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第31話 夢幻

「地形戦を崩した戦術と来たか。これもセレデリナのおかげで慣れがあるのだ」



 この土壇場の中アノマーノがとった行動は――跳躍だ。


 大きく足を踏みしばりながら強く伸ばし飛び上がると、アノマーノは10mもの高さまで宙へ移動した。

 しかし羽根を持たない種族は〈ウイング〉の魔法を使用せずして飛行することはできない。ならばどうすれば良いか?



「余は基本的に他人の空似な武術を使う。しかしこれだけは余だけの斧技ぶぎ、言うなれば固有武術ユニークアーツであるッ!」



 アノマーノはブリューナクの顔をガンと見つめながら高らかに宣言すると、両手に握っているうち左手の木こり斧を横に傾けつつ、力を抜きながら下方向へ向けてポトリと落とした。

 そしてアノマーノ自身は引力に逆らえず落下するが、斧自体は彼女より断然軽く、力も入っていないためアノマーノの方が落下速度は早い。これによって斧を強く踏んづけながら、空中でのジャンプという偉業を成し遂げるッ!



「ほう、斧を踏み台にするか」


「これもまた二刀流の強みよ」



 しかも、神速とすら言える動作を用いて、斧を踏みつけ少し飛び上がったその瞬間に斧そのものを左手で回収しているではないかッ!

 さらにアノマーノは跳躍によって前進しつつブリューナクへと再び距離を詰めていくッ!

 

 確かに、これまでのアノマーノであればどれだけ馬鹿げた身体能力を持ってしても、踏み台にした斧を回収しながらの空中跳躍をできるほどではなかっただろう。

 しかし漆黒の鎧の力は着装時、本人の筋力を本来の成長に合わせ、プラスアルファの力の身体能力強化を促すッ! これによって、手足の動きはもはや本来人体が想定している筋力のバネすらも超えて、素早く、そして滑らかな動きを持ってありえざる武術を実現し切るのだ。



「何を小癪な。〈セカンド・フォトンラッシュ〉5連打ッ!」



 しかしその程度で接敵を許すブリューナクではない。

 彼は大剣を持つ右腕を除く、異形と化した5本の腕を前に伸ばすと、その全ての手から無数の光の球体真っ直ぐに飛ばした。

 これは一つ一つ光が散弾のように敵へ飛び散る魔法。一瞬にしてアノマーノの視界は光の球体に囲まれた状態となる。セカンド級の魔法は魔法図の構築がサード級に比べれば複数同時の行うことが可能なようで、このように同時詠唱を実現させたのだ。

 もちろん、そんな荒技を成立させているのは、〈解呪カースアウト〉によって身体構造が変質し、脳が肥大化したことで思考力が本来のブリューナクを凌駕したというカラクリが前提ではあるが。

 とはいえ実現してしまったのならば、空中というコントロールの効かない場所にいるアノマーノにとって回避困難を極める最悪の攻め手となるだろう。



「その程度で余を捉えられると思っておるのならば、それは愚の骨頂であるぞ……父上」



 この戦術を前にしても、アノマーノは怯まなかった。

 まず左手から斧を現在の跳躍によって通過する地点へ向けて投擲すると、同時にそれをすぐ様に踏みつけ、また左手で移動しながら回収した。

 そして空中ジャンプで移動する位置は右方向。急カーブするように空中での移動を行いながら、更にアノマーノは跳躍する地点から見てとある場所へと狙いを澄ませて右手の斧を投擲する。

 更に続くはその斧を踏みつけ、回収しながら前方への移動ッ!

 なんとその地点は見事に散弾として飛び交う光の球体が存在しない盲点とも言える地点であり、彼女の周囲を通り越すように球体は部屋の壁へ向かって飛んでいきながら、アノマーノ自身はブリューナクの元へ接敵していく。

 この斧を利用した空中での移動法に名を付けるならば……〈エアウォーク〉ッ! もはやアノマーノにとって、飛行魔法を使用できるかどうかなど関係がないッ!



「くっ、このメチャクチャな武術による立ち回り……〈返り血の魔女〉を思い出させてくる」



 ブリューナクはそう呟きながら、下方面の右手に握った——巨大化した彼から見ればもはやナイフも同然に見える——大剣を横に薙ぎ払い剣圧をアノマーノに向けて飛ばす。


 

「おっと、ここに来て序盤と同じ戦術とは、追い詰められておるようであるな」



 喜悦に満ちた笑みを浮かべながら、右手の斧を振り下ろし、ガンッ! と音を立てながら剣圧を相殺するアノマーノ。もはやチェックメイトも同然、例えどれだけ手足があろうと首を落とせば倒すことはできる。命を奪うつもりはないが、しっかりと致命傷ギリギリまで追い詰めさせてもらおう。



「トドメなのだッ!」



 ブリューナクの、2mはある大きな首元へ肉薄したアノマーノは二刃の斧を横へ傾け総力を込めて薙いだ。


 一撃必殺。


 彼がまだまだ秘めているであろうあらゆる武術を引き出させることもなく、短時間で勝負は決した。





 ……



 …………





 はずだった。



「いやぁ、よくここまで成長したな、我が娘よ」



 視界に映るのは五体満足で傷ひとつなく、巨大な異形と化しているブリューナクの姿。

 瞬時にアノマーノは自身の敗北を察した。


 それもそのはず、今彼女は鎧を着ている状態ではなく、しかもブリューナクの上部右手の人差し指と親指で衣服ごと掴まれておりまるで宙吊り状態なのである。

 また両手に握っていた木こり斧2本は溶岩地帯へと落ちたのか、溶解し最初からなかったも同然のように彼女の手元には存在しない。



(ああ、そういうことであるか……)



 ここで現状を理解する。


 なんと、アノマーノは〈セカンド・フォトンラッシュ〉を回避した瞬間から、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 近しい現象はセレデリナとの戦闘でも何度か起きた。

 人は勝利を望めない勝負をしている実感を覚えると、脳が都合の良い現実を作り出し夢幻に酔わせてしまうことがある。ある意味、恐怖のあまり眠ってしまい、そこで見た夢と言ってしまった方がわかりやすいだろうか。


 アノマーノとしては更に特異で、“常在戦場”の心得があるからこそ、油断せず総力を尽くした上でその勝負に勝てない事実に気づいてしまうのだ。


 なので、実際には剣圧を弾いたあたりから幻覚は始まっており、その瞬間にブリューナクの腕の一つが放つ正拳突きアノマーノに躱す隙を与えずクリーンヒットしたことで失神していた。

 おそらく〈解呪カースアウト〉したブリューナクは、〈神化〉したセレデリナ以上の力を持つだろう。

 しかし肝心のアノマーノ本人はセレデリナに対して〈神化〉を使わせないまま攻めきる搦手で勝利をもぎ取っている。


 故に、心の奥で『〈解呪カースアウト〉状態のブリューナクには勝てない』と理解してしまっていたのだ。



「面白い勝負だったがこれで終わりだ。残念で仕方がない」



 ブリューナクはそう言い捨てると、アノマーノを放り投げて地へと叩きつけた。

 身を守る鎧もないためか、15mはある高さから落下したことにより、グギィィィという鈍い音を立てながら何本か骨が折れる感覚が響く。どうやら〈サード・フレイム〉の効果時間が切れたのか床は発熱こそしているが溶岩地帯にはなっておらず、せいぜい触れた衣服が焼け皮膚が軽く溶ける程度で済んでいる。

 だが同時にダメージは激しく、今の視界には異形と化したブリューナクの4ツ脚だけが映っておりそれ以上顔を上げる根気はない。



「ふぅ、お前が期待はずれの娘なのだと改めて理解できたところで、種明かしをしようではないか」



 そんなアノマーノに、ブリューナクは余裕げな声でこれまでの裏側を語らんとしていた。


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