50. 幻兎ビジャット
(……思った以上に捕まってるな)
ライナーが目を覚ましたとき、そこには大勢の生徒がひとかたまりに集められていた。
矢を撃たれた肩がズキッと痛む。すでに引き抜かれて治療も済んでいるが、雑にポーションをかけただけで傷口は完全にふさがってはいない。
(1班は……僕だけか)
ビジャット組の顔はちらほら見られるが、1班のメンバーの姿はない。
(ローミィさんたち、逃げられたのかな)
早々に気絶させられたのであのあとのことはわからないが、時間的にここにいないということはおそらくまだ捕まっていないということだ。
「――ふざけんな、お前! 聞いてるのか!?」
怒鳴り声がして、にわかにざわりとする。
(あれは……ポクハムくんかな?)
見慣れた金髪マッシュルームのぽっちゃり男子が、クロスボウを持った人攫いに食ってかかっている。
「これ外せよっ! 気持ち悪いんだよっ! お前らなんか父上がぐほっ!」
ドゴッ! と重そうなつま先蹴りがポクハムの言葉を遮る。
「坊っちゃんよお、どんだけ喚こうがお前の声なんざどこにも届かねえよ。お前のお偉いオヤジなんぞ、今頃どこぞの売女としけこんでるぜ」
「おい、顔は殴んなって。そんな豚でも立派な商品だろが」
「くそっ、誰が豚だ!? こんにゃろー!」
「おい、おとなしくしてろ。暴れんなって――」
集められた生徒は三十人以上、一年生の半数だ。
みんな封魔石の手錠をかけられている。こんな状態ではおそらくプロの傭兵だろうこいつらには束になっても敵わない。
「おい、そろそろ時間だぞ……」
「ノルマ分は達成してるだろ……」
「だが副隊長がまだ……」
人攫いたちのひそひそ話が聞こえてくる。ライナーをここに連れてきた褐色のやつもいる。
(副隊長って、確か……)
ライナーたちを襲った白髪の男がそう呼ばれていた。やはりまだ戻ってきていないのか。
(……間に合ったのかな、彼が)
あのとき中座していた1班の切り札――彼が戻ってきて仲間を助けたのでは、と想像するのは虫がよすぎるだろうか。その光景を見たかったな、と思わず苦笑しそうになる。
(さて)
とライナーは気をとり直す。時間もあまりなさそうだ、そろそろ自分がどうすべきかを考えよう。
(グルソンが今回の首謀者なのは間違いない)
〝崇高なる私〟――闇の人身売買組織の工作員が主催する特別授業で集団拉致事件が起こったのだ、無関係のはずがない。
上司が言っていた「グルソンの二人の仲間」というのもスバルとレイニーで間違いないだろう。ここにいるやつらは〝崇高なる私〟の実行部隊か、もしくは業務提携している傭兵といったところか。
(にしても……あの人はなんで……)
三カ月後に面白いことが起こる――ライナーの上司はそう予言していた。まさに今日のことだ。
封魔石の手錠――これはそんじょそこらの錬金術師では百年かかってもつくれる代物ではない。
ある程度の数の量産に成功しているのは――ライナーの属する秘密結社〝夜明けの子〟くらいしかいないはずだ。
となると、上司がこいつらの計画に協力している可能性が高い。グルソンの記憶を消したあとで、改めて正体を明かしてコンタクトをとった――?
だとしたら、部下であるライナーにそれを知らせなかったのはなぜなのか。
(僕も売られた……?)
まさか――と言いきれない程度には、ライナーは組織を信用していない。
と、
「さて、そろそろタイムリミットだな。準備しろ」
隊長らしきハゲの男が言う。
「でも隊長、まだ副隊長たちが……」
「戻ってきてねえやつらはヘマしたってこった。ほっとけ」
「あの人たちは?」
「あー……退職届でも出しに行ってんだろ。あの人たちは化け物だからな、心配無用だ。俺たちは俺たちの仕事をすりゃあいい」
(まずいな)
こいつら、ここを離れるつもりのようだ。学園側の救助を期待したいが、たとえば空間移動系の魔法や魔法道具を使われたら追跡するのは極めて難しくなる。
そういった類のアイテムは封魔石並みに貴重だが、自信満々に学園敷地内に侵入してきたのだ、それくらいの準備はしていてもおかしくはない。
(逃げるか)
人攫いたちは腕こそ立つが、封魔石のせいで油断しきっている。どうにか隙をついて姿を晦ませられないか。
――生徒を囮にするか?
みんなをけしかけて混乱を生じさせれば、それに乗じて逃げられるかもしれない。
――クラスメートを囮に? 自分だけ逃げる?
「……ぐすっ……ぐすっ……」
「……うう……ママ、助けて……」
すすり泣く少女たちから無理やり視線を剥がす。
ただ任務上で同席しただけのやつらだ。こんなやつらどうなろうと関係ない。
――クロフレッドは助けに行ったのに?
(……だからどうした……?)
この期に及んで、そんなことを考える意味があるか。
こんな無駄な思考――こんなところに来るまでは――。
「おい、ガキども!」
隊長が怒鳴る。
「いいか、これから楽しいとこに連れてってやる! おとなしくついてくる利口もんだけ痛い目に遭わずに済むからな、黙って――」
そのとき、
……ゴォ――ン……ゴォ――ン……。
ほんのかすかにだが、鐘の音が聞こえる。城の鐘だ。
「…………あ」
そして、ライナーは見つける。
暗がりにぽつぽつと点る、無数の赤い光――。
「……ん? なんだありゃ――」
人攫いの一人が気づいたとき、
それは彼の目の前に突然現れる。まるで幻のように。
「は――」
――兎だ。
血のように赤い目、灰紫色のあふれんばかりの体毛、ライナーたちと変わらない体高――。
その毛がぶわっと膨らんだかと思うと、弾ける。たんぽぽのような綿毛が撒き散らされる。
「え、え――んむっ!?」
綿毛がパタパタと羽ばたき、もこもこと男に絡みつく。
よく見ればそれは綿毛でなく、蛾だ。
必死に身をよじって抵抗する男から蛾が飛び立ったとき――男の姿はそこに影すら残っていない。
「こ、こいつらっ! いつの間にっ!?」
他の人攫いたちの前にも同じ兎が迫っている。すべて判で押したように同じ姿形をして、同じように蛾へと変じる。
「うわっ!? ちょ――」
「ひぃっ! 助け――」
人攫いたちが次々と蛾の群れに呑まれていく。生徒たちも恐怖に駆られて場は騒然とした混沌に陥る。
「ちぃっ! てめえら、魔物ごときにビビってんじゃねえ!」
隊長が火のついた角材で蛾を焼き払う。赤い火に炙られた蛾はバタバタと地面に落ちる。
しかしそんな抵抗も虚しく、
「くそっ、やめろ! やめ――」
ぶわっと蛾が隊長の腕に巻きつくと、手首から先がボトッと落ちる。血の一滴も漏らすことなく。
「こ、こんな……! ひっ――」
そして恐怖に歪むその顔も羽のカーテンに覆われ、消えていく。人攫いたち一人も残さず跡形もなく、まるで存在自体が夢だったかのように。
ふとライナーは足下を見る。
松明に焼き払われた蛾の焦げた死骸が、死骸が魔素の粒子に還っていく。
(魔物じゃない――幻獣だ)
その瞬間――ライナーはすべてを理解した。
「ひゃあああっ!」
「やめてっ! 食べないでっ!」
人攫いを片づけた兎の蛾が、今度は生徒たちへと矛先を変える。
阿鼻叫喚――しかしすぐに落ち着きをとり戻す生徒もいる。
気づいたのだ――人攫いたちにしたように、危害を加えていないということに。
「……っ!」
ライナーもぶわっと蛾にまとわりつかれたかと思うと、
(……封魔石が……)
手錠がなくなっている。それに肩の傷も、痛みが消えている。
蛾がライナーの目の前に集まり、再びもこもこの兎へと戻る。無言のまま、無垢な瞳でライナーを見つめる。
「……そうか、お前がビジャットか……」
ライナーは自身の胸についたエンブレムに触れる。
エルミィスを守護すると言われる、三種の獣のうちの一体。
ただのお伽話だと思っていたが――。
(……全部、このときのためだったんだ……)
すべてを理解した。
なぜこの学園に生徒として送り込まれたのか。
なぜこの任務を与えられたのが自分だったのか。
上司の彼女がなぜ〝崇高なる私〟を放置していたのか。
彼らの作戦を知りながら自分に共有しなかったのか――。
すべては――この瞬間のためだったのだ。
「……ねえ、触っていいかな?」
『?』
きょとんと首を傾げるビジャットに、ライナーはおそるおそる手を伸ばす。
ふわりとした肌触りの体毛を掻き分け、その眉間にそっと触れる。
骨も肉も魔素でできているとは思えない柔らかさと温もりを指先に感じる。
「――〝幻獣模写魔法〟」
ライナーの真っ白な左目が淡く光る。
てのひらから発せられた魔力がビジャットを包んでいく。
敵意がないせいか、幻兎はされるがまま「くわぁ」とあくびをしただけだった。
決着ッッ
後日談がもうちょっとだけ続きます。




