11. 巣立ち
短かい北部の夏が終わり、間もなく九月。
「――クロフレッドの前途あふれし出立を祝して! ばんざーい!!」
「「「ばんざいーい!!!」」」
「ばんざーい!」
「「「「ばんざいーい!!!」」」」
「…………」
せめて屋敷を出るまででよかったのに。父と母と使用人たちは市街地の大通りに出た馬車を延々と追いかけ、延々とエールを送り続けている。
「ばんざーい!」
「「「「「ばんざいーい!!!」」」」」
しかも道行く街の人たちも次々とそれに参列していく。もはやお祭りのパレード状態だ。
「……すいません、馬をもうちょっと速めるわけには……」
「申し訳ありませんが、街中なのでご勘弁を」
「坊ちゃま、街を出るまでのご辛抱です。彼らも心から坊ちゃまとのお別れを惜しんでいるんです」
「面白がってますよね?」
同乗する護衛兵長はクロと目を合わせようとしない。味方はいないようだ。
(昨日あんだけ派手にお別れ会やったのに)
母は一生分の涙を搾り尽くさんばかりに泣き、父は泣き顔を見られまいと浴びるように酒を飲み、寝るときは何年ぶりに親子三人「川の字」というやつをした。
(そういうもんなのかな、親って)
クロはクロで巣立つ若鳥の心境というか、寂しくてたまらない気持ちはある。荷物をまとめながら涙が滲んだり、昨夜もずっと母の手を握っていた。
(にしても……メイ……)
昨晩から一度も顔を見せていない。あの行列の中にも彼女の姿はない。
魔法学園への入学の意思を告げたのが一月前、その後もメイの訓練は続いたが、今までのようにベタベタしてくるようなことはなくなった。ごく普通の主と使用人のように、淡々と距離をとって接していた。
――あの娘も寂しいのよ。泣いて縋りたい気持ちを必死に押し隠してるんだわ。
そんなことを母が言っていたが、果たしてそうだろうか。むしろ「行くなら私を倒していけ」とか「足を切り落としたらどこにも行けませんよね?」とか言いだすほうが彼女らしくあるが。
ともあれ、最後に改めて父と母のことを頼みたかったのに。
(でもまあ……きっとだいじょぶだよな、メイがいてくれれば)
言動も思想も常にクロの想像の斜め上を行く女だが、その点だけは信頼している。この世の誰よりも。
今生の別れというわけではない。長期休暇には実家に戻るつもりだし、師匠である彼女に大人になった自分を見せられればいい。
「さあ、街を出ますよ」
南門をくぐり抜けたところで、ようやくパレードの追従は止まる。先頭に立つ父は母の肩を抱き、母はしきりに目をハンカチで拭っている。
「……行ってきます! 父上、母上!」
窓から身を乗り出し、クロは全力で腕を振った。
***
馬車で揺られること丸一日、領内有数の経済規模を誇る交易都市ハボリムに到着。
「坊ちゃま、〝旅のゲート〟をお通りになったことは?」と護衛兵長。
「初めてだよ」とクロ。
「そうですか……実は私も初めてなんですよ」
目的地は帝国の中央部、北の果てのツィーガルから馬車で向かうとなると優に半月以上はかかってしまう。というわけで旅のゲートを使うことになる。
ハボリムの市街地に向かう街道から逸れると、その先はちょっとした宿場町のように小ぢんまりと賑わっている。ここが旅の駅か。
「今日はそんなに混んでいないようですね」
「そうなんだ」
それでも往来の両車線とも馬車が連なり、歩道も旅人や商人などが列をつくっている。
間もなく道の先に、大きなアーチ状の建造物が見えてくる。あれが旅のトンネルだ。
「……ほんとだ、ゲートの向こう側」
枠内と枠外とで、後ろの景色がちぐはぐだ。やはり枠の向こう側は別の場所なのか。
クロも詳しくは知らないが、なんでも大昔の魔法全盛の時代の遺物だそうで、対になったゲートが別々の場所をつないでいるとか。いわばワープ装置だ。
「坊ちゃま、お覚悟はよろしいでしょうか……?」
「覚悟って? くぐるだけでしょ?」
「そうですが……怖くはありませんか……?」
護衛兵長は若干顔色が悪い。
「あくまで与太話ですが……ゲートをくぐる瞬間に身体が一瞬で塵となり、向こう側で再構築されるとか……くぐった我々は死んでおり、再構築された我々は同じ記憶を乗せただけのまったく別人だとか……」
「怖いって」
迷信みたいなものか。しかし確かに誰も否定できないな、などと思うと怖い。
そんなこんなで馬車はするすると順調に進み、
「いよいよだ」
そしてゲートをくぐる。少し身構えたクロは、気づけば向こう側の旅の駅にいる。
「…………」
「……なんにもない、よね」
別に痛みもなにもなかったし、御者も馬たちも平然としている。
「……私は私、ですよね……?」
「たぶんね」
座席でずっと縮こまっていた護衛兵長は襟元を正し、
「ね? そんなの迷信ですってやっぱり」
「じゃあ言うなよ最初から」
あるいは自分たち自身気づいていないだけで本当は――などと蒸し返しても自爆するだけなのでやめておく。
旅のゲートは広大な帝国の各地をつなぎ、物流や移動の要ともなっている。マッティンガムにもあればいいのにと思うが、ゲートは発掘された場所から移動させられず、今の魔法科学では複製不可能なのだとか。
「長距離転送系の魔法とか使えたら大儲けじゃない?」
「そういう魔法や道具もないことはないみたいですが、旅のゲートほど長距離を移動できないと聞きますね」
「残念。で、ここは?」
「中央部のフォアードという街です。ここからこのまま馬車で次の街に向かい、もう一度旅のゲートをくぐります。順調ならあと二日ほどで目的地に到着するはずです」
「あと二日かあ……」
それでも遥かにマシだ。馬車で延々移動していたら何週間かかることか。
「お尻も痛くなるでしょうが、がんばりましょう」
「うん、がんばろう」
などと呼応しておきながら、実はクロ、
(悪いね、兵長……僕の尻はずっと守られてるのさ)
ずっと念動力で尻を一センチ浮かしている。尻をダメージから守りつつちょっとした念トレも兼ねられるのだ。
アザラ氏から送られてきた入学書類によると、集合場所は帝都の西に位置する古都ブラホルン。マッティンガムとさほど変わらない大きな街だ。入市したところで馬車を降り、護衛兵長と指定の場所に向かう。
「――『エルミィス魔法学園行き、新入生はこちら』……あれだ」
カボチャの馬車――というのは、子どもの頃の童話の絵本にあったアレだ。
しかし目の前にあるのは――車を曳くカボチャ。そう、牛のようにデカいカボチャに四本脚が生えたナニカだ。
魔物――いや、なんらかの魔法で生み出された生物だろう。でなければあの落書きのような不格好な目と口は不憫すぎる。
「新入生のみなさーん! こちらで手続きしてまーす! まだの人はこちらへー!」
停留所のそばに長机が置かれ、事務員らしき人たちがメガホンで大声を張り上げている。
「ここまででいいよ。ありがとう、行ってくるね」
「ええ、坊ちゃま。どうかお達者で」
クロと同年代の子どもが数十人、このあたりに屯している。みんなクロと同じ学園の新入生、魔法使いの卵なわけだ。
ほとんどみんな手続きを済ませたのか、事務員のところに並んでいる子は数人だ。最後尾に並んで間もなくクロの番になる。
「こんにちは。お願いします」
入学願書を差し出すと、
「はい、こんにちは。えっと……クロフレッド・マッティくん、出身はツィーガル辺境領……へー、辺境領伯のご令息かあ」
中年の事務員はそこに書かれた文言を目で追っていく。魔法学校に貴族の子ども、というのは珍しいものではなく、そしてそういった身分ははとんど意味をなさないという。
「……ん、んん?」
「え?」
「帝都魔法師協会一級魔法鑑定士の認定印……フェフェフェ、フェルディナンド・アザラ様の署名じゃん!?」
「マジ!? あの人五年とか十年に一人しか出さないのにぃ!?」
(そっちには驚くんかい)
アザラ氏はそれほどのビッグネームだったのか。そしてあの筋肉信者ことリンクソン氏もそれほどの有望株だったのか。
ともあれ手続きはすんなり終わり、事務員たちの誘導で数台のカボチャ車に分けて乗せられる。
「はいはーい。学園までは三時間ほどかかるんで、みんなおとなしく座っててね。酔っちゃったら遠慮なく言ってくださーい。では、出発ー!」




