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平手打ち
頭は何を思ったのか、次郎を岸壁に押し付け、殴りつけた。腹、胸と。そして顔は平手で叩く。
危険な現場を生業とする男にしてはそれはあまりにも稚拙だった。現場で怪我をする者は多いため応急処置には手慣れていた。だが、呼吸や心肺が止まった者がいたことがないためこうするしかなかったようだ。
もちろん普段通りの力が出せるわけでもなく、その威力は大したものではない。
だが、それこそが理想的な衝撃になっている……とは考えられないだろうか。
「起きろや! 起きねえか次郎! いつまでも寝てんじゃねえ!」
平手に力が入る。
「てめえあのクソババアの孫じゃろうがあ! じゃったら根性見せてみろやあ!」
今は違う県に住んでいるが、頭は百合子のことを知っている。百合子も頭のことを『とも』と呼んでいたのだから。
「このクソボケがあ! さっさと起きろやあ!」
人間一人を支えて浮きながらも、渾身の平手が次郎の頬を打つ。
呼吸が止まってからすでに二分。頭がそれを意識していたわけではないが焦るのも不思議はない……




