魔王襲来
「姫様は、グララ様が、ニルナさんに勝てると思っているんですか」
「グララ兄様は、あなたより強いです」
「それは、そうなんですが……」
確かに、グララ様は僕より強い。
いかに時間を操ろうとも、炎そのものになることができるグララ様を攻撃するすべはない。
「僕ではなくて、ニルナさんです」
多彩な聖剣変形を操るニルナさんのことだ。
僕らに見せていない形態も当然あるだろう。
何より恐ろしいのは、まったく敵から目を離さない瞳だ。
一挙手一投足、さらには魔力の動きすら、観察し自らの力とする。
自ら魔王を名乗るのは伊達ではない。
僕は、窓の外を見る。
とっくに日は暮れている。
こうしている間にも、戦いはすすんでいっているだろう。
「……」
気持ちばかりが焦り、言葉が出てこない。
口を開こうとすると、気持ちが保身に走る。
自らを悪に落としてでも、世界を救う勇気が湧いてこない。
「兄様は必ず勝ちます」
それは、もはや盲信だった。
そうでなければいけないという気持ちが込められていた。
説得するすべが見つからず、僕の心が、折れかけた時。
「ぎゃあああ」
「うわぁああ」
「なんだ」
城内が突然、あわただしくなった。
「何事だ? 確認してこい」
王が近くにいた衛兵たちに命令する。
「はっ!」
衛兵たちが、王の間を飛び出し確認しに行く。
そのまま、騒動にまざるように、いろんな声が聞こえてきた。
「助けてくれ!」
「やめてくれぇ」
「だれかぁ」
ひとしきり阿鼻叫喚が響き渡る。
そして、唐突に静かになった。
心を不安にする静寂。
カツンカツン。
城内に足音が響く。
足音は一つ。
バンッ!
盛大に開いた扉の奥にニルナさんが立っていた。
僕はニルナさんの姿をみて、王と姫の説得は諦めた。
もうそんな次元はとうに過ぎているのが、一目でわかった。
聖剣からは、おびただしい血が滴っていて、全身に血を浴びている。
本来輝くほどの金色の髪が、真っ赤に染まっている。
一人分などではないだろう。
「勇者呼びに来るのが遅いですよ。約束の時刻が過ぎてしまいましたから、待ちきれず殺してしまいました」
おやつの時間を待ちきれず、おやつを食べてしまった子供のように言う。悪びれたところなど一切ない。
「お兄様たちは……」
姫の震えるような声。
なにもかも崩れていくような、絶望が顔に張り付いていた。
「リリサ、申し訳ありません。みな殺してしまいました」
ニルナさんは、僕と姫には、悪かったと思っているようだ。
多分、姫は説得してくれたのだろうと信じている。
まだそれだけが救いだ。
「強かったからこそ、手加減できませんでした」
殺したという事実は、変わらないが、それはニルナさんなりの賛辞だったのだろう。
僕にはわかる。
僕は手加減されていたのだろう。
今生きていることがなによりの証拠だ。
だけど、この場でそう感じているのは、僕だけのようだった。
「お前は、ワシの手で殺してくれる」
王の目は、怒りに燃えていた。
マントを翻すと、腰につけていた剣を引き抜いて見せる。
「ははは、いいですね。そうこなくては! 勇者、リリサそこをどいてください」
僕らから視線をはずすと、初めて会ったときのような極悪な顔に変わっていた。
「さあ、ストークムス王よ。もう言葉をかわすつもりはありません」
王の怒りの炎に注がれ、ニルナさんも怒りを爆発させていた。
「小娘ごときが我にかなうとでも」
もう言葉を交わすつもりがないといっていたように、もうニルナさんには、王の揶揄も届いていないようだった。
ニルナさんは、カッと目を見開くと、魔力を解き放った。
魔力解放『滅びの宴』
世界を滅ぼすような魔力が溢れた。
ニルナさんは、剣を引き抜き、力強く宣言しました。
「私は魔王ニルナ·サンヴァーラ、この国ストークムスを滅ぼす者です!」




