もふもふたちが看病する。④
『ごめんね、お母さんもお父さんもお仕事だから、お家にいられなくて…』
『ううん、わたしはだいじょうぶだよ!お仕事いってらっしゃい!』
『今朝作っておいたおかゆが冷蔵庫にあるから、それをレンジであっためて食べてからお薬飲むのよ』
『うん、わかった』
『…じゃあ、ごめんね。行ってきます』
『いってらっしゃい!』
────パタン。
『…』
カチッコチッ…
普段は聞こえない時計の針の音が、静寂する家の中に響く。お母さんが仕事に行った後も、私はしばらく玄関に立っていた。…もしかしたら、風邪を引いてる私のことがやっぱり心配になって帰ってくるかもしれない─なんて思いながら。そんなことあるはずないって、心の隅っこで理解しながら。私は額に冷えピタを貼りながら、玄関で佇んでいた。
けど─帰ってくるはずなく。
『うぅ…』
私はゴホゴホと咳き込むと、その場でしゃがんでぐすぐすと泣いた。風邪を引いた時や体調が悪い時は、1人だと無性に心細くて悲しくなる。
『おかぁさぁん…』
泣きながら、お母さんを呼ぶ。
『お母さん……』
「──さみ…しいよぉ……」
鼓膜の向こうから、いつかの幼い私の声がした…かと思ったら、大人になった私が小さく呟いた。それと同時に、私はふわりと瞼を開いた。ぼんやりとした視界に、部屋の天井が映る。
「…夢か。懐かしい記憶…」
小学生の頃、病弱な私はよく風邪を引いていた。でも、私の両親は共働きで、私が体調を崩して学校を休んでも、よほどのことがない限りは、仕事を休んだりしなかった。だから私が学校を休んだ日は、だいたいいつもお家でひとりぼっちだった。
─ううん、違う。
…ぽふぽふ。
ふわふわの何かが、私の額を撫でる。そして。
「風邪さん風邪さん、とんでけとんでけ。風邪さんは、お家に帰ってねんねしな♪」
ふわふわのお手々で私の額を撫でながら、くまくまが歌を歌っていた。
「…くまくま」
「あ。ママ、起こしちゃいました?何だかうなされていたみたいなので…ごめんなしゃいでしゅ」
私が体調を崩して心細くて泣いちゃった時は、いつもくまくまが背中をぽふぽふと撫でながら、そんな自作の歌を歌ってくれていた。だから…
ぎゅっ…
「…ママ?」
「…ありがとう、くまくま。私が体調を崩した時、こうしてぽふぽふしてくれて。…いつも傍にいてくれて、ありがとう」
私は体を起こして、くまくまを抱きしめた。
くまくま以外のぬいぐるみたちは、私の周りで一緒に眠っていたようで。私が半身を起こすと、ぬいぐるみたちは目を擦りながら起き上がってきた。
「みんなもありがとう!」
私は寝ぼけ眼のぬいぐるみたちを抱き寄せ、もふもふぎゅぎゅをした。
ぬいぐるみたちがいるから、体調を崩して寝込んでも寂しくない。
…ありがとう、もふもふたち。
そして、私の風邪はその日で治ったのでした。




