伝説のように
姫を殺した魔王は語る。
「さあ、これで姫の勇者であるあなたがこの国の王。あなたのものです。私と共に世界を統べましょう」
世界の半分を与えるから仲間になれと。
魔王が放つ甘言。
勇者を惑わす最大限の言葉。
「そんなわけにはいかないだろう!」
僕は、叫びながら、剣を構えた。
魔王の持つ剣を解除できれば、クロノスソードを発動させて、姫を助けることができる。
方法はただ一つ。
魔王を殺すことだ。
僕の持つ剣と、魔王の剣が激しく交差する。
「ははは、さすが私の認めた勇者! そうでなくては」
僕との戦いになったというのに、魔王は楽しそうに笑う。
そうだ。魔王はいつだって、楽しそうに戦っていた。
「今、貴方の手には、最愛の人の仇を討つという正義があります」
仇……まるで、姫がもう死んでしまったようにいう。
「まだ死んでない。今すぐ、その剣を戻してくれ!」
「そんなわけにはいかないのはわかるでしょう。王たる私のこの胸を焦がすのは、国を守るという正義です!」
正義の反対は、正義。
つまりは、最悪だ。
僕にとってもニルナさんは魔王に成り果てた。
「さあ、この私に、あなたの正義を見せてみなさい」
自分の限界を超えて、剣戟を叩き込む。
僕の剣の魔法効果を防ぐ以外の効果は、ないはずなのに、僕の剣は余裕で防がれる。
「どうしたんですか。急がないと、クロノスソードの有効時間が過ぎてしまいますよ」
剣が交わるたび、火花が散り、その音が城内に轟きわたる。
魔王は、まるで舞踏を楽しむかのように時折、微笑みを浮かべていた。
残虐性の中に、旅の仲間だった頃の表情が見え隠れする。
「僕は、あなたを殺したくは……」
僕は、思わずそんなことを言っていた。
「まだそんな甘いことを言っているんですか? そもそもあなたに私が殺せるほどの実力があるとでも? 殺せると言うのなら早く本気を見せてみなさい」
急に力強く踏み込むと、猛烈な一撃を振るってきた。
まるで爆風が起きたかのような衝撃。
「うっ。くっ」
僕は、城の壁に叩きつけられた。
全身に痺れるような、痛みが走る。
それでも、歯を食いしばって、僕は起き上がる。
もうニルナさん――魔王を殺す道しか残されていない。
勇者が光の者を救い、
魔王が闇の者を救う。
そうして、二人が手を取りあえば、世界の全てが救える。
そのはずだったのに……。
一度は分かりあえたそう思えたのに。
僕らは、
どうして……。
どこで……。
間違えたんだろう。
「僕は、あなたを倒してみせる」
心が、水と油のように分離していく。
勇者と魔王。
古の頃から、相いれないものの同士だった。
歴史は繰り返される。
魔王は周期的に現れ、人の世界を滅ぼさんとすると言われている。
伝説の勇者は幾度となく、魔王を打ち倒したと語られている。
僕は、伝説にならい、自分の魔力を最大限に引き出した。
魔力解放『混沌』
原初の始まりを告げるような魔力が僕から放たれた。
「僕は勇者だ。魔王にだって勝ってみせる」
自分を奮い立たせるため、強気の言葉を口に出す。
「言っておきますが、私の祖先に勇者に負けた記録はありません」
「それでも勝ってみせる」
勝たなければいけない。
大切な人を守るために。
「あなたの想い、それは素晴らしいものです」
魔王はいう。
僕の瞳を見つめて。
「だからと言って、負けるつもりはありませんよ」
僕は、果敢に魔王に向かって、剣を振るう。
剣を切り結べば、結ぶほど、魔王の剣は、洗練されていく。
「どうしてあなたは魔王なんだ!」
お互いが、国のため、愛する者のため戦っている。
僕とほとんど変わらぬ心を持っているというのに、この差はなんだというのか。
「私は敵が身内でした。戦うためには、勇者の心ではダメでした。誰かを救いたいという心を利用されて、国はアンデットまみれになった。戦うためには、魔王になるしかなかった」
ニルナさんは言っていた。
恋人に裏切られて、殺し合いになって、逆に恋人を殺してしまった気持ちならわかると。
僕には、その気持ちが理解できない。
わかったことは一つ。
ニルナさんは、僕にとっての姫のような人を殺したことがあるということ。
なんておぞましい。
「怖いでしょう? 自国民にすら、怖がられる私です」
そして、誰よりも悲しい人だ。
褒め称えられれば、人は進んでいくのは容易い。
なのに、この人は、人から後ろ指を指されても、進んでいける。
ああ、なんて強い人なんだろう。
だけど……。
それでも……。
僕は、戦わなくてはいけない。
覚悟が決まった瞬間、僕の瞳が漆黒に輝いた。
「これで決める」
アンチ魔法は、僕自身にかかる効果までは消せない。ならば……。
僕は、クロノスソードの効果を限界を超えて解き放った。
魔法効果「時空超越の神速」
僕が魔法効果ののった一歩を踏み出そうとしたとき。
聖剣変形「最高神の槍」
魔王が剣を手放した。
僕は、高速で流れる時の流れの中で、闇を貫く一条の光を見た。
「ああ、その程度」
論理を無視して、魔王の武器が僕の胸に突き刺ささっていた。
「つまらないですね」
「な、んで……」
僕の剣は、時の流れの限界すら超えれるはずだったのに。
それすら上回られた。
僕には、何が起きたのかすらわからなかった。
僕は、自分の胸に突き刺さっている武器を見下ろす。
それは、剣ではなく槍だった。
「最強の武器は、王を殺した剣のはずじゃ……」
「あれは、剣で最強というだけです。私自身の最強の形態はグングニル。そして、魔法効果は『必中』ですよ」
魔法効果『必中』
僕の魔法は回避ではなかったから、そこに矛盾はなく、当たったのだろう。
「投げなければ、いけないため、最後の一人にしか使えない武器です」
僕の『時の魔法』による超加速を警戒して、最後まで手の内を明かさなかったのだろう。
しかも、魂が崩れていく感覚まである。
とてもじゃないが、自分自身の時を遡ることすらできそうにない……。
ああ、さすが魔王。
僕の完全敗北だ。
気づけば、僕は、勇者を任命された場所に立っていた。
まるで、僕が勇者だという事実など、はじめからなかったかのように。
「ああ、僕は、勇者になれなかった……」
景色がかすみ、僕の目が見えなくなっていく。
「いいえ。あなたは間違いなく勇者でしたよ。私が間違いなく伝説の勇者として語り継ぎますから」
優しい魔王――ニルナさんの声をききながら、僕の意識は途絶えた。




