邪神教
見えてきた町は、昼間だというのに、影を落としたように陰鬱な空気に支配されていた。
僕は、肌がひりつくほどの、不穏な空気を感じ、ニルナさんに声をかける。
「馬車を止めてください」
「どうしましたか?」
ニルナさんは、何も感じないのだろうか。
姫をみると、怯えたように震えている。
僕だけの勘違いではないようだ。
「姫は、子供達をお願いします」
「はい」
姫は、近くにいる小さな子供を抱きしめながら頷いた。
「ニルナさんは、僕と一緒に」
「承知しました」
姫を置いていくことに少し抵抗があったが、姫の使う魔法『月読命』は広範囲の魔法の効果を消すことができる。
副次効果として、魔力を感知しにくくするので、隠遁に向いている。
子供たちを連れて行くよりはいいという判断だった。
「急ぎましょう」
胸騒ぎを覚えながら、町にすすむと、黒いフードを被った連中が町の中央を占拠していた。
彼らは、禍々しい炎を囲み、不気味な歌を歌っていた。
黒いローブは、風になびきながら炎に照らされて、不気味なシルエットを描き出していた。
「あれは……」
特徴的な姿は、噂で聞いたことがある邪神教の特徴と一致している。
その宗教は……。
「悪魔教の連中だ」
ニルナさんは、興味深そうに頷いた。
「へぇー、こちらの国の宗教ですか?」
ニルナさんの、のんきな声に、僕はこけそうになる。
なんでそんな質問が飛んでくるんだろう。
「違うに決まってるじゃないですか。あいつらは自分の願いを叶えるため、人を生贄にして悪魔を呼び出す連中です」
「なるほど、私の国の竜神教に似てますね」
「ああ、竜神教って、ドラゴンを呼び出す宗教ですよね」
悪魔教と並ぶ邪神教の一つだ。
討伐しつくしたドラゴンを召喚しようとしている宗教。
三大邪神教の一つだ。
確かに似ているかもしれない。
「よく知ってますね。フィルクにドラゴン呼び出してもらったんですよ。緑色で小さくて可愛いんですよ!あとは最近、大きな黒いドラゴンも召喚しました。強くてかっこいいんです!」
ニルナさんは、熱を込めて、竜神教について語った。
うん? 呼び出してもらった? 召喚した?
「ちょ、ちょっと待ってください」
まるで竜神教を運営しているような口振りだ。
「竜神教って邪神教ですよね」
「うん? 邪神教? 違いますよ。私の国の国教です!」
竜神教が、国教!?
いや待て、先入観があったのかもしれない。
「ドラゴン召喚には、生贄がいるというのは嘘ですか?」
「いりますね」
「……いるんですか。生贄はどうしてるんですか?」
「もちろん生贄には、他国の間者を使いますよ。当たり前じゃないですか」
この人さも当然といわんばかりに生贄を肯定したぞ!?
ニルナさんのことが、ようやくわかってきた。
この人、サンヴァ―ラ国民にはとことん優しいが、自国に仇なす者にはとことん容赦ない。
国を治める王――魔王なのだから当然なのかもしれないけど。
「邪神教か……」
邪神教、神界以外の世界との繋がりを持とうとする宗教。
異界。
この世界には、隣接する世界が存在していると言われている。
竜界。
悪魔界
冥界。
他にもあるかもしれないが、有名なのはこのあたりだろう。
異界の扉を開くためには、高度な魔法と生贄が必要だと言われている。
王の任命ではなく、魔王討伐の実績で勇者になろうとしていた知人が何人かいた。
実力は、正直伴っていなかったと思う。
だけど、彼らの末路を思うとやるせない。
「竜神教のことサンヴァ―ラ国民はどうおもってるんですか?」
「はい。アンデットパニック以降は、遺体は焼いて粉末にするように定めてしまいましたから、葬式を盛大にあげてもらえるので、皆さん喜んでいますよ」
サンヴァーラ国民の感性はどうなっているんだろう。
国民は、生贄にはしていないだろうから、単に葬儀をしてくれるところぐらいの認識なのかもしれない。
「それより、悪魔教はどうしますか? 交流しますか?」
「なんでですか。交流なんてするわけないでしょう」
なんで、そんな選択肢があるんだ。
「見てくださいよ。町の人々が生贄にされてるんですよ」
奥には、ロープで縛られ口に猿ぐつわをかまされた人々も見える。
「町の人々はすすんで生贄になっているわけではないのですね?」
そんな可能性を考慮しているのか。
「そんな人いるわけないでしょう」
「そうですかね? でも、懐かしいですね。竜神教に巡りあった時も、アステーリの人々を生贄にしようとしていました」
「そんなことをしようとしていた神父はどうしたんですか?」
「国の神父に採用しました」
「なんでだ……」
「いやー結局、神父には、王都に火を放たれました。失敗しましたね」
「それはそうでしょう」
「いい人だと思ったんですよね」
「いいわけないでしょう」
さすが魔王。
邪神教の神父をいい人かもしれないと採用するなんて、感性がぶっ飛んでる。
「ですが今回は、他国のことなので、私がむやみに手を出すわけにはいきません。方針はお任せします」
「そうなりますか……」
確かにニルナさんはむちゃくちゃではあるが、一理あるのは確かだ。
悪魔教の人々だって、ストークムス人には変わりない。
僕は勝手に善悪の判断を下し殺すわけにはいかないだろう。
盗賊団の二の舞を踏まないために、捕らえるだけにしておきたい。
ただ一つだけ、おかしな気配がある。
「ニルナさん、どうやら悪魔がすでに召喚されているようです」
僕は、邪神教の集団から少し離れた簡易の玉座のようになった場所にいる派手な人物を指差した。
青髪から人間の物とは思えない角が生えている。
それに、魔力ではない別のエネルギーを感じる。
多分あれは、悪魔だろう。
「わかりました。では、あの悪魔は私が相手しますよ」
「いいんですか」
悪魔は、魔法耐性が異常に高く、並みの攻撃では死なないという噂だ。
僕の魔法は、あまり相性が良くない。
僕はアンチ魔法が使えないので、未知の魔術に対抗できるかわからない。
相手してもらえるのなら助かる。
「悪魔は、ストークムス国民には、カウントされませんよね?」
言外に、悪魔ならどんな目に合わせてもいいよねって言ってる気がする。
僕は、最悪撤退も考慮しているのに、ニルナさんには、はなからそんなこと頭になさそうだ。
「無理しないでくださいね」
「わかりました」
ニルナさんは、剣を構えると、散歩でも行くように悪魔に向かっていった。




