97 魔改造博士グレイス、その5です。
「キャオオオオッ!」
辺りに火龍の咆哮が響いた。
その咆哮に絶対強者の威厳はない。
むしろ、猫に追い詰められたネズミの様な焦燥がある。
火龍にそんな焦燥を抱かせているのは、周囲に散らばる豆粒共だ。
豆粒共は前足で踏み潰しても、尻尾で薙ぎはらっても、火の吐息で焼き尽くしても、次から次へと湧いて来る。
まったくもってキリがない。
そして豆粒共は、自身の面に炎の塊を放って来た。それ一つでは自身の吐息とは比べ物にならない。
そんな程度の炎では自身の魔石がダメージを吸収しておしまいだ。
だが、何十、何百と放たれると話は別だ。
四方八方からのそれに、すでにダメージの吸収限界を越えていた。
更に別の方向から、雨の様に矢が降り注いだ。
鱗の硬い部分は弾いたが、関節近くの柔らかい場所に突き刺さる。
「キジャアアア!」
痛みに悲鳴を上げるも、それを怒りに変え、矢を放った一団に炎の吐息を放つ。
豆粒共を纏めて焼き払う筈の吐息は、手前にいた豆粒が拡げた半透明な壁が防いだ。
無論、そんなもので自身の吐息が防ぎきれる訳はない。10人ぐらいの豆粒を焼き払ってやった。
だが、本命である後ろの一団は無傷だった。
再度、矢が降り注いだ。
到底避けきれない。
また、何本も矢が刺さる。
思わずのたうちまわったのを好機と見たか、豆粒共が三方から突撃してきた。
前足を振り上げ、力一杯振り下ろす。
これをくらえば豆粒共はぺちゃんこになるはずだ。
だというのに恐れもせずに刃を向けてくる。
豆粒を幾つかぺちゃんこにしたが、前足に刃が刺さった。
「ギッ! ギギッ!」
すでに、自身は満身創痍だ。
前足を痛めた事でバランスを崩した。
顎が地面にこすりつく。
そこに突撃してくる豆粒共。
――なめるな!
顎を開き、その牙で豆粒を噛み砕いた。
だが、次の瞬間、ボガッと口の中が爆発した。
何本か牙が折れ、血が滴り落ちた。
何が起こったのかはわからない。だが、誰が起こしたのかはわかる。周りの豆粒共だ。
恐ろしい事に、その数が減っていない。
そこで火龍は自身の未来を悟った。
自分はここで、豆粒共に狩られるのだろう。
そう理解した。
だが、おとなしく首を差し出す気は断じてない。
最後まで死力を尽くす為に火龍は立ち上がった。
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「うわぁ……」
フルル=ゼルトは半ば自分の目を疑った。
目の前で隊長の分身達が火龍を追い詰めているのだ。
「あれ、自爆の規模がちっちゃくね?」
「自爆は体内に残っている魔力を破裂させる。魔力が少ないと威力も減る」
「おい、それを先に言っとけよ」
「それを説明する前に、誰かが殴ってきたのだ」
「いや、あれは絶対に博士が悪い」
自分と一緒にそれを見ている二人は冷静に分身の能力について意見を交わしていた。
そこに、危機感はない。周りを護衛の分身達が固めているし、これまでの戦いで軍勢の力が火龍を凌駕している事を悟っているのだ。
――信じられない。
そもそも、これはテストなのだ。
博士の魔改造の結果、どれほど戦力が上がったのか? それだけを計る実践テストだ。
最初から火龍に挑む気は無かった。最初は石弾カンガルーといった、上級冒険者が挑むモンスターに挑んだ。
だが、前に苦戦したそれらは今の軍勢には何の障害にもならなかった。
余りにも手ごたえが無かった為に、軍勢の力が測れず「なら次のエリア行くかぁ」そう言ってエリアを進み、サードエリア、フォースエリアと進み、今現在いる場所、フィフスエリアの草原で火龍と戦うことになった。
それでも、最初は亜空間ボックスに避難していたのだが、途中からハッキリ優勢だった為(あと、博士がこの目で見せろと煩かった為)こうして、外に出て火龍との戦いを見ているのだ。
――信じられない。
何故なら、フルルは火龍の討伐がどれほど大変な事か肌で知っているからだ。
奴隷の自分を3回目に買った人達がそうだった。彼らはとあるクランに属していた。そして、火龍を狩る為に、大勢の上級冒険者が集まり、色々なものを準備して、沢山話し合いを交わして役割を決めて、始めて火龍に対峙した。
その上でなお犠牲が出た。あの人達は広範囲を焼き尽くすブレスで命を落とした。
そんな強大な火龍を、今隊長はほぼ単独で、大した準備もなく狩ろうとしている。
――信じられない。何度でもそう思う。
そして信じられない事はもう一つある。まだ上級冒険者になって日の浅い隊長は知らないのかもしれないが、単独で竜種を狩ると、ある資格が手に入る。
天空迷宮への挑戦権。
それを最初に聞いた時、まるで、誰も天空迷宮には挑ませる気がないような無茶な条件だと思った。
でも、たぶん違う。
たぶんだけど竜種を狩る程度の実力がなきゃ、天空迷宮から生きて帰ることが出来ないんだと思う。
そして、隊長は資格を手に入れつつある。いや、厳密には自分のサポートを受けているから、今回の事はカウントされないのかも知れない。でも、竜種を単独で狩る為に一番大事な事、圧倒的な強さを既に手に入れている。
「あらためて自己紹介しておこうかフルル=ゼルト。俺の名前はヒビキ。無限術師のヒビキ=ルマトールだ。今日からお前の主で、いずれ9人目の天位の座に着く男だ。よろしくな」
僕と出会った時、隊長はそう言った。
僕はそれを聞いて凄い人だと思ったけど、でも同時にそれは無理だとも思った。
でも、違うのかもしれない。
隊長は本当に天位の座に座るかもしれない。
歴史に名を残す様な、そんな凄い人になるのかもしれない。
でも、
「そろそろ決着がつきそうだな……ふはははは! どうだ⁉︎ 大成功だろう⁉︎」
「確かに! 分身ども超強くなってる! 博士、あんたは凄い!」
「そうだろう⁉︎ もっと褒め称えてくれ!」
「博士すげー! 博士天才! あんたは偉大だ!」
「もっと、もっとだ!」
周囲の分身も褒め称えた。
「「「博士! 博士! 博士!博士! ビバ、博士ーーー!」」」
「ははは、はははははーーー!」
そんな2人を見て、自分が過大評価をしている気持ちになるフルルだった。




