魔王と旅の仲間
悪魔教徒と和解? をした後、姫と子供達と合流した。
「悪魔だってさ」
「すごいね!」
「初めて見た」
子供たちは、角が生えたアーミンや、抱えている大きなぬいぐるみ、悪魔教の人々のローブの不気味さに大興奮。
子供達の誰とでも、すぐ仲良くなる順応力がすごい。
ただし。
どうしてそんなことになったのかと、姫からの無言の視線が痛い。
僕もよく分かっていないのだから、勘弁してほしい。
「ニルナさん。これからどうしますか?」
自分では、方針がよくわからないので、ニルナさんに聞くことにした。
「貴族以外の人々はいますが、町は壊滅していますし、子供を見る余裕はなさそうですね。アーミンに守らせながら、アステーリに避難してもらいましょうか」
「お姉様も一緒にですか?」
「いえ、私はストークムス城に用があります」
その言葉で、アーミンがしょんぼりした。
「そんなお姉様ともうお別れなんて……」
ニルナさんは、悪魔教の人々を指差しながら言います。
「仕方ないでしょう。あなたは彼らの主、彼らを守る義務があります」
「それはそうだけど……」
「アステーリに着いたら、フィルクが待っているはずです。この書簡を見せたらフィルクがなんとかしてくれるはずです」
ニルナさんは、さらさらっとなにかを書いてアーミンに渡す。
書いた時間があまりに短かったので、僕は、気になってニルナさんが書いた親書を覗き見た。
『悪魔を手下にしました。あとは、よろしくお願いします。ニルナ』
ものすごく簡潔。
「えええぇ。フィルクさんは、これで大丈夫なんですか」
悪魔を仲間にするに至った経緯とか、悪魔教の人々とか、助けた子供たちについてとか、何も書かれていない。
「なんか雰囲気で察してくれますよ」
「そんな馬鹿な……」
王様の指示とは思えないほど、雑すぎる。
ニルナさんは、昔を思い出すように言います。
「竜神教のときも、これでなんとかしてくれましたし」
「なんとかってどうなったんですか」
ニルナさんは、指をあごに手を当て考えながら言いました。
「えーと、ドラゴンも召喚してくれましたし、今ではフィルクが竜神教の教祖ですね」
なんとかってレベルじゃない!?
竜神教、乗っ取ってるじゃないか!
ニルナさんの周りには、規格外の人しかいない。
「アーミン、みんなを守ってもらえますか」
「それは大丈夫だけど」
アーミンはしぶしぶ了承します。
「責任重大ですよ。あなたにしか頼めません」
ニルナさんの言葉にアーミンが目をキラキラさせます。
「アタシにしか頼めない……」
「他のストークムス人も傷つけてはいけません。ただ、いざというときは、自分たちの命を優先するのですよ。いいですか?」
「はい! 悪魔アーミンにお任せあれ!」
◇ ◇ ◇
子供たちのために、馬車……ではなく鹿車は、アーミンに渡したため、僕らは城まで歩いていくことになった。
ここから城まで遠いわけではない。
僕らの旅は、始まったばかりだったので、もう城に戻ってしまうのは、正直気が引ける。
僕がため息をついていると、ニルナさんが、姫に声をかけた。
「リリサ、大丈夫ですか? 首傷いたみませんか」
「大丈夫です。ニルナさん。セカルの魔法は、すべてなかったことにしますから」
意外と、姫はニルナさんに落ち着いて、回答してくれた。
少しは慣れてきてくれたようだ。
ただ、今度はニルナさんが、ため息をついた。
「いいですね。私も、自分を守ってくれる勇者が欲しかったなぁ」
「ニルナさんには、フィルクさんがいますよね」
憂鬱そうなニルナさんは、初めて見る。
いつも幸せそうに話してくれる自慢の婚約者がいるだろうに、どうしたのだろうか?
「フィルクは私を守ってはくれませんからね。フィルクが、守ってくれるのは、私の帰る場所です」
「帰る場所?」
「もちろん私の国や城のことです。それに、フィルクと一緒に旅をしたりしたことはありませんから」
それは意外だった。
「普通、好きな人とずっと一緒にいたいものではないんですか?」
僕は、ちらりと姫を見る。
僕が、勇者になりたいと思ったのは、姫の存在も大きかった。
一人だったら、寂しくて前に進めなかったかもしれない。
「フィルクがおかえりなさいって言ってくれるから、私はどこにだって行けるんです」
ニルナさんの答えは、僕とは真逆だった。
そういう付き合い方も、あるのだろう。
やっぱり勇者と魔王は、考え方が違うらしい。
「誰かと旅に出たいとは思わないんですか?」
「そうですね。旅は友達と行きますね」
「馬車の旅ですか?」
「馬車もよかったですが、やっぱり魔導戦車の方が乗り心地よかったですね」
「魔導戦車? そんなのがあるんですか」
「友達が、持っていて自分の国ではよくのりまわしています」
魔王国、なんでもあるな。
「どうして、ストークムスにはそれでこなかったんですか」
「そんなの走った方が速いからに決まってるじゃないですか」
うん? 走った方が速い?
そういえば、ニルナさん自分が馬車を引っ張ろうかとかいってたな。
体力も無尽蔵にあるし、普通の馬車なんか目じゃないくらいの移動速度を出せるんだろう。
うーむ。
会話すればするだけ、常識が壊れていく。
「友達と、旅したころが懐かしいです」
「へぇ。友達はどんな人なんですか」
その友達とやらもきっとすごい人なのだろう。
どんなことができる人なのだろうか。
「なんにもできませんね。一言でいえば無能ですかね」
「えっ? 無能?」
友達を無能呼ばわり?
「どんなパーティー編成で旅していたんですか?」
「パーティー編成?」
「ジョブのことですよ。ほら、前衛、魔法使い、救護とか」
「ジョブ? えーと、私、師匠、無能、ニートですね」
「えっ? 無能? ニート?」
そもそも全部戦闘ジョブじゃない。
無能とニートはそもそも働いてもいない。
「そんな方戦えるんですか?」
「戦いませんよ」
「ん? 戦えないじゃなくて、戦わないですか?」
「じゃあ、お二人で戦闘を?」
「師匠は、苦戦した時だけ戦ってくれます。基本は後ろで見てますね」
「ということは、基本ニルナさん一人が戦うことに」
「そうなりますね」
「うーん?」
「どうしましたか?」
ということは、常に一人で突っ込んでいって戦っていたということか……。
想像以上に頭がおかしい。
婚約者は万能なのに、友達は無能だったり、両極端すぎる。
バランスとか、ないののだろうか……。
「あの頃は、師匠が見張りはしてくれていたので夜はぐっすり眠れました」
「今は、休んだるするときはどうするんですか?」
「剣を握って寝ています。敵が来たら気づきますから」
野生児かな。
規格外すぎて話せば話すほど混乱する。
眠る話をすると、ニルナさんはあくびをしだした。
「そうですね。もう日も暮れて来たので、城に着く前に少し休んでもいいですか」
「はい。だいじょうぶですよ」
よく考えると、ニルナさんは昨日から一睡もしてない。
手ごろな場所を見つけると、ニルナさんは、小さな携帯鍋を用意した。
「なんですかこの鍋?」
「朝ご飯の準備です」
「朝ご飯?」
狩りに行くそぶりはない。
鍋だけおいて、どうやって朝ご飯を準備するつもりなのだろうか?
僕が不思議に思っているうちに、ニルナさんは寝床を整えながら、地面に円を描く。
「私が眠っている間、この円の中に入らないでくださいね。起こすときは、必ず声で起こしてください」
僕らに、そう注意する。
「はい?」
僕はよくわからないまま返事をする。
ニルナさんは、聖剣を抜くと、魔力を注ぐ。
聖剣変形「勝利の剣」
剣に埋め込まれたエンブレムが赫赫と光り輝き、燃えるような剣に変形した。ニルナさんが一番使っている形状だ。その剣を抱えるようにしながら、木にもたれかかり目を閉じる。
かくんと首が、垂れると「くー」と寝息を立て始めた。
瞬時に熟睡していた。
「早い!」
どれだけ寝つきがいいんだろう。
全然寝ずに動き続けていたので、ニルナさんなりには疲れていたのかもしれない。
眠っている姿は、穏やかそのもので、ニルナさんが魔王だとは、信じられないほどだ。
ニルナさんが寝入ったのを確認すると、姫が息をついた。
やっぱり、魔王の近くというのは、気が休まらなかったらしい。
「セカル、今後の話ですが……」
姫が僕に話しかけて来たところで、草むらからウサギが一匹飛び出してきた。
寝ていて気配がないからか、ウサギがニルナさんに近づいていく。
「ニルナさん。ウサギが……」
ウサギがニルナさんの目の前を横切ろうとしたところで。
シャキーン。
なにかがきらめいた。
ウサギの首に赤い線が入ると、パンと音を立てて、きれいに胴体が鍋の中に収まる。
首だけは勢いが止まらずコロコロと姫のそばに転がっていった。
「いやあああああああああ」
姫が悲鳴をあげ、僕に抱きついてきた。
自分の首が斬られたことを思い出したのか、自分の首がつながっていることをしきりに確認していた。
僕は、ガタガタと震えながら、涙を流す姫の髪を撫で落ち着かせた。
ウサギが、血だまりの中、死んだことにも気づいていたいような、顔をして僕を見ていた。
悪夢みたいだ……。
目の前に、いきなり繰り広げられた凄惨な光景。
ニルナさんを確認すると、かわらずスヤスヤ寝ていた。
朝ご飯の準備と言っていた意味がようやくわかった。
朝になればウサギの血抜きが済みきっと食べ頃になっている。
鍋を火にかければ、ウサギ鍋の完成ということだろう。
そうだ。ニルナさんが変形させた剣の魔法効果は『自動迎撃』だったはずだ。
つまり、ニルナさんは眠っていても戦えるということだろう。
それに、本気で殺気を感じれば、すぐに目を覚ますに違いない。
ニルナさんは、寝ていてもやっぱり魔王だった。




