魔王と勇者の物語
勇者はどこまで行っても、勇者。
人を守ると口にしながら、やっていることは自分に……自分たちにとって気に喰わない者を倒しているだけにすぎないのです。
「まあ、それは私もおなじですがね」
今なら、ちゃんとわかります。
誰よりも、国民を愛する者こそが、魔王。
「許さないのは、私」
だれよりも傲慢で邪悪な女王それが私。
魔王ニルナ・サンヴァーラです。
聖剣変形「炎の巨人の大剣」
世界を滅ぼさんとする炎が聖剣に発現しました。
炎が、勇者に当たる直前、私の炎が、霧散していきます。
「ん?」
気づきませんでしたが、勇者の奥に、人がいました。
黒髪ショートの儚げで影の薄い女です。
「誰ですか? あなた」
まるで気づきませんでした。
先端に透き通るような美しい水晶玉が取り付けられ木の棒を持った女がいました。
シャンシャンとそれを振るたびに、魔法を封じる波動が展開される。
「勇者、今のうちに!」
「わかった」
なんとも心温まるやりとりです。
腹立たしい。
「それにしても、アンチ魔法ですか」
ストークムス特有の広範囲型アンチ魔法。
特に放出型の属性魔法に効果があります。
ですが、対応は簡単です。
術者を殺してしまえばいい。
「あなたから死になさい!」
勇者を避けて、回り込むように壁を蹴り、一瞬で肉迫します。
「えっ?」
女が、突然間合いに入られ呆けた顔をします。
そのまま躊躇うことなく剣を振り抜き、一閃。
あっさりと、女の首と胴体が分離して飛んでいきます。
「姫様!」
勇者が叫びました。
解き放っていた魔力を剣に注いでいくのが、見て取れます。
「もう、勝負ありですよ」
あとはスルトソードの怒りの炎で、焼き殺すだけです。
聖剣変形「時の神」
見たことのない、先端に三角の鏃のような物がついた剣になりました。
「いまさら、その剣にどんな効果があろうと……」
カーン。
鐘の鳴るような音が響き渡ります。
殺した女のまわりの空間が歪んだように霞むと、飛んでいったはずの女の首が元に戻ってきて再びくっつきました。
「なっ?」
あまりに現実離れした魔法に度肝を抜かれます。
「姫様大丈夫ですか」
勇者が青ざめた顔をしながら、女を守るように立ちます。
「は、はい」
私の手に残る手応えと、勇者と女の表情を見るに、攻撃が当たったのは、間違いありません。
「回復魔法? いえ、変ですね」
そんな都合のいい魔法が使える者など、そうそういません。
それに、治ったとかそんな次元ではありませんでした。
確実に女は、死にました。
即死だったはずです。
まるで全てがなかったことにされた。
何もかも戻った、そんな感覚。
「おもしろい魔法を使いますね」
魔法がどういったものなのか掴まなければ、女を殺しても、また元に戻るだけでしょう。
「ならば勇者、あなたから倒しましょう」
優先順位が、変わるだけのこと。
私は、勇者に剣を向けました。
私は、炎が発現しなくなり元に戻ってた聖剣に再び魔力を注ぎます。
聖剣変形「勝利の剣」
赫赫と光り輝く両刃の剣へと姿をかえます。
私は、踏み込むと勇者に向かって剣を振るいました。
カーン。
また鐘の鳴るような音が、鳴り響きます。
(なにがおきて!?)
声すら出ません。
意識だけを残して、世界が停止します。
野性的な本能と今までの戦闘経験から、相手の魔法の性質を理解しました。
(これは……時間停止!)
全てが固定された世界で、勇者だけが、動き続けています。
(負けません!)
私は、極限まで、魔力を聖剣に流し込みました。
ガガガガガ。
フレイソードが、止まった時の中、壊れたように動き始めました。
ガガガガガガガガガガガガガッ!
さらに振動し続けます。
魔法効果『自動迎撃』
勇者の剣から放たれる、『時の流れを止める』という魔法効果と私の聖剣の『すべての攻撃を迎撃する』という魔法効果が激しくせめぎ合います。
ガキーン。
ガラスの砕けるような感覚と共に、勇者の剣を私の剣が受け止めていました。
「なっ」
まさか自分の魔法が、破られるとは思っていなかったのか、勇者が驚いた顔をします。
カーン。
勇者が剣に注いだ魔力が切れ、魔法効果が切れます。
体の感覚が戻ってきました。
「ははは、まさか時の流れを操る聖剣があったとは」
私は、久しぶりの強敵の感覚に笑い声をあげていました。
「もう終わりですか?」
私は、勇者を挑発するように言いました。
「もう一度だ」
カーン。
私は、勇者の魔法が発動するタイミングで、自分の魔力を放ちます。
『ラグナロクパリィ』
滅びの力を持った魔力が勇者の魔法効果を断ち切ります。
ガキーン。
今度は、余裕を持って、勇者の剣を受けました。
「なんだと、なぜ発動しない」
「ははは、アンチ魔法ですよ。そこの女も使っているでしょう。属性魔法と違って見えないのは厄介ですが、慣れればなんてことはありません」
「慣れただと!? たった一度見ただけで」
勇者が、憎々し気に歯噛みします。
「ならば」
勇者が魔力の注ぎ方を変えてきました。
「なるほど、そう言った使い方もあるのですね」
魔法効果『倍速』
特性が分かれば、魔力がどのように動いているかで、なんとなくどんな効果が働いているかわかります。
勇者は自分自身の時の流れを加速させていました。
ガーン!
勇者の剣を普通に受け止めました。
「ですが、鍛錬が足らないのでは?」
私は、勇者を馬鹿にしたように言います。
『倍速』程度なんの魔法もなしに、受けきれるからです。
「まだだ」
魔法効果『3倍速』
勇者がさらに速度を上げてきます。
「では、こちらも」
私は、ようやく魔力を注ぎ込みます。
聖剣変形「運命の剣」
私も聖剣も、変形させて、勇者の剣を受け止めます。
「ああ、遅い。その程度ですか」
私は勇者と同速で動きます。
「それで、ようやく私と互角ですよ」
剣と剣が交わり続けます。
まるで舞踏会のように。
久しぶりにダンスをする相手を見つけた高揚感にクラクラします。
「あははは、楽しいですね」
こんなに剣の相手をしてもらえるのは、ひさしぶりです。
「まだだ」
魔法効果『5倍速』
さらに勇者が、速度を上げようとします。
「ははは、いいんですか。そんなに私に技を見せて」
勇者を観察し続けて、いると心が魔法の形を覚えていきます。
こんなに聖剣が、変形したがって入るのは、ひさしぶりです。
振り切った感覚が、限界を超えます。
「覚えましたよ」
私は、聖剣に魔力を注ぎ込みました。
聖剣変形「時の女神」
私の聖剣が、新たな形状を手に入れていました。
勇者と同じような、時計の針のような剣へと姿を変えていました。
見よう見まねで、勇者と同じ魔法を発動させます。
魔法効果『倍速』
体が、いつも以上に飛ぶように動きます。
まさに時が一瞬で流れるようです。
キーン。
交わった剣が、勇者の剣を吹き飛ばしました。
「な、んで、魔法効果は、僕の方が上だったはずなのに……さっきまでのが高速形態だったんじゃ……」
剣を失った勇者が茫然とつぶやきます。
「ああ、ウィ―ザルソードのことですか? あれの魔法効果は、『軽量化』ですよ。思い込みって怖いですよね。私があの剣で早く動けるのは軽くなったから。自力で速く動いているだけです」
そもそも勇者の三倍速を素のスピードで対応できていました。
その倍速となれば……5倍程度で、対応できるはずがありません。
楽しい戦闘の時間は終わり、次はお待ちかねの処刑タイムです。
「あーはっはっは。嫌いな勇者は、殲滅です。覚悟はいいですか」
「勇者……」
女の顔にも絶望が張り付いています。
「ああ、あなたは、ちゃんと勇者の後を追わせてあげますから」
「ひっ」
女は私の恐怖にあてられて、その場にへたり込んでいました。
逃げたら、地の果てまでも追いかけていくつもりなので、動かないでいてくれるのは手間が省けていい。
私は、勇者に向き直ります。
「僕の負けだ」
「私に勝とうなんて、百年早いんですよ!」
私は、勇者の首を落とす為、剣を持つ手に力を入れました。
「教えてくれ魔王」
私は、振り下ろす剣をピタリと止めました。
「いいですよ。ここまで健闘した褒美に、教えてあげます」
冥土の土産といったやつです。
私は気分よく勇者の言葉を待ちました。
「どうして、ストークムスを襲ったんだ?」
想像していない質問でした。
「はっ? 襲ってきたのは、そちらでしょう」
魔王城に、他の勇者が攻めて来ました。
今、フィルク達が国で、ストークムス軍を迎撃しています。
言い逃れにしては、酷すぎます。
「そんなわけない。王は、サンヴァ―ラが襲ってきたから反撃に出たと言っていた」
「それ、本気で言っていますか」
「もちろんだ」
嘘をついているような気配はありません。
目の前の勇者と戦ったのはこれが初めて。
その言葉が本当であれば、まだ一度目です。
私は、自分の信条の元、剣を納刀しました。
「なにを……」
「あなたに、話し合いをする気はありますか」
「もちろんだ」
「ならば聞いてください。サンヴァーラは、今軍隊を所持すらしていません」
「軍を所持すらしていない?」
「そもそも私たちの国は、ついこの間起きた通称アンデットパニックで、国土が疲弊しており、復興のさなか。とてもじゃありませんがよそと戦争している余力はありません。なのにそんな弱った私の国を、ストークムスを含めた他の国が攻めてきました。むしろ、なんとか対応しているんですよ」
「どうやって、それを証明するんだ」
「ここに私がいる。それ自体が答えです。攻め入っている国の主が、最前線に出て敵と戦う。そんな者がいますか」
「それは……」
「あなたの国の王はどこにいますか」
「城に……」
「他国が攻めてきているというのに、戦場に赴くこともなく?」
「あっ……」
ようやく勇者は誰が嘘をついているか理解したようです。
「勇者わかりますか? 和平とは、双方に平和を願う心がなければ成り立ちません」
「僕は平和を願って」
「平和を願うものに力もいります」
「僕だって、勇者になれるぐらいには」
「政治力すらなく、魔王一人倒せない、弱いあなた一人程度の願いではダメだということです」
勇者は黙りました。
今、未熟さが身に染みたのでしょう。
「私は信じています」
「なにを?」
「あなたの国は王政です。王一人殺せば戦いは終わるって。今アステーリはサンヴァ―ラの属国なので、私の仲間にはアステーリの国境で戦うように言っています。私は、王を殺すつもりできました。王は私の話を聞かないでしょう。私もいまさら自分で話し合いする気はありません」
「どうすれば……」
「だから、あなたが説得してください。私も攻撃されない限り、反撃しないと誓います」
「僕が、王を説得……」
受け身で生きてきたもの。
正義という名の甘言。
信じてしまえば幸せです。
ですが、作り替えなければ。
一度、滅びなければ、真の平和は訪れません。
とはいえ、まずは小さな一歩から。
「まずは、私とあなたがお友達になりましょう」
「僕は、勇者で、あなたは魔王」
「称号にたいした意味はないんですよ。私が魔王を名乗っているのは、祖先も魔王と名乗っていたから、それだけです。あなたはどうして勇者と名乗っているんですか?」
「僕は、世界の平和を夢見て」
「私も同じですよ。私が勇者を名乗り、あなたの国の王を魔王と見立てて戦えば、私にとっての勇者の物語になる」
結局は鏡合わせ。
物語の裏と表にすぎない。
二人の想いが同じなら。
勇者と魔王が共に幸せを夢見る。
きっと、そんな物語があってもいい。
私は、声を大にして提案しました。
「共に平和な世界を目指しましょう!」
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続きも頑張って書きますので、
よろしくお願いします!




