新たな一年生(1)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校三年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。お茶を淹れる腕は一級品。受験生だが、部の雑務や勧誘活動、新人の指導で大わらわ。
・那智しずる:文芸部所属の三年生で忍の姉。一人称は「あたし」。学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。その一方で、ペンネームを『清水なちる』という売れっ子小説家でもある。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の二年生。一人称は「あっし」。身長138cmのロリータ体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。忍に「センパイ」と呼ばせてこき使っている。積極的に一年生の新入部員を勧誘しているが、その真意は……?
・那智忍:弟クン。文芸部の新一年生。しずるの弟。一人称は「ボク」。しずる同様に背が高い美形男子で、細々した事にもよく気づく紳士。姉のことを異常に大事に想っている。
・望月泰平:泰平クン。忍のクラスメイトで、文芸部の新一年生。一人称は「僕」。しずるを慕って入部した。その為、彼女が部活に来ない時にはサボりがち。対策として、千夏は彼を雑用係として使っている。
・新一年生:舞衣が人選した仮入部希望の二人の一年生女子。
・里見大作:大ちゃん。二年生で千夏の彼氏。
・西条久美:久美ちゃん。高校二年生、双子の姉。
・西条美久:美久ちゃん。二年生、双子の妹。
・雨宮咲夜:サクヤ。那智姉弟や泰平クンの幼馴染みの一年生女子。吹奏楽部。忍や泰平とはクラスメイト。
「ふわぁあ。来ないね、新入部員」
わたしは、部室の中央に置かれたテーブルの上に、だらしなく上半身を預けていた。
「あれぇ……、おっかっしいっすねぇ。今日、来てもらう約束だったんすけど」
そう言って首を傾げているボブカットの小柄な娘は、高橋舞衣ちゃん。文芸部の二年生だ。
事ある毎に問題を起こす彼女も、この春は新入部員集めに奔走してくれた。その意図が、本来的なモノとは違っていたとしてもだ。
「おおかた、舞衣さんの悪い噂に恐れをなして、逃げ出したんじゃないのかしら」
歯に衣着せぬ言葉で応えたのは、わたしの隣に座っている美少女だった。彼女こそ那智しずる。文芸部の誇る才女であり、K高三大女神に数えられる学園のアイドルである。受験を控えて勉強に集中してはいるが、実はしずるちゃんは、『清水なちる』のペンネームで人気作品を世に送り出してきた若手小説家でもあった。
常に卒なく非の打ち所のない彼女は、問題集の回答を書き記す様子でさえ優美であった。窓からは、ゴールデンウィークを前にして少し温かくなった日差しが射し込み、一本に編み上げた彼女の黒髪で様々に乱反射し、不思議な艶っぽさを与えていた。その端正な横顔を長く見つめていた所為か、わたしは桃源郷の世界で甘酸っぱい陽の光を浴びているような錯覚を感じていた。ついさっきまで頬に冷たかったテーブルでさえ、微温んだ枯れ草のように感じている。
「まあまあ、しずる先輩もそんな風に言わないで。きっと来るっすよ。もう少し待ってやって下さいっす」
そうやってしずるちゃんをなだめる舞衣ちゃんの切り揃えた前髪の隙間から、悪戯っ子のような瞳が覗いていた。
「あらぁ、そうかしら。『文芸部の守銭奴ロリータ』に、身ぐるみ剥がされるのが怖くなったんじゃないのかしらね」
「もう、相変わらず手厳しいっすね、しずる先輩は」
辛辣な先輩の言葉にも全く動じず、舞衣ちゃんは両手を頭の後ろで組んで「アハハ」と笑って誤魔化していた。
「どうなんだか……」
しずるちゃんは、そう言って軽く溜息を吐くと、勉強に戻った。
(ああ、わたしも勉強しなきゃな)
思い直して上半身を起こす。乱れた髪の毛を片手でサッと整えると、わたしは参考書のページを捲った。途端に難しそうなアルファベットの塊が、視界に入り込んでくる。
「ふぅ」
少し憂鬱になって、わたしも溜息を吐いてしまった。
(ダメダメ。集中だ、集中。わたしも、しずるちゃんと一緒に現役合格するって決めたんだもの)
気を取り直して、再度英語の長文を見直す。分からない単語は……、そんなに無いかな? 取り敢えずの斜め読みでも、なんとなく大まかな意味が想像された。
(よし、解くぞ)
わたしがそんな風に勢いづいた正にその時に、
「こんにちわー。遅れましたぁ」
と、図書準備室のドアが、元気な声とともに開け放たれた。
「ういっす。泰平クン、遅いっすよぉ」
「すんません、センパイ。ちょっと、係の仕事があって」
弁解をしながら入ってきた詰め襟の男子は、望月泰平クン。一年生の新入部員で、しずるちゃん達姉弟の幼馴染みだ。
「これでも超スピードで片付けて来たんすよぉ」
彼の顔は舞衣ちゃんの方に向かって言い訳をしながらも、その視線はチラチラとこちらを覗っていた。実は泰平クンは、しずるちゃんに『ホの字』なのだ。幼馴染みの美人のお姉さんに、彼は女神へのものと言えるほどの畏敬の念を抱いているのだ。文芸部への入部動機も、それに尽きる。
その為、しずるちゃんがやって来ない時には、部活をすっぽかしたりするのがタマニキズ。それで、部長たるわたしは、よく泰平クンに、お買い物や力仕事などの野暮用を言いつけたりしている。当然、彼には「部活のお仕事を立派にしていると、きっとしずる姉さんに好印象を与える」と洗脳してある。ある意味、舞衣ちゃんが弟クンに接するように、わたしも泰平クンを便利な下僕として使っていた。だって、泰平クンが力仕事を引き受けてくれたら、その分だけ愛しの大ちゃんと一緒に居られる時間が長くなるんだモン。
「そうすかぁ。ん〜、まぁいいや。それより泰平クン、弟クンはどうしたっすか? 今日は、やけに遅いっすね」
受験勉強を始めたわたし達三年生から実権の一部を毟り取った舞衣ちゃんは、少し偉そうに彼に尋ねた。
「シノブですかー。あいつはぁーっと。確か、今日は日直だったっす。もうちょっとしないと、来ないっすね」
相変わらず頬をほんのりと赤くしてこちらをチラチラ見ながら、泰平クンはそう返答した。
「日直ぅ。そんなの誰かに押し付けちゃえばいいのに。弟クンも義理堅いっすね」
「当たり前でしょう。忍クンは真面目なのよ。誰かさんとは大違いね」
少し不満気な舞衣ちゃんの言葉に、あからさまな当てつけのように、しずるちゃんが水を注した。
「むぅ~。真面目なのは、あっしもよく知ってるっす。それよりも、この舞衣ちゃんセンパイを待たせる行為が、気に喰わないっすよ」
まぁ、よくここまで自分を棚上げできるよなぁ。あまりにもふてぶてしい彼女の様子は、尊敬に値するかも知れない。
「まぁまぁ、センパイ。日直の相方がサクヤなんですよ。あいつにゃ、誰も勝てないっすから」
ここで初めて泰平クンが、まともに舞衣ちゃんの方を向いて返事をした。
サクヤとは、一年生の雨宮咲夜ちゃんのことだ。那智姉弟や泰平クンの幼馴染みの女の子で、弟クンや泰平クンとはクラスメイトだ。彼女は、吹奏楽部でトランペットを吹くそうなので、残念ながら入部はしてくれなかったんだけれど。
とまれ、今までの言動から察するに、彼等幼馴染みの中にもヒエラルキーがあって、咲夜ちゃんはその中でも上位格らしい。単なる仲の良い女友達以上に、影響力を持っているらしかった。
「そうねぇ……。ホント、咲夜さんが入部してくれれば良かったのにって、正直思うわ。だって、とっても良い娘なんですもの」
これまたしずるちゃんは、舞衣ちゃんを畳み込むように、嫌味っぽい言葉を送った。
「むぅー、アイツっすか。あんなのは文芸部には要らないっすよ。全くもう、部外者なのに平然としゃしゃり出て来て弟クンの隣に座ってくる、あの根性が気に入らないっす」
舞衣ちゃんは、心情を隠すことなく、あからさまに「気に入らない」という態度でふんぞり返った。勢いで、座っている椅子が少し斜めに傾く。
「あら、どうしてよ。忍クン達とも仲がいいし。元気で素直な良い娘じゃない。掛け持ちでもいいから、入部してもらいましょうよ」
滅多に見せない舞衣ちゃんの不機嫌さを見抜いたのか、しずるちゃんは、ここぞとばかりに攻めに出た。トレードマークである丸渕眼鏡のフレームに、陽光がキラリと反射する。これが、女神の風格というものだろうか……。
「ウヌヌヌ。兎に角、新入部員は、あっしがもう確保してるっす。サクヤってのはお邪魔っすよ」
椅子を戻す勢いとともに立ち上がった舞衣ちゃんは、そう言って両の拳をテーブルに叩きつけた。その振動で、目の前に置いていた文房具がコロリと揺らぐ。
「ね、ねぇ。舞衣ちゃんは、どして咲夜ちゃんのことが、そんなに気に入らないの?」
彼女らしくない反応が気になって、そうとはなしに、わたしは舞衣ちゃんに質問していた。
「うぐ……。えーっとぉ……。と、兎に角、気に入らないんすよ、アイツは!」
彼女は立ち上がったまま、叫ぶように『否』を主張すると、両腕を薄い胸の前で組んでそっぽを向いてしまった。
「あら、ご機嫌斜めね、舞衣さん」
その様子に、しずるちゃんは、少し嘲るような口調で話し掛けていた。
「うふふ。あたし、分かってるのよ。咲夜さんが舞衣さん並に背が低いのに、それなりに胸があるから悔しいんでしょう」
「うっ…………」
さすがの舞衣ちゃんも、しずるちゃんのこの指摘には、何も言い返せなかった。口をへの字に曲げたまま<ガタン>と大きな音を立てて、椅子に座り込む。もしかして、図星だったのか?
らしくない彼女の振る舞いに、わたしは何か嫌な感じがして、その場の空気を変えたくなった。
「えっとー、そろそろお茶にしよか。大ちゃんや弟クンも、そのうち来るだろうし。ねっ」
困った時にはティータイム。わたしの常套手段である。
「そうね。じゃぁ、今日はとびっきり美味しいのを頼むわ、千夏」
「ボクもお願いします。千夏センパイの淹れるお茶って、最高ですから」
しずるちゃんも泰平クンも、一服したいようだった。
舞衣ちゃんは? といえば、まだ不貞腐れた様子で明後日の方向を向いている。
「うん。じゃ、準備するね。泰平クンも適当に座ってて」
「はい、ありがとうございます」
彼は、そう返事をしてテーブルの端っこにやって来た。そして、しばらくの間、何処に座るかを悩んでいるようだった。
「どうしたの、泰平クン。座っていいのよ」
様子の変な彼を案じてか、しずるちゃんも、そう言って座るように促した。
(しずるちゃん、分かってないなぁ。泰平クンは、しずるちゃんの傍に座りたいんだよ)
売れっ子の小説家でも、自分の周辺の事となると察しが悪くなるのかな?
散々迷った挙げ句、泰平クンはテーブルの端っこの席を選んだ。しずるちゃんからは、かなり距離がある。きっと、未だ恥ずかしいんだろな。ガンバレ、男の子。
(さてと、まずは、お湯を沸かさなきゃね)
わたしは、電気ポットに水を汲み直すと、電源コードをコンセントに繋いだ。大容量の電熱線は、すぐにでも、水を熱々のお湯に変えてくれるだろう。
その間に、わたしは戸棚から茶葉の缶や茶器なんかを取り出していた。
今日は、未だ久美ちゃん・美久ちゃんの西条姉妹も来ていないので、わたしもいれて四人分だね。他の人の分は……、来た時に淹れてあげよう。
「フンフンフンフン」
わたしは無意識に鼻歌を歌っていた。弟クンが居ないだけで──舞衣ちゃんと弟クンが一緒に居ないだけで、こんなにも気分が楽になるとは思ってもみなかったよ。
「千夏、今日は上機嫌ね」
部室の中央の方から声がした。
「うん。お茶を淹れてると、何だか幸せな気分になるんだ」
──お湯が沸騰し始める音、未だ乾いている茶葉の香り、それがお湯と出逢って開いていく様子
全てが至福の時間だ。
「うーん、そろそろ? っかな」
わたしは、予めお湯で温めておいたティーポットを取り上げた。中のお湯は、未だ熱を持っている。これを四人分のカップに注いで、温めるのに使うのだ。
んー、所謂、熱のリサイクル? あれ? 有効利用だっけ。
まぁ、いいや。わたしは、ポットの中身をティーカップに注ぎ込んだ。軽くなったポットを、木製の鍋敷きの上に一旦置く。その蓋を開くと、白い湯気が立ち上り周囲に熱を運ぼうとしていた。
わたしは、ポットの残り湯を捨てる前に、茶葉の缶を手に取った。
その時、再び図書準備室の出入り口の方で声がした。
「こんにちわ。遅くなって済みません」
聞き慣れたその声は、変声期を迎えて未だ間もないと思わせるような幼さを少し残していた。
「あら、忍クン。やっと来たわね。姉さん、ずっと待っていたのよ」
正に『鈴の鳴るような』という形容動詞が相応しい声が、彼を迎えた。高音域ではあるが、ほどほどにハスキーな声質は、しずるちゃんだ。
普段は他人を近寄り難くさせる程の威圧感を持っている彼女だが、弟クンに対してだけは全くの別人となる。
(あー。耳が幸せ)
その声だけで、わたしは心地よくなっていた。そんな慈愛に満ちた声だった。
──だがしかし
「あのぉ……。仮入部をしたいという人が……」
弟クンのおずおずとした声が、続いて聞こえてきた。
(なに? 入部希望者? って、舞衣ちゃんの言ってた人なのかな)
わたしは、一旦作業の手を止めると、席へと戻ろうとしていた。
「誰? お客様?」
そうして、部室の出入り口の扉を見やると、そこには申し訳無さそうに隙間が開いていた。
「おうおう、来たっすね。さあさあ、入ってくるっすよ」
そこに向かって話しかける遠慮のない声は、舞衣ちゃんのものだ。
「遠慮なんかは、要らないっすから」
声音も柔らかく、掛ける言葉はその通りなのだが、わたしには彼女が今どんな顔をしているのかが、背中越しでも手に取る様に想像できた。
「ほれほれ、弟クン。そんな所に突っ立ったまんまじゃあ、入部希望者が入れないっすよ。とっととこっちに来て、部長の手伝いをするっす。……んと、泰平クン。どっかにお茶菓子か何かがあったっすよね。用意するっすよ」
もう既に部長にでもなったかのようなその振る舞い。
「ほら、二人とも。キビキビするっす」
センパイ風を吹かせて、一年の男子を下僕のように使うその様子。
(相変わらず、舞衣ちゃんだなぁ)
ここまで来ると、もう溜息しか出ない。
そんなわたしの様子に気がついたのか、
「岡本センパイ、手伝いますよ。今日はセイロンですね」
と滑るように近づき、遅滞なくわたしが用意していた茶葉まで言い当てるとは、さすがは弟クンである。
「千夏、あたしも手伝いましょうか?」
そう言うしずるちゃんは、椅子から半分立ち上がりかけていた。
「あ、えとね……」
と言いかけたわたしの言葉に、わざわざ被せるように、
「しずる先輩は、そこに座っていて下せい。後はあっし等でやりますんで」
と、彼女を制したのも舞衣ちゃんであった。
「…………」
そんな彼女を見返すしずるちゃんの瞳は、丸渕眼鏡に遮られて分かんなかった。けれども、きっと那須与一が扇の的を射抜くよりも鋭いものであることは、想像に難くない。
それでも、嫌味の一つも言い返さないのは、しずるちゃんなりの気の使いようなんだろう。折角の一年生を怖がらせちゃ、意味がない。
思えば彼女も丸くなったものである。
「追加のティーカップも温めますね。茶葉はこれですね」
感慨にふけっていたわたしを現実に戻したのは、弟クンだった。
「うん、そだよ。ありがとね、弟クン」
わたしは振り返ってそう答えると、再びシンクの方へパタパタと急いだ。
しずるちゃんが大人しくしてくれていたら、舞衣ちゃんの方で上手くまとめてくれるだろう。わたしは、今、自分に出来ることをしよう。
「ポットに残ってるお湯は、全部使っていいから。冷めてないかな?」
わたしの問に、
「少しだけですが。熱いお湯を張っておきますね」
と、満点の回答。やはり弟クンだ。
一方、舞衣ちゃんの方はと言うと……。
「へいへい。いらっしゃい。二人とも、中に入った入った」
と言いながら、出入り口の扉から一年生と思しき女子を招き入れていた。
弟クンがお茶の用意を手伝ってくれている間に、わたしはチラとだけ、彼女達の様子を遠くから眺めてみた。
一人は、細身で長身の女の子。ベリーショートとまではいかないものの、髪の毛は短め。手足がすらっと長くてスタイルは良さそうなんだけれど、猫背気味で覇気が感じられない。おっかなびっくりした様子で、部室に入って来た。あれで背筋をピンッて伸ばせば、しずるちゃん並みにモデルさんみたいで、格好良く見えるのに。ちょっとだけ、勿体無いなって思った。
もう一人は、小柄で大人しそうな娘。とは言っても、わたしよりは背が高い。久美ちゃん達くらいかな? 度の強そうな太い黒縁の眼鏡をかけている。ロングヘアを三編みのお下げにして、両肩から胸前に垂らしている。その上、学生カバンを抱きかかえているので、一見、怯えているように見える。はっきりとは分からないのだけれど、出るところはそれなりに出ていて、引っ込んでいるべきところにも余分なお肉は付いてなさそうだ。基本的にスタイルは良さそうなのに、うつむき加減でおどおどした様子が、それを台無しにしている。
(え? あの娘達なの。舞衣ちゃんが自信があるような事を言ってたから、写真写りの良い可愛くて美人な女の子を連れてくるんだ、って思ってたんだけどな)
わたしの舞衣ちゃんへの思い込みの所為なのか、外見的には大人し目──良い言い方をすれば文系っぽい女子を選んで来たことに、内心では、半分驚き半分がっかり、といった第一印象だった。
それでも、待望の一年生の女子だ。快く迎えなければ。
「いらっしゃい、文芸部に。仮入部でも、来てくれてとっても嬉しいよ。わたしが部長の岡本千夏。三年生だよ。よろしくね」
わたしは、笑顔で新人候補に自己紹介をした。そして……、
「えと……、噂には聞いてると思うけれど、あそこの美人さんが那智しずるちゃん。わたしと同じ三年生だよ」
わたしの紹介に、しずるちゃんは椅子から立ち上がると、軽く会釈をした。心做しか表情が硬い。それでも、それが彼女の精一杯のおあいそであることを、わたしは知っている。
「あ、あの人が那智センパイ……」
「実物って、本当にキレイ……」
案の定、新入生達はそれだけを口にして、静まり返ってしまった。
よく見ると、目元にほんのりと紅が射している。
(うん、まぁ、普通の反応ですね。しずるちゃんを初めて目の当たりにした人は、たいていこういう反応をするんだ。もう慣れちゃったけれど)
「あーっと、遠慮なんかしなくていいからね。適当にテーブルのどっかに座ってて。今、お茶の用意をするから」
わたしは、年長者のもう一方の一角として、場の空気を和らげようと試みた。
「岡本センパイ。セイロンは三分でしたっけ? それとも五分ですか?」
そんな時、弟クンの声がした。
そうそう、お茶を淹れているところだったんだっけ。
彼は、わたしの期待を超えていた。わたしが、新人に気を使っている間に、準備を進めてくれていたのだ。
「えと……、気持ち三分ちょっと。砂が落ち切ったら、十数えてね」
(うーん。こんな曖昧な言い方で、茶葉を蒸らす時間が伝わるのかな? それにしても手早いな。もう、お湯を沸かしなおして、茶葉を入れるところまでやっちゃうなんて)
「解かりました。三分と十秒程ですね」
おお。あれで分かったんだ。那智の遺伝子、恐るべし。
「ありがと。今、そっち行くからね」
わたしは、さっきとは逆方向にパタパタと早足で戻った。
「さあさ、二人とも、こっち来るっすよ。他にも未だ来てない二年生達がいるっすけど。……まぁ、そのうち来るっしょ。座ってゆっくりすると、いいっすよ」
向こうから舞衣ちゃんの声が聞こえた。
(上手くすれば、これで新入部員が四人かぁ。今年は賑やかになりそうで良かった、……って思いたいなぁ)
わたしは、胸の内で「前向きに考えなきゃ」って思おうとしていたのだが。舞衣ちゃんが旗を振っていることに、祓いきれない不安も併せ持っていた。




