゆる一番海軍将校らしく見える白い詰め襟だ。
予備の服らしく階級章こそ付けられていないが、ご丁寧に帽子まで用意されている。
この服装自身は、兄が着用していたものと同じでなじみ深いが、まさか自分が着ることになるとはと、髪の手入れに入った厠の手洗い前にあった鏡に向かって苦笑してしまった。
もっとも、敬礼のまねごとでもしてみようかと思った時点で現実に戻り、不謹慎だと自身を内心でなじると従兵を呼ぶことにした。
そして従兵の出したお茶を手早くいただき、案内されるままに長官寝室隣の長官公室の片隅の椅子に腰かけて待つ。
数分もすると、次々に人が入ってきた。
部屋の隅で静かに着席する法子を見るたびに、様々な反応を顔面や瞳に浮かべ自らの席へとついていく。
それを澄ました振りをして男達の反応を少しばかり楽しんでいた法子だが、外見上はそのまま目を閉じて時間を待った。
だが、ふと何か懐かしいような気配を感じた。
静かに瞳を開けると、見知った顔が飛び込んでくる。
(!)
声にならない悲鳴をあげそうになったが、辛うじて全ての動きを抑える事に成功した。
こちらに目線を据えた人物の瞳が、法子に最大限の自制を成功させたからだ。
兄だった。
間違えるはずもない。
長い戦争のせいか険しい顔つきになってしまったが、忘れる筈もない。
法子の兄、山科博は、他の男達と同様に濃い紺色の軍装に身を包み、静かに席に着いている。
ただ、法子に向けた目線だけが法子にのみ語りかけているのが、彼女にだけ理解できた。
かつて一族が集まった場で、公式の場で、小さな頃の法子に博がその目線を向ける時、常に法子に自制を求め、そして厳しくも優しい瞳は法子にその場に相応しい行いを自然と行わせた。
そして再度瞳を閉じて、数字を数え自身を落ち着かせる。
そこに最後の列席者、つまり伊藤長官が他の幕僚達と入室して全員集合だ。
その場に集まったのは、司令長官伊藤整一中将、参謀長森下信衛少将、先任参謀山本祐二大佐以下の第一遊撃部隊幕僚と《大和》艦長有賀幸作大佐以下の幹部、それに法子の兄博だった。
《大和》副長の能村次郎大佐は、有賀に代わり艦の指揮を行っているので今は第2艦橋だ。
合計で20名近くになるが、顔にはとまどいに近いものがある。
(なぜ法子がここにいる)
山科博大佐は暴れ馬のように荒れ狂う心を理性で押さえ付けつつ、現状を冷静に認識しようとしていた。
長官公室の片隅で腰かける人物が女性であり、自身の末の妹の法子であることに間違いない。
単に見かけではなく、自らの視線を受けた時の反応が、自らの末の妹しか取らない行動だったから間違いない。
もちろん亡者などではない。
第二種軍装の白い軍袴と革靴の間からは細い足首が覗いている。
山科宗家の特徴である長身と母譲りの媚びのない凛とした肢体は、山科が最後に見た女学校時代と比べ少しばかり女らしくなったようにも思えるが、大きくは変わっていない。
風呂上がりであろう火照った頬と、まだ少し濡れた黒絹のような素直な長髪も見慣れたものだ。
ただ、見慣れた自らの妹が純白の第二種軍装に包んだ姿は、少しばかり背徳感を感じさせる。
まるで、妹流の何かの嫌がらせなのではとすら思えてくる。
そして目の前の情景を妹の悪戯と思うと、周囲が一気に滑稽に見えてきた。
全てを無視したかのように腕組みをして目を閉じる参謀。
正面を見据えつつも、時折視線を法子に向ける参謀。
やたらと自ら持ち込んだ書類に目を通す素振りを見せる参謀。
多くが予想外の事態に軽く動揺しており、全てが今までと少しばかり違う仕草だ。
大きな変化がないのは、玉砕した筈の島からの来訪者を出迎えた時にあえて少数で甲板まで出向いたごく少数の面々だけ。
無論と言うべきか、伊藤長官は泰然自若としている。
そして泰然としてた伊藤長官の姿は、作戦が発動した時から変わりないものだった。
「皆さん、朝早くからご苦労様。事前の計画通り、サイパン島よりの情報提供者を迎えることができたので、今回集まってもらった」
そこまで言うと、右隣の森下参謀が起立する。
ちょうど山科とは対角線で正対する位置だ。
「情報提供者が持ってきた資料は、地図以外を順番に見てもらっている。数が一部しかないので各自回覧されるまで待つように。また、諸般の事情により、情報提供者の氏素性、個人的な情報に関しては不問とするように。
では、まずは遣いの者から、サイパン島及びテニアン島の全般的な現状について説明いただく。では、どうぞ」
そこまで言うと、法子に目線をやる。
既に対面しているし、元々落ち着いた人物と定評がある森下参謀長に変な動揺は見られない。
唯一とまどいがあるとすれば、相手を名前で呼べない事だろう。
それを察したのか、立ち上がると上品に一礼した法子が話し出した。
ソプラノがかった張りのあるよく通る声だ。
「皆様どうぞよろしくお願いします。なお、名前で呼べないのは何かと不便かと存じますので、彩帆からとって彩子とお呼びください。それでは、ご説明を始めさせていただきます」
そう始めた法子は、目の前の男達にまったく臆することなく、朗々とサイパン島の現状を語っていく。
余分な話はどこにもなく、潜水艦での移送中に事前に知らされていたのであろうサイパン島玉砕の1944年7月7日から、彼女が島を離れた1945年3月4日までの事を小一時間ほどかけて説明していった。
第2種軍装が男装の麗人風の背徳さを漂わせるが、明瞭な口調、明確な言葉、高い記憶力、深い洞察力により、途中で紙面をのぞいていた参謀が、紙面を見るのを止めたほどだった。
文字通り見てきた者だけが知っている情景を、時おり身振りを交えて説明する様は、まるで軍大学で艦砲射撃の講義をするかのごとくだ。
恐らくは教師だった経験と勘が役立っているのだろうが、偵察機のもたらした不明瞭の情報が比較にならない程だ。
当の山科も内心「ホーッ」と感心してしまい、教師と言うより育ちの出た法子の姿に少しばかり誇らしいものを感じていた。
「以上で概容の説明を終わらせていただきます。ただ最後に、一つだけお願いが御座います」
伊藤長官へ向けられた視線に、その先の男が静かに頷く。
「今私がここにいる理由は、もちろん海軍の皆様にサイパン島の現状をお伝えせよという務めを果たすためです。しかし、あえて私事を申し上げさせていただければ、正確な情報をお伝えする事でサイパン島、テニアン島に今なお生きる約2万人の日本人に危害が及ばないようにと願っての事なのです。この件、節にお願い申し上げます」
最後に深々と頭を下げると静かに着席した。
その瞬間切なげな空気が流れたようにも感じられ、部屋に詰めた20名ほどの男達も静かになった。
中には、何か見上げるような仕草で瞑目する者もいる。
それぞれが、守れなかったサイパン島に思いを馳せたり、突然の珍入者となった若い女性の言葉に内地に残した己の家族を見ていた。
だが、いつまでも感傷に浸っているわけにもいかない。
彼らは自らの死を賭して今この場にいるのであり、決死の覚悟で来たであろう目の前に女性の為にも果たすべき任務があった。
「ありがとう、彩子さん。では、それぞれ質問はある者は挙手を願います」
議事進行役の森下参謀が周囲に目線をやる。
一人が挙手した。砲術参謀だ。
「砲術参謀の宮本です。彩子さん、現状のサイパン島特に飛行場の地図に関する正確な位置情報を、今少し詳細にご説明願います。我々は、彩子さんが書かれたこの地図を叩き台に砲撃に関する最終調整を行わねばなりません。また、多数のB29が展開を始めているという、テニアン島の現状も分かる限りお願いできませんか」
今回法子のもたらした情報を最も欲していた男だ。
その問いに地図の側にいく許可を得た法子が参謀達の側に近寄る。
この頃の日本女性としては背の高い170センチ近い長身のため、肩幅の狭さや体の線の細さ、女性独特の丸みを考えなければ普通の海軍将校のようにすら思える。
服も多少だぶついているので尚更だ。
しかも説明も、時折語尾に付く女言葉を無視すれば、並の将校よりも明確だった。
今も、砲術参謀が持ち込んだサイパン島、テニアン島の大きな地図と法子自身が描いた中ぐらいの大きさのサイパン島の地図を見比べながら説明を続ける。
受ける砲術参謀の方も、最初こそ小さなとまどいがあったが、途中からそんな素振りも消えている。
その後の質問もそつなくこなし、午前7時少し前に会議は一旦閉会となった。
山科にとって会議が滞りなく済んだ事はなにより有り難く、法子が全くボロを出さなかった事にも大きく安堵させられた。
と言うより、既に覚悟を固めた軍人達しかいないこの艦隊において、余計なことを詮索するような無粋な人間はいなかったという事を山科は思い至るべきだっただろう。
それに作戦の最終段階まで後1日半しかなく、やるべき事は山積みだった。
法子のもたらした情報により、攻撃計画の最終調整が砲術、航海参謀を中心に激論を交えて交わされている。
いっぽう伝えるべき事を伝えた法子だが、伝えるという重要な使命以外の点では、艦隊側から見ると厄介なお荷物となっていた。
なにしろ戦闘中の軍艦に女性が乗り込むなど前代未聞であり、しかも降ろせる場所ははるか彼方だ。
また、砲術、水雷、航空、航海、通信、そして先任、など各参謀も入れ替わり立ち替わり情報を求めて顔を突き合わせて話すことにもなる。
全体会議も8日の夕食後にも予定されており、その準備も法子にさせねばならない。
なお、法子の所在場所だが、けっきょく作戦終了まで自分が使うことはないと伊藤長官の命令に近い言葉によって、長官寝室を使う事になった。
何しろ、巨大な《大和》と言えど、厠と寝室そして作業ができる机が、他の場所、一般乗組員と完全に隔離されているのは長官寝室しかなかった。
また参謀達との度々の話し合いには、通路を使わず隣接する長官公室が打ってつけだ。
しかも今の大和は本来の定員を大きく上回る3300人以上を飲み込んでおり、そこかしこに増員用のハンモックが吊られている。
竣工時全員に寝台が充てられるように設計されていた筈が、将校でも新米ならハンモック暮らしだ。
とてもではないが、全員が玉となって死んだはずのサイパン島からの珍入者を隠しおおせるものではない。
しかも珍入者は女性のため、決死の覚悟の任務に就いている乗組員にとって良い影響があると思えないとも判断されていた。
しかも、一つ間違えば、好奇の目で見られるのは明らかだ。
かくして法子は、そのまま長官公室に箝口令を徹底した従兵付きで事実上の軟禁状態となってしまった。
(う〜ん、広くて清潔なのは有り難いけど、潜水艦の方が自由があったなあ)
夜の会議も終わり、作戦自体も24時間後には完全に達成される時間を経過してしまうと、完全な手持ちぶさただった。
最後の会議を以て参謀たちが法子に声をかけることもなくなり、優しげな瞳を向ける伊藤長官に「色々疲れたでしょう。
明日の朝までゆっくり休みなさい」と会議の最後に労られてては、余程の事がない限り誰かが訪れる事もない。
本来なら高級将校の会食場ともなる隣の大きな部屋も戦闘配置中の今は無人で、常時戦闘配置中のため居住区である付近に人気もあまりない。
万が一に備えて見せてもらった《大和》艦内の略地図を見ても、長官公室を中心に高級将校の区画であり、もともと人口密度(と言えるのか)が低いことも分かった。
そうして、しばらく黄金色の照明が灯される長官寝室の中で茫洋と過ごしていた法子だが、眠くもならないので、少し夜風に当たれないものかと考えた。
最初は小声で、次は最初より少し大きな声で従兵を呼んでみるが返事はなし。
それもその筈、最後の会議を最後に従兵も本来の任務に立ち戻っている。
当然と言うべきか、隣の長官公室に出るも何人の姿もなし。
意を決して廊下の扉を開けてみるが、船にしてはやたらと広い廊下もところどころ薄暗い照明がされているだけで誰も見当たらない。
時間は10時をすでに超えていたので、24時間体制で動いている《大和》も今は夜時間だ。
扉から右手の少し向こうの廊下にはハンモックが吊られ人の気配もある。
反対の左側は、夜でも少し向こうの扉から明かりが漏れて活発な声が聞こえる。
何となく流れてくる匂いから厨房らしいと察しが付いた。
だが、厨房に行くまでの途中に階段が見える。
そこまでは誰もいない。
そして素早く二度左右を確認した法子は、しのび走りで一気に階段まで走ると、一呼吸おいて階段を登り切った。
上がった先は、沢山の小さな砲塔が雛壇のように犇めくど真ん中だが、夜間の砲塔に人気はない。
念のため近くに人の気配がないかを再確認すると、法子は艦の前方に向けて歩き出す。
そちらの方には、鉄板とは違った輝きを見せる木張りの甲板が星明かりと薄い月明かりに照らされぼんやりと見えており、誤って落ちる事もないだろうと踏んだからだ。
そして遮るもののない《大和》甲板上まで来ると、洋上特有の軽やかで冷たい海の風が法子の全身を少しばかり暴力的に撫でつけていく。
「いい風」
右手で軽く髪を押さえながら、思わず呟き声が出た。
もっとも、速力20ノット(時速36キロ)で突進する《大和》以下第一遊撃部隊の艦上ではかなりの合成風が吹いており、ちょっとした声ぐらいでは簡単に風に紛れてしまう。
場所は甲板が緩やかな坂になる手前、ちょうど左手には第一副砲塔がそびえる。
すぐ側には簡単な鉄板と土嚢で覆っただけの機銃が二つ並んでいる。
もちろん今は無人で、黒光りする銃身を緩やかな角度で天へと向けている。
しかし周囲の風景のほとんどは闇の中で影としてしか認識できず、夜空だけを見ていれば海の上を飛んでいるかのような錯覚すら覚えそうになる。
まるでここ数日間の出来事の数々が、夢であったかのようにすら思えそうにもなる。
そうしてしばし複雑な感慨に浸って立ちつくしたのがいけなかった。
「誰だ?!」
突然後ろから誰何の声が響いた。
合成風にも負けない潮風に鍛えられた野太い胴間声だ。
今更慌ててもしかたないと瞬時に考えた法子は、ゆっくり振り向いてまずは相手を観察する。
すでに夜目に馴れているので、ある程度相手の姿は確認できた。
伊達に半年以上ジャングルに潜んでいたわけではない。
相手は、白い作業服の上下にツバ付きの帽子を着用している。
それらがガッチリとした体躯を何とか押し込めようと頑張っていた。
顔立ちはハッキリとは分からないが、目が大きいので白目がよく分かった。
その目を中心に表情が伺え、近づくに連れて顔が何度も変化するのが分かる。
最初は鬼のような形相。
ちょうど不逞の部下を見つけたような表情。
次に「シマッタ」という顔。
上官に怒鳴りつけたと勘違いしたのだろう。
何しろ今の法子は海軍将校の服装だ。
そして今、2メートルほど手前まで近づいた厳つい兵士の顔は、驚愕に近いものが浮かんでいる。
そんな彼の顔の変化を見て、彼が次に何を言うのかを想像すると、何となく面白くなってきた。
自然口元がほころんだ。
「お前は誰だ。モノノケの類か?」
(言うに事欠いて物の怪はないでしょう)
ますます笑みが広がった口元から、自然言葉が出る。
「そう見えますか」
「喋った! じゃなくて当たり前だ。ここは太平洋のど真ん中だ。決死の覚悟の艦に乗り込む密航者など考えられん。しかも貴様は第二種軍装をまとっている。モノノケでなくて何だ。この近くの海で朽ち果てた霊魂がやって来たとでも言うのか」
相手の男は顔を真っ赤にして勝手に色々な仮説を並べている。
だが、一応言っておかねばならない。
「足はついていますよ」
た、確かに。
そう呟いた男は、目を少しばかり冷静なものにもどした。
そして、今度はつま先から頭のてっぺんまで舐めるように法子の身体を目線で追う。
そして何か納得したように、フムと頷いた。
「確かに、これほど美しいモノがモノノケや霊魂であるはずはないな」
「分かっていただけましたか」
「ウム、それにしても眼前にしてもいまだ信じられん。本当に船魂というものがいようとはな。それともオレは寝ぼけているだけか?」
男は、相変わらず自分の目を疑っている。
(それよりも、日本じゃ船魂は男がなるものでしょう)
法子も内心益体もない事を思ったが、取りあえず相手の男の妙な勘違いは有り難かった。
様々な虚言はともかく、寝ぼけていると思わせたまま立ち去れれば幸いだ。
(まあ、モノノケでもフナダマでもいいわ。どうせ今は、生きてても死んでるようなものだし)
そうした子供じみた感慨にしばし心を委ねると、自然笑みが漏れてくる。
だが、男の方が口火を切るのが先立った。
「恐らくこれは夢、もしくは白昼夢だな。ならば、船魂様、2つばかり聞いてみてもいいですか」
「何でしょう(どうとでもなれ)」
「はい、一つに作戦はうまくいきますか。もう一つは、我々いや《大和》は無事に内地に戻れますか」
意外という以上に真剣な声で聞いてくる。
顔もいつの間にか真顔であり、夢でも何かにすがりたいという強い気持ちがギョロリとした瞳からも伺えた。
その瞳を正面から見据えて後、少し瞑目するような仕草で考えた法子は、なるべく慎重にできる限りの事を口にした。
「明日の日の出まで何事もなければ、作戦はうまくいくでしょう。そして作戦がうまくいけば、生還できる可能性も十分にある筈です」
おおっ。
男の顔が光が差したように輝く。
と、そこに、誰何の声が再び届く。
「そこで何をしておるか」
「ハッ!」条件反射で男は振り向く。
法子の方は、今度は反射的に回れ右した男のスキを見て、近くの機銃の防弾板の影に滑り込んだ。
流石に、今のような冗談みたいな誤魔化しが二度も通じるとは思えない。
そして、気配を殺して身を沈める法子の側、正確には先ほどまで話していた男の側に誰かが近寄るのが分かる。
「今そこに誰かいなかったか」
新たに問いかける男の声に、聞き覚え以上のものがあった。
最初は法子自身動転していて分からなかったが、明らかに兄の声だ。
そして振り返る男は、最初は不思議そうに、そして納得したかのように首を戻すと山科に答えを返す。
「誰か居たのでありますか?」
「貴様以外に白いものが見えたように思えた。違うか」
「は、船魂と話し……いいえ、自分一人であります。眠れんので夜風に当たり来たのですが、どうにも寝ぼけて独り言を言っておったようです」
そうか。
とだけ答えた山科は、行って良しとだけ男に伝えると、男も三々五々その場を後にする。
そしてその場には兄妹だけが残った。
「もう出てきていいぞ」
小さくどこか優しげな声を受けて、法子は静かに立ち上がった。
すると、顔を身体ごと横にした兄博が、視線を合わせる事なく妹法子と対面する。
「船魂とはな……兵を化かして愉快だったか」
言葉はしかっているのだが、声には別の感情がにじんでいる。
「申し訳ありません、兄さん。ただ、夜風に当たりたくて。軽率でした」
「うん」
ポツリと言った山科は、ようやく身体を正対させ、さらにひと拍子おいてからようやく口を開いた。
「息災で、何よりだった。利己的な事は百も承知だが、生きていて本当に良かった。本当に、本当に。……しかし公室で初めて目にしたときは、俺も亡霊か物の怪の類かと思ったぞ。しかもその格好だからな」
言葉と共に、感情が急上昇と急降下を繰り返す。
口調は真面目ながら、元々は温厚な人柄な兄の人となりを知っている法子なので、任務と個人の狭間で感情が揺れているのだろうと感じた。
そこで、自身で腕を軽く上げておどけた調子で、かるく敬礼の仕草を取ってみる。
「似合っていませんか」
馬鹿者。
そう言った兄は、それまで後ろでにしていた左手を腕をぐいと前に付きだし、そのまま法子の頭までもっていく。
ポス。
瞬間、子どもの頃のように軽く頭を小突かれるかと少しばかり身をちじめた法子の頭には、軍服とセットになった純白の制帽が被せられた。
「外に出るなら、せめてこれで髪と顔を隠しなさい。部屋にいないから探してみればこれだ」
「はい、兄さんにはいつもお世話をかけてばかりです」
先回りして法子が続ける。
自然言葉も軽やかなものになり、生きて兄と再会できたのだという感慨が胸の奥からジワリと広がっていく。
まったくだ。
そう言った山科も、会議の時に刻んでいた顔の険しさは今はない。
「まったくだ。それにしても、本当に法子なんだな。どうして助かった……いや、経緯については全てが落ち着いてからにしよう。さあ、今は部屋に戻りなさい」
妹の身体に軽く手を回すと法子も「はい」と素直に従い、明日を控えて寝静まる甲板を後にした。




