88 生真面目な次期領主、その2です。
ヒビキは困っていた。それはもう超困っている。
原因はもちろん、ヒビキの正面に座っている次期領主だ。クールなイケメンに見えて熱く語ってくる。
それも、既に1時間。こっちが話しを逸らそうとしても、まったく逸らされてくれない。
正直暑苦しい。と思うのはヒビキの方に引け目があるからだ。
「貴方が賢者ファーニル様のことを思って、受け継いだ知識を軽々に出さないことは尊敬に値します。ですが冒険者とは危険が伴うものです。不吉な例えで申し訳ないのですが、もし貴公が死ぬことになれば知識の継承は途絶え、救える命も救えなくなってしまう。そのことを考えて頂きたい」
「・・・・・・」
ごめん。それ全部創作なんだ。そう言えたらどれほど楽か。
自分のついた嘘に自分が苦しめられている。まったくもって自業自得だ。
(やべーな……この人、俺を説得する為なら三日三晩語り続けることぐらい、平気でやりそうだ)
それぐらいの熱意を感じる。しかも、権力者としての圧力を一切かけて来ない。その善人っぷりが逆にやばい。話しちゃっても、この人なら悪いようにしないんじゃないか、そう思ってしまう。
既にヒビキは落ちかけている。これが計算なら大したタマだ。
(正直に話すか? でもなー……)
揺れているヒビキを見て、勝機ありと察したアーレストが、ここぞとばかりに切り札を切ってきた。
「そういえば、先ほどフルル君とお話しをしたのですが、貴公は上級冒険者を目指しているとお聞きしました。また、その実力が十分にあることも。そこで、今回の功績に対する褒賞として、貴公を上級冒険者に昇格するようギルドに話しましょう」
「……それは解毒剤のレシピと引き換えってことか?」
「まさか⁉︎ とんでもない!大勢の命を救ったことに対する報いです。善行には報いる。わが家に伝わる家訓なのです」
アーレストは爽やかに言いきった。
(ああ〜、これは俺の負けだわ。これはしょうがねえわ)
ヒビキは真実を話すことにした。
どのみち隠しきれないという気もする。解毒剤を出した次の日に、領主の息子が来るんだ。他にも来るやつはいるだろう。
だったら、この領主の息子に任せるのが一番いいだろう。
「わかったよ。解毒剤のレシピ教えるよ」
「ありがとうございます! もちろん、貴公の信頼や利益を奪う様な真似は、名前に誓って致しません」
ほんとだな? 信じるからな?
「ありがとう……それでだな、今からちょっと見てもらいものがあるんだが」
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そこは5メートル四方の小さな部屋だった。
中には儚げな白い小さな花が、所狭しと咲き誇っている。
その白い花から産み出された紫の霧は、壁の一角に備えつけられている魔光器の光を乱反射させ、もはや幻想的とも呼べる世界を作っている。
そんな世界を見た、アーレスト(とクーヤ)は身じろぎひとつもせず、幻想的な世界に見入っている。きっと、あまりの美しさに心を奪われた……………わけじゃないんだろうな。
アーレストは長く沈黙している。
そして、
「……………………………正気か、貴様⁉︎」
とても低い声で、ヒビキに問いかけた。
(呼び方が貴公から貴様になってる⁉︎)
「いや、まあ、深い事情があるんだ」
フルルの部屋に戻ったヒビキは、洗いざらいを話した。
「という訳で誰も傷つけてないし、法律も破ってないし、解毒剤はこの花から作ったわけで、情状酌量の余地はあると思います」
「…………」
「情状酌量の余地はありますよね⁉︎」
「黙れ!」
「はい」
大人しく黙った。因みにヒビキとフルルは現在、正座中だ。
そのままアーレストの沙汰を待つことにした。
アーレストは長いこと無言で、だいぶ足が痺れた頃に口を開いた。
「貴公のやった事は、一見、狂気の沙汰に見える。が、確かに法は犯していない。ならば償うべき罪もない」
「えっ?」
「不服か?」
「いやいや、とんでもない! でも、それでいいのかなって?」
「私が個人的に思うことはある。だが、ルールはルールだ。それに貴公が大勢の命を救ったことに違いはない」
なんて公明正大な言葉だ! 信じて良かったよ!
「だが今後貴公は、ある程度、私の管理下に置かせてもらう」
「……はい」
それから色々と、今後の事を話しあった。紫煙花の育成を続けることは許可された。どのみち解毒剤を作るのに必要だからだ。その代りに解毒剤を一定数、都市に納める様に要求された。まあタダで差しだせという訳じゃないし、それくらいの要求なら全然問題ない。
「では、今日の所はこれで失礼する」
「はい」
こうして、ヒビキとアーレストの話し合いは終わった。
そして、アーレストがいなったので、もう我慢する必要はない。
「クーヤーー! 内緒にしてくれって言ったのに喋りやがったなーー!」
「うっさいわよ、このボケ! 領主の息子にか弱い私が逆らえる訳ないでしょ⁉︎ だいたい何が森の賢者ファーニルよ⁉︎ 何が知識の後継者よ⁉︎ 全部口から出まかせじゃない⁉︎」
ヒビキとクーヤのどっちもどっちの言い争いは、日が暮れるまで止まらなかった。
沢山の人に読んでもらえて嬉しいです。
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誤字、脱字、文法の誤りを指摘してくれた方、わざわざありがとうございます。おかげで自分の至らない所に気がつくことができました。少しずつでも改善して行きたいと思っています。




