エピローグ 語り継がれる物語と魔王の願い
……。
激戦の末、勇者は魔王を打ち倒しました。
国を救った勇者は、お姫様と結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
◇ ◇ ◇
僕は、書き上げた物語に、魔法の羽ペンで、次々挿し絵を入れていく。
角を生やした恐ろしい魔王。
異形の化け物達。
そんな邪悪なモノたちが勇者に倒されるところ。
表紙には、聖剣を掲げた勇者。
そして裏表紙には、勇者とお姫様の結婚式の絵を描いた。
「まあ、こんなもんかな」
僕は、頼まれて編集していた絵本を閉じて、ニルナ様の元へ向かう。
裏庭につくと、ニルナ様は楽しそうに、花に水をやっていた。水やりが終わると、自然に生えている白い花で冠を編み出した。
「ふ、ふふーん」
裏庭に、ニルナ様の美しい歌声が響く。
金色の髪を風にたなびかせながら。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
まるで絵本の中の魔王にさらわれるお姫様のようだ。
きっとこの光景だけ見て、ニルナ様こそが魔王だと思う者は誰一人いないだろう。
僕は、ニルナ様に声をかけようとして、ふと足元をみると何かが落ちていることに気づいた。
金色に輝く王冠だった。
「ああ、もう」
僕は、無造作に落ちていた王冠を拾い上げる。
僕は、近づいて声をかけた。
「ニルナ様、王冠落ちてますよ」
「ああ、適当にその辺に置いといてください」
花の冠の方が、大事と言わんばかり。
サンヴァーラの王の証だ。
もっと大切にして欲しい。
「そんな雑な扱いなら、僕がもらっちゃいますよ」
自分の頭にのっける。
なかなか似合っているのではないだろうか。
「そんな魔王の証欲しがるの、フィルクぐらいですよ」
「みんないらないんですかね?」
魔王だろうと王は王だろう。
国の主になれるのならなりたいと思うのではないだろうか。
僕が首を傾げていると、ニルナ様が質問してきた。
「フィルクは、世界の半分をあげるから味方になれと言われたらどうしますか?」
「もちろんもらいますよ。政治は得意ですから」
今だって、サンヴァーラの運営は9割以上僕が行っているのだ。世界の半分ぐらいならどうということはない。綺麗に運営してみせる自信はある。
「フィルクらしいです。でも、そんなことでは勇者にはなれそうにないですよ」
ニルナ様の口から勇者という言葉が出てくるなんて意外だった。
「勇者ですか……」
僕は、自分が勇者になった姿を想像してみる。
まるで似合わない。
それ以前に。
「邪竜を飼い慣らし、アンデットを操り、魔法で遠くから敵の軍隊を滅ぼす。そんな奴が勇者名乗ったら怒られますよ」
僕は、正々堂々からもっとも遠い存在だ。
それに、気質は引きこもり。
物語の主人公である勇者に成り得ない。
「ふふふ。そうですね。フィルクは私より、魔王に向いてそうです」
「勇者を撃退するのは、任せてくださいよ」
実際、何人もの勇者を名乗る者達を追い払ってきた。今回のストークムスだってそうだ。
とはいえ、僕は攻めてくるであろう順序を算出し、ソウ様とルーンさんを向かわせただけだ。
文字通り不死身の最強タッグを突破できたストークムス軍は、一つも存在しなかった。
僕にとっては、戦後の処理の方が大変なくらいだ。
「そうそう。勇者といえば、頼まれていた絵本完成しましたよ」
僕は、ニルナ様に絵本を渡す。
僕から受け取ると嬉しそうに、絵本をぎゅっと抱きしめる。
とても大切なもののように。
僕には、それが不思議だった。
「頼まれたこの絵本の中では、魔王が悪者になってますよ。よかったんですか?」
「なに言ってるんですか、魔王は悪者です」
「そんなことは、ないでしょう」
少なくとも、ニルナ様は、サンヴァーラの英雄だ。
「この絵本は、今度遊びにくるストークムスの子供達に読み聞かせしてあげるために作りました。自分の国が侵略戦争仕掛けたなんて伝えるわけにはいきません」
「事実を伝えるべきでは?」
「子供に読み聞かせる物語ですよ。なんだかよくわからない悪者を勇者がとっちめたから、平和が訪れた。それで良いじゃないですか」
いつだって物語は綺麗だ。
悪い奴は、あからさまに悪いし、主人公はわかりやすくいいやつばかり。殺すのは、モンスターとかいう愛着もわかないよくわからない生物。
現実はそんな都合のいいものではない。
それに魔王は……いつだって悪役に仕立て上げられる。
「それでは、ストークムスの歴史では、きっとニルナ様は極悪人として語られますよ」
「それの問題がありますか? 間違っているわけではありませんよ」
ニルナ様がストークムスを滅ぼし、征服した。
それは、間違いないが、それがすべてではない。
僕もできるだけ禍根を残さないように、処理するつもりだ。それでも。
「ニルナ様が嫌われてしまいます」
かすり傷すら負ったところを見たことないが、形のない心の傷ばかり負っている気がして、心配になる。
「世界中みんなに好かれるなんて無理です」
「世界中というか、世界に嫌われるというか」
「フィルクは私のこと嫌いですか?」
「そんな馬鹿な。大好きですよ」
僕の言葉に、ニルナ様は微笑んだ。
「大切な誰かだけに好かれてたら、私は幸せです。それにフィルクは私と一緒に悪役やってくれるでしょう」
ニルナ様が向かう先ならどこにだっていくに決まってる。
「もちろんですよ。僕は、世界一平和主義者な嘘つきですから。それに、つらくなったら僕が代わりに魔王やりますから」
「大丈夫です。私は、魔王ニルナ・サンヴァーラ。全部の悪意は私のモノです」
世の中には正義だけでは、救えない人々がいっぱいいる。
それどころか、正義の名のもとに殺されてしまう人々だっている。
そんな人々の願いから魔王は生まれる。
降りかかる不幸すら祝福し、身に宿す絶望を糧に、悪意でもって悪意を駆逐する。
それが、魔王の使命。
「でも、いつか私のことは忘れられて、魔王がいない綺麗な世界になることを私は、願っています」
魔王の本当の願いは、僕以外に聞かれることなく、青い空に溶けていった。
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ニルナが魔王になる前の話や、他の主人公の物語など、よろしくお願いします!




