悪魔教の人々
悪魔は、僕らの前でくるりとまわるとお辞儀をして見せた。
「では、お姉様、勇者。あらためまして人形の悪魔アーミン・ドールをよろしくお願いします」
「わかりました。アーミンですね。よい名前です」
「呼び出した人間たちが、つけてくれた名前です」
「呼び出した? 生贄を使って?」
「悪魔を召喚するのに必要なのは、生贄でなく、触媒」
「触媒?」
僕がきくと、悪魔――アーミンは、仕方なしに答えてくれる。
「あたしなら人形。他の悪魔なら、鏡を使うような奴もいたわ。異界を繋ぐのではなく、通り抜けるだけだから、こちらで実体を維持するためには、人間の魂が必要だけど、後払いでいい」
「冥界や、竜界とは仕組みが違うんですね」
「はい! お姉様」
ニルナさんに対する態度と僕じゃ全然違う。
「フィルクに教えてあげると、喜びそうですね」
「フィルクって誰ですか?」
「私の未来の旦那様ですよ」
「そこの勇者ですか?」
「そんなわけないんですよ。フィルクはもっと強く賢いです」
「そうよね」
ニルナさん、辛辣なんですが……。
婚約者はどのくらい強いんだろう。
「婚約者のフィルクさんも、僕の魔法防げるんですか?」
「フィルクは、遠距離魔法の使い手ですからね。あなたのように、魔力量が多く感知されやすいのに、アンチ魔法も使えない人間は遠くから撃たれて終わりだと思いますよ。そもそもフィルクは、戦うの嫌いですからね。まともに相手もしてもらえないのでは?」
さすがニルナさんの婚約者。
ニルナさんと婚約するだけあって、とんでもないな。
いつかストークムスとサンヴァーラが和平を結べたら、いろんな話をきいてみたいものだ。
◇ ◇ ◇
僕らは、邪神教の人々から、話を聞くことにした。
「僕は、勇者セカル。あなた達は、どうしてこんなことをしたんだ?」
僕はロープで捕らえたまま彼らに事情を聴く。
「勇者め!」
「どうせ、勇者は人を助けるんだろう」
まともな返事が来ることはなく、冷ややかな言葉ばかりが返ってくる。
それでも、僕は諦めずに、交流を試みることにした。
「それのなにがいけないんだ?」
「誰かを助ければ、その陰で他の人が傷つくことをわかってない偽善者め、どうせ我々のようなものは、処刑されるんだろ」
「それは……」
「我らの崇める悪魔様だって、討伐しやがって」
「あたしは無事だよ」
ひょっこり悪魔が、ニルナさんの影から出てきた。
「悪魔様!」
「よかった。無事だったんですね」
「でも、どうしてそんな奴らと? どうして!?」
アーミンは、みんなに向かって宣言した。
「あたしは勇者のパーティーに加入したんだ」
「悪魔様が勇者のパーティーに!?」
「な、なぜ?」
なぜなんだろう?
僕が一番知りたいんだけど……。
「でも……せっかく悪魔様の力で、我らに圧政をして私腹をこやしつづける貴族どもも助けるんだろう」
「せっかく復讐の機会だったのに」
「せっかく人形にしたのに……」
「さすがにそれは、そうですよ。それで人形というのはどこに?」
僕が、アーミンをみると、アーミンは目を逸らしました。
ニルナさんも目をそらしています。
「ニルナさん、人形は?」
アーミンは僕の質問に答えてくれなさそうだったので、ニルナさんに質問しました。
「戦ってるうちに消し炭になってしまいました。この子がなにも説明してくれなかったので」
「は、はい。なにもつたえませんでしたわです」
どんな語尾だよ。
大海原を休みなく泳ぐ回遊魚並みに目が泳いでいる。
絶対、今、口裏合わせただろう。
「でも、復讐達成したのは、結果オーライです。復讐はスッキリしますからね」
「えっ。スッキリ???」
「我らのことを肯定された?」
「偽善……はどこに?」
ニルナさんの発言に、邪神教徒の方が動揺しだした。
「終わったことは仕方ない。これからはみんな仲良く過ごすしか……」
僕は、無理やりいい方向に話を進めることに。
そういうと、邪神教徒の女の人が僕を睨みつけながらいった。
「そんなことできるわけない……。結婚したばかりの夫を戦争に取られた私の気持ちがあなた達に分かるの?」
僕は言葉に詰まる。
慰めの言葉を持ち合わせていなかった。
僕の代わりに、ニルナさんが申し訳なさそうに言います。
「それは、わかりません。恋人に裏切られて、殺し合いになって、逆に恋人を殺してしまった気持ちならわかるのですが……」
「えっ?」
「求婚されながら、剣で襲いかけられた場合の気持ちも分かります」
「ええっ!?」
「ちょ……そ、それニルナさんの話ですか?」
「もちろん。実体験ですよ」
どんな状況なんだ。
「ちなみに、婚約者のフィルクさんは違う人ですよね?」
「もちろんです」
「よかった。婚約者は一途な人なんですね」
「一途? 自分の元婚約者を振ってきてくれたことを一途というならそうかもしれません」
「んんん?」
ニルナさんの周りに、碌な男がいない。
「あと、夫ではありませんが家族を失った悲しみなら、わかります」
「誰を失ったんですか?」
「全員ですね」
「全員?」
「両親、お兄様、あと親戚、全員ですね」
そういえば、サンヴァーラの王族貴族は、魔王以外すべてアンデットパニックで滅んだって噂が……。
「夫を亡くした悲しみに比べれば、私なんてたいしたことありません」
自分より、壮絶な人生を歩んできたニルナさんにそういわれて、邪神教徒の女の人は、涙を流し始めた。
「……いえ、わたしは、自分のことばかり考えて……ですがいまさら元には戻れません。この国に居場所は……」
確かに、邪神教と、しかも貴族に危害を加えたとなれば、処刑は間違いない。
死を回避するためには、国外に逃亡するよりほかない。
ニルナさんは、女性に歩み寄って、手を取りました。
「安心してください。この国に居場所がないのならサンヴァーラが受け入れます」
「あなたに一体どんな権限が?」
「もちろん全権があります」
「それはどういう意味で?」
「はい! 私は、魔王ニルナ・サンヴァーラ。サンヴァーラの王だからに決まっています!」
邪神教徒達にどよめきがはしった。
「我らは、魔王国に迎えていただけると?」
「もちろんです。すでにアーミンは私の手下です。アーミンを崇拝するあなた方は、すでにサンヴァ―ラ国民ということです」
邪神教徒たちは、涙を流して、喜ぶ。
「我らの復讐を遂げてもらうどころか、国に受け入れてもらえるなんて」
「ありがとうございます」
「ああ、こんな日が来るなんて」
ニルナさんは、賛辞を受けて、満足そうに頷く。
「さすが私、これでスピード解決ですね」
それから、ニルナさんは、慈愛に満ちた表情で、邪神教徒たちに一人一人声をかけていく。
寄り添うように。
悪意を吸い取っていくよう。
邪神教徒たちが、元の穏やかな心を取り戻していくようだ。
きっと、僕ではできなかった。
これが魔王。
「ああ、そうか。ニルナさんは、こうやってどんな人でも受け入れていくのか」
ニルナさんは、
理由すら聞かれることなく処刑されていく悪人たちの、
最後の希望だ。
他の国での悪人とされる者達が住まう優しい国。
きっとそこが、魔王国サンヴァーラなのだろう。




