49 子育てに悩む天位の7番、その2です。
カテュハはボスの部屋の前で、扉が開くのを待っていた。扉は前に入っていった冒険者たちがボスのジェネラルスケルトンを討伐して戻ってくるのか、それとも全滅するか、どちらかでしか開かない。まあ、できれば生きて帰ってきて欲しい、というより見知らぬ他人の不幸を望むほど性格が悪い訳じゃない。
そのカテュハは、
「どうしてソロに拘る? 一人で戦うことのデメリットがわからない訳じゃないんだろう?」
そう、同じく扉の前で待っているタワワに問いかけた。
カテュハは、タワワが最近、パーティーを組まず一人でエリアに向かう事を良しとしていない。
一人でエリアに向かえば、例えば、足を怪我したり、魔物の特殊な攻撃で麻痺や睡眠状態に陥った場合、致命傷になる。パーティーを組むというのは自身の生存率を上げる為の努力だとカテュハは思っている。そして、タワワにもパーティーを組んで欲しいと思っているのだ。
だというのに、タワワの返事はつれない。
「同じレベルの人達は足手まとい。上のレベルの人たちと組むとよくもめる。それに……」
そこで一拍、置いてから続けた。
「それにパーティーを組むと、組んだ人たちから口説かれる。そういうのはいらない」
「あー……」
なんというべきか、タワワの返事も含めて、そうだろうなーと思う。
まず、同レベルの奴らは足手まといという発言は、完全に事実だ。タワワは今現在レベル20だが、他の同レベル帯の奴らと比べると狼と羊くらいに違う。上手くやっていけないのも無理はない。
次に上の奴らともめるというのもわかる。冒険者の優劣の基準はレベルの上下だ。そして上の奴らほどプライドが高い奴が多い。レベル30以上の奴らのなかで一人だけ20以下のタワワは確かに悪目立ちするだろう。それを鬱陶しく思うのも分からなくもない。
そして、パーティー間の軋轢は自身の危機を招く。
軋轢を生みやすいタワワが、そもそもパーティーを組まないという選択をするのは悪手とは言えないだろう。もちろんソロで生き残れる実力あっての事だが。
最後に口説かれるのは、これはもう仕方がないと思う。
タワワは稀なる美少女だ。特にカテュハが面倒を見るようになってからは、輪をかけて美しさに磨きがかかってきた。別に特に変わった事をした訳じゃない。普通の食事、普通の生活、最低限の化粧や女としての身だしなみ。そういった普通の事がタワワに乗っかった。それだけだ。
それだけだが、世の男どもが目の色を変えるには十分だった。
実際に、この一月ほどの間にタワワを買い取りたいという申し出が何度かあった。中には億に近い金額を提示する男もいた。
まあ、基本的には応じる気などないのだが、中にはカテュハから見て合格といえる男も何人かいた。
美男子で、誠実で、冒険者として将来有望で、それゆえ金もある。そんな男たちから、奴隷ではなく将来の伴侶としてタワワを迎え入れたいと提示された。
正直、悪くないと思っている。それこそ、タワワが駄目なら私でどーよ? そう提案したくなるぐらいのいい男たちだ。あと、10歳年齢を重ねていたら本気で提案したと思う。
そんな男たちにカテュハはこう答えた。「タワワがそれを受け入れたら構わない」と。
いわば、タワワを口説くことを、主人であるカテュハが了承したのだ。
その後、タワワは実際に口説かれた。そして、そんな男たちをタワワは拒絶した。それらはタワワにとっていらないことだったのだ。
もったいないな。そうカテュハは思う。
カテュハは、冒険者がひたすら上を、天位の座を目指す様なタワワの生き方をあまり良く思っていない。
むしろ、仲の良い奴らとパーティーを組み、助け合う内に恋に落ち、休日は愛を語らう。そういった、いわば軟派な生き方の方を、好ましいと思っている。
自分の価値観をタワワに押し付けるほど馬鹿じゃないが、それでもタワワと、恋バナのひとつでも話したいのだ。
(ま、今のところ望みは薄いんだけどな……)
カテュハの思いとは裏腹にタワワは恋だ愛だに興味を示さない。
それは本人の性格というより、そういう風に育てられたのだ。リンゴレッドという家系によって。
ただただ強くなることを求められ、天位の座を獲得する為だけに育てられた。人並みの生活を与えられず、普通の人間が耐えきれず脱落するであろう日々を耐えてしまったタワワ。
カテュハから見れば苦々しいその育て方は、しかし一人の天才を生み出した。
実際、タワワの才能は天位の座にたどりついた自分よりも遥かに上だ。そう確信している。
例えて言うならば、とても強い幸運が味方して天位の座に座ったのがカテュハなら、よほどの不運にでも合わない限り、いずれあたりまえの様に天位の座に座る事になるのがタワワだ。
もちろん、才能だけが全てじゃない。実際タワワは奴隷になり、自分が彼女を買わなかったら天位の座を目指す事は出来なかっただろう。
そして、才能だけが全てじゃない様に、天位の座を目指す事だけが人生じゃない。タワワには遊んで欲しいし、恋もして欲しい。そう思っている。
カテュハがタワワに対してそう思っているのは、自身の考え方がそうだからだが、それとは別に罪悪感という感情があるからだ。
なぜなら、リンゴレッドという家系がひたすら天位の座に固執する様になった一端は、カテュハにあるからだ。少なくともカテュハ自身はそう思っている。
昔の話だ。それこそ100年以上前のちょっとした若気のいたり。それが今のリンゴレッドに繋がっている。
時を遡る術などないカテュハは、その埋め合わせの為にタワワを買い取り、自由を与えているのだ。
できることなら、これから幸せになって欲しい。戦い以外の事にも目を向けて欲しい。パーティーを組まなくてもやっていける実力があれども、パーティーを組みワイワイやればいい。そう思っている。
そんな気持ちが、
「にしても、ソロで挑むならもっと優しいところにしとけよ。流石にレベル20で骨の迷宮はキツイだろう」
といった忠告をさせてしまうのだ。
だが、タワワはそんなカテュハの気持ちを知らぬ存ぜぬだ。
「厳しくない。骨の迷宮は中級冒険者が最初に力試しで向かう場所」
「それはパーティーでの話だろうが。……全く、もっとゆっくり進んでもいいんじゃないか?」
「イヤ、それだと負けるかもしれない」
意外な言葉だった。思いもしなかった言葉だ。
「は? 負ける? お前が? 誰に?」
「ヒビキに。ヒビキ=ルマトール。それはイヤなの」




