77 ドレステルの戦い、その4です。
悪魔系の魔物の死体は陽の光を浴びると溶けて消える。時には魔石を残す奴もいる。
拾う余裕など欠片もない。時間の経過と共に地面に魔石が転がり、今ではあたり一面魔石だらけである。
そして、それでも戦いが終わる気配はなかった。
戦いが始まって5時間、ついに戦況が変化した。それも俺たちに悪い方に。
それまでは、攻め寄せる敵を返り討ちにして、確実に数を減らしていたのだ。
俺も凄いと思うのだが、それ以上にたわわちゃんが凄い。
これまで、ずっと戦い続けている。
しかも、これまでに三回ほど防御陣が崩れそうになったが、そのたびに彼女が崩れた場所に飛び込み戦線を支えた。
まさに戦女神なたわわちゃんである。
が、流石のたわわちゃんも四方を囲まれて足を封じられたら(移動したら戦線が崩壊する)無傷とはいかなかった。
すぐさまポーションを持っていき(分身が)傷は治したがそれで万事解決とはいかない。疲労は治らないし、ポーション系は中毒症状がある。個人差はあるが大概は三本目を飲むと体調が悪くなり、四本目で戦うことはまず不可能になり、五本目は命に関わる。6本飲んで生きている奴はいない。
たわわちゃんは既に2本飲んでいる。そして、魔力が0に近いのだろう雷撃系の攻撃が極端に減った。
俺もついさっき2本目のマナポーションを飲んだ。
戦いの負担がジリジリと溜まってきている。
そして、それ以上に不味いのが色々と資源が尽きかけていることだ。
一番最初なくなったのが矢だ。正直、日頃の準備を疎かにしていた訳じゃあない。あればあるだけ有用だと思って5000本以上、矢を確保していたのだ。
それが全てなくなった。
次に武具がなくなった。負傷した分身を亜空間ボックスに戻らせて武具を回収する余裕がなくなってきたのだ。まあ、武器はそこら辺に落ちているのを拾えばいいが、流石に敵の眼前で悠長に防具を付ける訳にもいかない。おかげで分身の消耗が格段に増えた。
そして、止めに紫煙花の秘薬が底を尽きかけている。花はあるのだが収穫するにも精製するにも人員と時間が必要なのだ。そしてそんな余裕はない。
「これだけか・・・」
残り10にも満たない秘薬の瓶をみて俺は呟いた。
そして、
「これまでだな・・・」
そう判断した。
「フルル。たわわちゃんと合流して、転移で迷宮都市まで退こうか。色々と補充する必要があるし、ギルドに頼んで応援、特にアステリアの祝福持ちが必要だ」
チート級便利魔法の転移であるが入り口と出口の座標を固定せねばならず、何処でもない亜空間ボックス内では使用出来ない。そして使用したらしたでこの先厄介な事になるだろうが背に腹は代えられない。
若干、いやかなり憂鬱になりながら俺は地上に戻った。
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「断る。私はここに残る。ヒビキ達は先に逃げて」
分身達が壁を作っている間に、たわわちゃんにガス欠の現状と転移の事を説明して、一時撤退を提案したらそんな風に返してきた。
「いやいや無理だって」
ヒビキはたわわちゃんを説得にかかった。
「いくらたわわちゃんでも、この数を一人でどうにか出来ないって。ここに残っても死ぬだけだ。そしてアステリアの祝福持ちは希少なんだ。今、ドレステルの街でも、冒険者を募っているけどアステリア持ちはいない。たわわちゃんが死んだらこいつらを倒せる奴がいなくなるよ。一度引いて、準備を整えて、応援も集めて再度くればいい」
「・・・・・・・」
たわわちゃんは沈黙した。正論には弱いのだ。そして、たたみかけるなら今だ!
「たわわちゃん。 こいつらは瘴気を守っているから今すぐ街を襲うわけじゃない。まだ街を襲うまでに猶予はある。それを生かして万全で迎えうつべきだ」
「・・・・・わかった」
ヒビキの真剣かつ合理的な説得によりたわわちゃんが頷いてくれた所で状況に変化があった。
ヴオオオオオオオオオン。
激しく振動と共に瘴気が弾けた。
「「「「・・・・・・・」」」
ヒビキたち3人は無言でその光景を見ていた。
いったいなにが起こったのか?
カテュハさんがコアを破壊したのだろう。
つまり、これ以上魔物は増えない。
と、同時に今いる魔物がここに留まる事もなくなった訳だ。
(カテュハさん、このどでけー瘴気の中に一人で入ってコアを探しあてて王が産まれる前に始末したのか・・・。流石天位の7番。凄い、凄すぎるぜ。でも出来ることならあと5分待って欲しかった)
ヒビキはカテュハさんの事を賞賛しつつも間の悪さを嘆いた。
そして、
「私はここに残る。今、逃げればこいつらは街に行く。少しでも長く足止め出来ればその分みんなが逃げられる」
たわわちゃんは、そう言って手持ちのマジックポーションを飲んだ。3本目だ。
「だーかーらー、今たわわちゃんが死ぬと後々犠牲が大きくなるんだって!」
「・・・・・ごめん」
熱くなったヒビキが怒鳴るように言うと、たわわちゃんに謝られた。その短いセリフに罪悪感が滲んでいて思わずポカンとした。
「ヒビキの言っていることが合理的で妥当な意見だってことはわかっている。私を心配していることも。でも私にはその選択はとれない。リンゴレッドは武家の貴族。貴族は民を守る義務がある。だから私は命に代えても民を守れと教えられてきた。いま、私が少しでも時間を稼げばその分ドレステルの人達は逃げられる。いま、私が少しでも闇の幻獣を倒せばその分襲われる人は少なくなる。なら私は命を捨てなければならない。そう教わって、そう生きてきた。いまさら他の生き方はできない。だからヒビキ、あなた達だけでも逃げてほしい」
「・・・・・」
貴族の誇りという奴だろうか? 今世も前世もど平民のヒビキには正直ピンとこない話だが、漠然とその重みを想像することはできる。
きっと、これ以上の説得は無意味だということも。
たわわちゃん今は奴隷じゃん? などとあげ足をとることもしない。初めて会ったとき、彼女は奴隷で牢屋見たいな部屋に入れられて、それでも凛とした姿に惚れ込んだのだ。
「わかったよ。たわわちゃん。もう止めはしないさ」
そう言ってヒビキは分身に飲ませる為に持っていた紫煙花の秘薬を自分で飲んだ。
「ちょっ! ええええぇぇええええ!」
それがなんなのか知っているフルルが悲鳴をあげた。
気にせず秘薬を飲みほした。
効果は即現れた。
身体中が活性化している。
頭の隅々まで冴え渡る感じがする。
そして分身を召喚した。普段の自分ではなく今の自分を強く強くイメージする。
そして、それは成功した。
魔法はイメージひとつで結構変わる。
例えば同じファイヤーボールにしたって一点集中か拡散を選ぶことができる奴がいる。
例えばフルルはゲートの扱いが器用だ。
ヒビキの馬鹿の一つ覚えの分身召喚にしたって、初めの頃、自分の怪我まで再現してしまった頃がある。
だから、紫煙花の秘薬を飲んだ今の自分を召喚することはできるんじゃないかと思っていたし、実際に今できた。
「これでもう秘薬は必要ないわけだ」
「隊長!」
ヒビキを心配するフルルにあえて笑いながら言った。
「フルル、解毒剤をくれ。そしたら俺はここに残るからお前は冒険者都市から応援を連れてきてくれ」
「・・・・・・・・馬鹿!」
フルルはそう叫ぶとゲートを開いて解毒剤を俺に渡すと転移を使った。
「じゃあ、続きをやろうかたわわちゃん」
「・・・なんで? 逃げるんじゃないの?」
「それは、やめた」
「でも!」
ヒビキは何か言おうとしたたわわちゃんを遮った。
「つーかね、俺の兵隊がいるから奴らはここに留まっているわけで、たわわちゃん一人だと無視して街を襲う奴が出てくるよ。街を守るんでしょ?」
「それは・・・そうだけど・・・」
いつも端的なたわわちゃんが珍しくグダグダ言っているのは俺を心配しているからだろう。
その事を嬉しく思うけど苛つきもする。
「あのさぁ、たわわちゃん。俺は平民だから貴族のプライドとかわかんねーけどさ、恋する男だから好きな女の子を置いて逃げるとかできないの。遊び半分でプロポーズしたわけじゃねーよ」
「・・・・馬鹿ヒビキ」
「うーん。なんか最近馬鹿呼ばわりされることが多いなぁ」
「それは本当に馬鹿だから・・・ヒビキ、一緒に戦ってくれる?」
「もちろん」
ヒビキはそう答えると近くに落ちていた剣を拾い上げた。




