魔王の涙
世界に魔王が現れた。
魔王は周期的に現れ、人の世界を滅ぼさんとすると言われている。
そんな魔王を倒すのが、勇者である僕の使命だ。
きっと、いつか倒してみせる。
そんな気持ちを胸に、僕は旅に出た。
「よくも私の国民を殺しましたね」
明らかに身なりが、普通の盗賊とは違う。
僕にとっては、ほとんど旅の序盤。
初めての、大仕事をこなしたばかりだというのに。
彼女ははっきりと『私の国民』といった。
「誰だ?」
僕はそんなわけないと思いながら、彼女に問う。
女は怒りに満ちた顔をして、憎しみのこもった声で言った。
「私は、魔王ニルナ・サンヴァーラ。あなたを殺す者です!」
刹那。
女は、力強く踏み込むと、僕に剣を振るってきた。
女のものとは、思えない力。
魔力を使っていないのにこの威力。
明らかに只者ではない。
「まさか……本当に魔王!? どうしてこんなところに」
僕らが、距離をとると、僕らには目もくれず、死んだばかりの盗賊団の頭領を抱き起こす。
「ああ、また間に合わなかった」
魔王の目から一粒の涙がこぼれた。
悲しみが渦を巻き、大きな流れ――魔力となっていく。
「よくも……よくも……」
ふらつく足取り。なのに隙はなく、僕を見つめる。
「許さない。許さない。許さない。許さない」
うわ言のように怨嗟の声を漏らし続けている。
「彼らは、盗み、町を壊し、人身売買……をしようとしていたんだぞ」
魔王は僕の言葉に、怨嗟の声を止めた。
「彼らには、そうしなければいけない理由があった。なのにあなたは殺してしまった」
まるですべての原因が僕にあるような言い方。
「僕らは彼らが襲った町を見て来たんだぞ」
魔王は、僕の言葉を否定はせずに、怒りのこもった目で見つめる。
「少なくとも、平和だった頃のサンヴァーラでそんなことをする人間はいませんでした。なにかが彼らを変え、そんな行為をするように貶めたと思うんですか?」
「どういうことだ。彼らの不幸が、ストークムスの所為だっていいたいのか」
「そうです。その通りです」
「彼らは人を殺したんだぞ」
「殺したのは、あなたも同じでしょう」
「な……にを」
「自分も同じ人殺しなのに、自分のことを棚にあげ、正義を語る。お前のような勇者が私はなにより嫌いです」
「お前だって人殺しだろう」
「ええ、そうですよ。私だって、命を狙われたり嫌いな人間に貞操を奪われるぐらいなら、そいつを殺します。だけど、私はそれが悪いことだと分かってやっています。だから、私は、魔王を名乗っている。だけど、あなたはどうなんですか。自分は悪い奴だと思いながら、その剣を振るっているのですか」
僕が悪いやつ?
なんだそれは?
僕はいつだって、みんなのために、悪い奴をやっつけてきた。
だから、認められた。
勇者に。
「僕は勇者だ。僕は、みんなのことを思ってやっている。僕が悪い奴のわけがないだろう」
「私にとっては、私の国民を殺す者こそが、極悪人です」
「彼らが善であるとでもいうのか」
「サンヴァーラ国民にとって、私こそが法であり秩序。その私が無罪といえば無罪なのです」
「こんな悪党どもを無罪というのか」
「当たり前です! だって私は魔王。悪党の親玉ですよ。サンヴァーラの国民の話は私が聞きます。そして、判断します。なにが悪であったかを。もし悪であったとしても、反省すればいいのです。あなたが勝手に判断することではないのです」
「なんだそれは」
自己中心にもほどがある。
僕には人を殺すなと言い、自分は人を殺すという。
論理も無茶苦茶なら、やってることも無茶苦茶だ。
「お前みたいな、悪党はたおしてやる」
「ええ、ええ、望むところです。私だって、あなたのような、表面の行いだけを見て、悪だと決めつけるような人間は大っ嫌いですからね」
お互い理解などできるはずもなく。
「人の世を乱す魔王め、僕が許さない」
「どちらが乱していると思うんですか……。いいでしょう。話など、初めから通じると思っていません」
僕は、勇者で、彼女は魔王。
初めから戦う道しか残されていない。
お互いの魔力が、思いを超えて、極限まで高まっていく。
魔力解放『混沌』
原初の始まりを告げるような魔力が僕から放たれた。
「なるほど。始まりの魔力ですか。いいでしょう。ならば、この魔力でどうですか」
魔力開放『混沌創生』
全てが滅び去りし終わりを告げるような魔力が魔王から放たれる。
魔王は赤と青をない交ぜにした紫の瞳を異様に輝かせながら言う。
「嫌いな勇者は殲滅です!」




