落ちる自動車
海水はとうとう首にまで。この期に及んでようやく次郎は焦りを覚えたらしい。ガチャガチャとドアを開けようとしている、が当然ながら開かない。
これは水圧によるもの、ではなくパトカーだからだ。チャイルドロックと同じで内側からは開けられない仕様となっている。開けるためには運転席で操作するか、外から開けるしかない。
当然そんなことなど知らない次郎である。がむしゃらに後部座席のドアに挑むのみ。ここが開かないなら次はどうしよう、などと考えられる器用さが次郎にあるはずもないのだ。当然ながら窓を開けるということなど思いもつかない。
水位はとうとう口まで。顔を上に向ければどうにか呼吸はできる。できるが、そこに酸素が残っているとも限らない。狭い車内に成人男性が二人いるのだから。
そんな藤島はといえば……
水位の上昇により、ようやくドアを開けることができた。次郎を振り返ることなく水面へと上昇していく、つもりで海水を掻いている。
次郎の目に一瞬だけドアから出ていく藤島が見えた。その時次郎の脳裏に浮かんだことは……
『あの人誰だっけ?』
『自分を置いていくなんて酷い』
『自分もあそこから出よう』
そのどれでもなかった。
藤島がドアを開けたことによる水圧の変化に逆らえるはずもなく、狭い車内で芋洗い状態となった。つまり、何かを思うことも考えることもできなかった。強いて言うなら『冷たい』ぐらいだろう。
終わりだ。
その数秒後、車は海底に辿り着いた。幸運なのかひっくり返ることなどなく、路上走行時と同じ姿勢のまま。




