98 魔改造博士グレイス、その6です。
イレイス=ラルラトルはちょっと豪勢な食事を作っていた。
兄が、ヒビキさんにくっ付いて遠征に出かけていたのだが、本日、帰ってきたのだ。
兄は帰るなり、研究室に直行したが、いつもの事なので気にしていない。
食事の準備を終え、兄を呼びに行く。その際にイレイスらしからぬ鼻歌まで歌っていた。実に上機嫌である。
何故なら、兄の浪費が原因で傾きかけていた我が家の家計が、ヒビキさんからの報酬で一気に立て直すからだ。
5000万ゼニー。4人家族の一家が10年は暮らせる額だ。これで、我が家も安泰だ。
そして、思う。わかっていなかったのは私だと。
兄が魔改造ショップなる店を開業したとき、こんな店にお客など来ないと思った。現実、5000万ゼニーなどなかなか支払える額ではないのだ。
だが、違った。上級冒険者には、必要とあらば5000万ゼニーを支払う人がいる。兄は最初から、そういう人をターゲットにしていたのだろう。
そんな事も分からず馬鹿にしていた、自分が恥ずかしい。
それにしても上級冒険者というのは稼げるものだ。実際、ヒビキさんは兄の改造にかかる費用、数千万ゼニーをあっさりと支払っている。念の為にフルル君に探りを入れたが、お金を稼ごうと思うなら、凄く稼げるらしい。この分だと、報酬の方も近々支払われるだろう。
そんな事を考えながら、研究室に入り、何か研究をしている兄の背中に声をかけた。
「お兄ちゃん。晩ご飯の時間だよ」
「ああ、イレイス、ちょっと待ってくれ。これをやったら、すぐ行くよ」
兄のちょっと待ってくれは、ちょっとではない。
イレイスは兄を研究室から引きずり出そうと近づいたら、兄が弄っているソレが見えた。
台座に転がっているのは魔石だ。それもサイズといい輝きといい尋常じゃない。一目で分かった。この魔石は、凄くお高いものだ。
そして、何故兄がそんなものを持っているのだろうか?
「お兄ちゃん、それ、どうしたの?」
「ん? これか? これは火龍の魔石だ。魔改造の結果を確かめるついでに狩ってきたんだ。そして、報酬代わりに貰ったんだ」
兄の返事にとんでもない内容が含まれていたが、それ以上に報酬代わりという言葉が耳に残った。
凄まじく嫌な予感を感じながらも、問いかけた。
「報酬代わりって、ヒビキさんから貰える5000万ゼニーの代わりにソレを貰ってきたの?」
「ああ! あいつは太っ腹だな! 火龍の魔石は、普通ギルドも、国やよその都市に優先的に卸すから個人ではなかなか入手できない。ましてや売値は2億ゼニーを超えるというのに、研究の為に欲しいと言ったら快く譲ってくれたんだ。いや、俺の魔改造がよっぽどお気に召したみたいだぞ」
そう言って、清々しい笑顔で笑うグレイス。
そんな兄の笑顔を見ながらも、イレイスは必死で頭を回転させていた。
大丈夫だ。まだ、修正は効く。この魔石を今すぐギルドで売り払えばいいのだ。そして、5000万ゼニーを受け取り、残りはヒビキさんに渡せばいい。それで万事解決だ。
そうイレイスが考えている内にもグレイスは研究を進めていた。魔石を万力で固定するとノミを当て槌を振り下ろした。
キッシャ! という凄く儚げで甲高い音と共に、魔石は二つに割れた。
同時に、イレイスの目論見も儚く散った。
興味深々の顔で魔石の切断面を眺めるグレイスに問いかけた。
「お、おおお兄ちゃん…………な、何で魔石を割っちゃったののの……? 割れ、割れた魔石なんて、ううう売れないででしょ?」
呂律が回ってくれなかった。
「ん? 確かに割れた魔石なんか、普通は何の価値もないな。だが、しかし! 魔石の波長魔力が同一であることを利用すれば、第9理論の狭小解を構築できて、うんたらかんたら………どうしたイレイス?」
イレイスは、兄の戯言を最後まで聞かずにキッチンに向かった。そしてスリコギを取り出し、握りしめ、研究室に戻ってきた。
そして、
「この馬鹿兄があああああぁぁ!」
バコバコバコ! ズガズガ! ズドドドドン! バタバタ!
「ちょ⁉︎ イレイス痛い! 痛いぞ! ……ギャア! 一体どうした⁉︎ 反抗期か⁉︎」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
「ギャアアアアアアアアアアアアア!」
……。
……。
こうして、イレイスの苦労は続く。
頑張れイレイス。負けるなイレイス。グレイスが兄である以上、これからも苦難の道が続くけど、諦めなければきっといつか、平穏な日々がやってくるかもしれないのだから……。




