62. 祭りのはじまり
年始の雰囲気も遠のいてきた一月下旬。
『さあ、いよいよ始まります! エルミィス魔法学園、伝統にして幻の祭典! その名も獣鎮めの子選抜祭!!』
立食形式のパーティー会場となった大講堂に、拡声器の声が響き渡る。
『本日、司会進行と実況を務めさせていただきます! 私、エルミィス校新聞部部長ネッツ・ベーナと申します! 以後お見知りおきを! どうぞよろしく!』
壇上から大きく手を振る眼鏡の女子生徒に、会場からは拍手。
『そしてそして、解説は隣におられますこの御方!』
『はーい、みんなの校長だぜーぃ』
気怠げな声の狐マスクにやはり拍手。
『というわけでみなさん、ご覧のとおりこちらのスクリーンでは会場の様子が映されています。いやー、みんな緊張感のある顔してますねー』
壇の奥に大きなスクリーンが吊るされており、映写機からの光を受け止めている。映し出されているのは選抜祭に立候補した生徒たちの姿だ。
「あれってどういう仕組なんだ?」とネチル。
「監視ゴーレムが見てるものを魔力波で送信して、それを映写機で受信して出力してるのよ」とローミィ。
「はふはふ! フランクフルトうまし! パンにはさめば至高! おまつりサイコー!」とコヨヨ。
「おいもっとクロくん映せよポンコツゴーレム」とライナー。
朝早くからカボチャ車に乗り、たどり着いたのは久しぶりの古都ブラホルン。
三カ月も森の奥地に引きこもっていたせいか、街中はずいぶん賑やかに感じられる。
「ようやく着いたー」
「あー、腰いったー」
カボチャ車から降りた生徒たちが身体を伸ばしている。例によってクロは超能力による空気椅子なのでノーダメージだ。
「ここは……」
街の外れの閑散とした場所で、目の前には城が建っている。エルミィスほどではないがそれなりに大きく、しかし人の気配のない廃城といった風情の建物だ。
「みなさん、よくお越しくださいました」
クロたちの前でそう挨拶したのは、眼鏡をかけた二十代半ばくらいの女性だ。
「それではさっそく中へお入りください。飲みものや軽食も用意してありますので」
城内のエントランスホールは外観どおり古びていてカビくささもある。ここで少し休憩とのことだ。
(二十人か……もっと増えると思ったんだけどな)
最終的な立候補者の数だ。
クロたち〝獣鎮めの子候補生〟は思い思いに時間を潰している。
軽食をつまむ者(バナナで栄養補給だ)、友人同士で会話する者、壁際で静かに瞑想する者、所在なさげにウロウロする者、あるいはなにを考えているかわからない者。
ポクハムは先輩らしき人となにやら話し込んでいる。一年生は他にもあと二人いて――
「あ、あの……ク、クロフレッドさん……」
「ん? あ、パーチソンさん」
同じビジャット組のパーチソンだ。まさか彼女も参加するとは、というか上級魔法を習得していたとは。
「お、落ち着いてますね、クロくん……私なんか、その、震えが止まらなくて……」
謙遜ではなく本当に小刻みに震えている。まつ毛がふさふさでまるで子鹿のようだ。
「ほんとは……わ、私なんかが立候補しても……や、やっぱり場違いだった、でしょうか……」
「そんなことないよ。少なくとも僕は、ちょっと心強いかも」
「え……?」
「ポクハム……もだけど、同じクラスの子が二人もいるから。一応ライバルだけど、一緒にがんばろう」
本心で言ったつもりだが、彼女は顔を真赤にして硬直し、「あう、あう」と言葉を詰まらせる。
(あれ、励ましかた間違えたかな……?)
どうしようかと戸惑っていると、
「――さすがはマッティくん、本番前でも落ち着いてるね」
「?」
振り返ると、チュニード組のエンブレムをつけた少年が立っている。見憶えのある顔だ。
「えっと……ゼル・ブランドーくん、だよね?」
同じ一年生、彼が四人目か。
「そっちもビジャット組の子だよね? 確か、パーチソンさん、だっけ?」
「あう、あう……がが、がんばりましょうね! クロフレッドさん! 末永くっ!!」
よくわからないことを言いながらパーチソンが走り去っていく。
「ごほん……光栄だね、有名人に顔憶えてもらってて」
ブランドーが気をとり直すように話題を戻す。
「いやいや、君だって有名人じゃん」
あの特別授業の際、クロたちと同じく襲撃者を退けた生徒がいた。それがブランドー率いるチュニード組3班だった。
彼らは他の班へと迫る魔の手も払いのけ、事態が終結するまで独力での抗戦を貫いた。
以来、チュニード組全体のリーダーのような存在として尊敬を集めているという。
「話すの初めてだよな。いきなりだけど、クロフレッドって呼んでいい?」
「もちろんだよ、ゼルくん」
「へへ、噂ほどおっかなくないんだな。あの人攫いどもを素手で引きちぎってたって聞いてたけど」
「ゴリラかな?」
ハンサムというより愛嬌のある童顔だ。栗色の癖っ毛にそばかす、左の犬歯が八重歯になっている。人懐っこそうで明るい雰囲気で、みんなに慕われるのもわかる気がする。
「あのさ、意外と四年生っぽい人が少なくない?」とクロ。
「あー、そうだな」とゼル。
この学園では三年までに基礎魔法を習得して磨き上げ、四年からは上級魔法の習得と発達に努めるという方針になっている。
今回の選抜祭の出場条件が「上級魔法を習得していること」である以上、必然的に四年生がメインになる。
「さっき先輩に聞いたんだけど、四年生が十人だってさ。残りは三年生以下だな」
「進級して四カ月足らずだから、まだ上級魔法を使えない人のほうが多いってことかな?」
「それもあるだろうけど……諦めたんだろうな、たぶん」
「え?」
「――やあ、マッティくん。やはり君も参加してたんだね」
「……こんにちは、ウェルズ先輩」
現れた金髪イケメンは、エリート倶楽部の会長ことグリン・ウェルズだ。
「先輩もですね」
「当然さ、この学び舎の安寧に関わる事案だ。大貴族たるもの、そして力あるものとして、その責務は果たさねばならない」
真剣そうな表情なので嘘は言っていないように察せられる。
「残念ながら君とはライバルとなるが……互いにベストを尽くそう。我が倶楽部への入会を自ら申し出てくれるよう、先輩貴族として相応しい背中を見せねばな」
「はあ……お手柔らかにお願いします」
後ろ手を振って颯爽と去っていくウェルズ。紅茶のような若干いいにおいが残る。
「いやー、噂どおりの先輩だな……平民の俺はガン無視だよ」
「さっきの話だけど、諦めたってどういうこと?」
「まさにさっきのウェルズ先輩さ。あの人が参加したら勝てっこないって、同学年の人たちはほとんど引っ込んじゃったんだと。特に貴族出身の生徒なんかは。なんせ学年首席、五・六年も含めて全校トップクラスって噂だからな、ダントツの優勝候補だよ」
「へえ、そんなすごい人なんだ」
実力は確かということか。
「ぶっちゃけ俺も、別に本気で狙っちゃいないんだよね……さすがに上級生には勝てる気しないもん」
「じゃあなんで?」
「いやー、周りから出ろ出ろってせっつかれちゃってさ。それに成績もほしいんだ。座学のほうが壊滅的だから、俺」
「わかる」
もっともクロのほうは実技だが。
と、
「――みなさん時間です、こちらに集合してください」
控室の真ん中で先ほどの女性が眼鏡をくいくいしている。優雅な紫色の髪をなびかせ、胸元のシャツのボタンを締め直す。
「これより獣鎮めの子選抜祭を始めます。試験の監督官を務めます、帝国教育省のビブー・デビッサと申します。どうぞお見知りおきを」
「ひそひそ(ほんとに教育省主導でやるんだね)」
「ひそひそ(つーかエルミィスでやってくれりゃよかったのにな)」
ギロリ、とクロたちのほうを睨むデビッサ氏。聞こえたのだろうか。
「ご存知のことと思いますが、我々教育省は国内の教育機関を統括する組織です。エルミィス魔法学園は我が国で最も古い歴史を持つ名門校であり、官僚や皇室職員など国の中枢を担う人材を多数輩出しております」
こほん、と間を置くデビッサ。
「先日の……学園側の不手際により、多くの生徒が命の危険に晒されました。幻獣との契約はエルミィスを守護するうえで最優先事項であり、ひいては帝国にとって非常に公益性の高い事案でもあります。以上の理由により、今回の獣鎮めの子選抜祭は学園と教育省の共同計画として開催されるに至った次第です」
要はお役所が主導権を握りたいがための諸々というわけか。
「この廃城はブラホルンの冒険者たちの訓練施設や昇級試験などに使われている仮想ダンジョンであり、柔軟且つ公正に試験を行なうためにこの場をお借りしました。監督官として教職員の方々にも会場内に控えていただいておりますのでご安心を。以上が経緯説明となります、ご納得いただけましたでしょうか?」
さっきよりも高圧なガンを飛ばされ、コクコクとキツツキのようにうなずくしかないクロとゼル。
次回、たぶん来週末になりそうです。しばしお待ちを!




