134 天空迷宮、その5です。
「よし! とにかくテェルネを抑え込むんだ!」
彼女のことを完全に敵とは見なせない複雑な心境を反映するかの様に、分身達もまた、迷いのある突撃を行った。
雄叫びを上げず、武器も持たずに飛びかかる。
ただ迷いがあるとはいえ、四方八方からの分身数十人の突撃は、それだけでも大抵の人間は詰ませることが出来ると思う。今までの俺の戦歴でそれをどうにか出来た奴はサリエルと、クラン『冬景色』の女リーダーの二人だけだ。
しかし、流石にサリエルを殺してのけたテェルネというべきか、数十人の突撃を歯牙にも掛けなかった。
「ふん! こんな奴らが私の相手になるわけがないでしょ!」
煩わしそうな表情で、右手を天にかざすとテェルネの周りに稲妻が落ちた。
俺の分身に、頭上から降ってくる落雷をかわす能力なんてものがあるはずもなく、彼女の半径10メートルへと入り込んだ分身は、ことごとく死に絶えた。
「うわ!」「やべえ!」
雷が雨のように降り注ぐ様に、それ以上進めず二の足を踏んでいると、今度は地面にからテェルネの掲げた腕へと雷が集い始めた。
まるで太陽が生まれたかの様な有様に、思わず手をかざして光を遮った。そして、
「それ!」
という、可愛らしい掛け声とは裏腹に、容赦の無い一撃が分身の固まっている場所に撃ち込まれて、密集地帯が空白地帯へと早替わりした。
「……なんてパワーだよ」
俺は戦慄と共に直感した。テェルネはこの圧倒的なパワーでサリエルの絶対防御を打ち破ったのだと。
俺も、もたもたしていたらあっという間に全滅だ。
そうならない為にも次々と分身を生み出して兵力の補充していく。
同時に再度の突撃を命じた。
今度はマジックシールドを貼りながらの突撃で、再び稲妻が降り注ぐもだいぶ被害が減った。生き残った分身がテェルネを捕まえようとする。
が、彼女を捕まえたと思った瞬間彼女の姿がかき消え、ほぼ同時に、飛びかかった分身の背後に姿を現した。
俺は目を丸くしたが、すぐに思い当たった。
これはあれだ。随分と前にアストリアさんとの喧嘩で使った瞬間移動だ。確か自分の身体を半精霊化させているとか言っていたが、精霊であるテェルネにも使えるのだろう。
そのテェルネは不機嫌そうに眉をしかめた。わかりやすく怒っている。
「武器を持たずに突っ込んでくるなんて、私を舐めてるのかしら?」
彼女の怒気が具現化するように、長い槌が彼女の手に握られた。細身だが、とんでもない力を内包しているのは一目でわかる。
「吹き飛べ!」
気合いと共に軽やかに一回転。彼女の間合いに存在していた全ての分身がぶっ飛んだ。
「そーれ! それ! それ! そら!」
ぶんぶんと勢いよく振り回される槌は、初級冒険者とも渡りあえる俺の分身をゴミの様に蹂躙する。
背後から飛び出した全身重武装の分身を、下から跳ね上げる一撃で鎧ごと融解させ、次いで、左右から飛び出した分身を、再び一回転しながら迎撃する。
なら、時間差攻撃はどうかと、それぞれ、タイミングを外して近づこうとしても、彼女の持つハンマーは、馬鹿げた威力とは裏腹に実に軽やかに動く。
その風切り音が、前線から遠く離れた後方で指揮を執っている俺の元まで届くほどで、分身たちの波状攻撃をものともしない。
「うへえっ……」
我知らず情け無い声が漏れた。テェルネのハンマーが洒落にならなさすぎる。
何が洒落にならないって、ハンマーそのものの威力もやばいが、攻撃範囲も更にやばい。
小振りなハンマーが振るわれるたびに、その身から雷火がほどばしり、近くの分身に襲いかかってくる。
彼女が軽く一振りするごとに、こっちは10人、20人となぎ倒されていく。
例えるなら、格闘ゲームで対戦相手は弱攻撃を連打しているだけなのに、何故かその弱攻撃が、ゲージ満タン状態での超必殺技の威力と画面一般に広がる範囲攻撃の双方を兼ね備えている──みたいな理不尽さだ。
それでも引く訳にはいかないので、俺はしつこくしつこく、彼女が目に見えてウザがっても、なお分身を送り出し続けた。
そうする内に、ある分身がテェルネの振るう暴虐の雷火を潜り抜けた。運良く五体満足で彼女に近づいた分身は、そのまま背後から彼女を羽交い締めにした。
「捕まえたああぁああ!」
その達成感溢れる声に、チャンスとばかりに分身たちが殺到するが、テェルネはつまらなそうな顔で「ふんだ」と呟くと同時……たわわちゃんの体を半精霊化させて拘束を解いた。
そして一瞬のちに上空へ姿を現わすと、真下に集まってきた俺の分身たち目掛けてハンマーを振り下ろした。
ピシャっと大気が弾けた。
まるで空爆を喰らったかのような酷い音と光に、思わず目をつぶり、右手で光を遮った。それでも攻撃的な光が網膜を焼き、いっとき視界が真っ白になる。
「くっそ……」
およそ10秒。まだチカチカする瞳を爆心地に向けると、そこには倒れ伏した俺の分身たちの上に、悠々と立つ彼女の姿があった。
──いやこれ、生け捕りとか無理なんだけど……。
俺は途方に暮れた。
これまでのティルネの戦いぶりを見るに、この後、どれだけ頑張っても彼女を拘束できる気がしない。
かと言って、殴ったり、斬りかかったり、燃やしたり……などという真似が出来る筈もない。
「やべー……八方塞がりじゃね、これ?」
俺は打開策がまるで思いつかず、どう動くべきか見当もつかなかった。
一方でテェルネは躊躇なく攻撃を続けた。
「どけ! ゴミども!」
気炎を吐きながら分身たちが密集している場所にあえて進み、より多くを巻き込むように雷神の槌を振り回す。
まるで濡れ紙を突き破るが如き惨状に、俺は頬を引きつらせながらも、兎にも角にも分身を生み出し続けた。
しかし、ある瞬間、テェルネの姿が掻き消えたと思ったら、俺の目と鼻の先に姿を現した。
「見つけた、あんたが本物ね」
その言葉が終わるや否や、がっと首筋を掴まれた。
ピリッと……白い小さな手から、稲妻が俺の体へと伝わって全身を駆け巡った。
「…………がはっ!」
全身が硬直した俺は、何の受け身をとることも出来ずに仰向けに転がった。
一瞬、青空が見えたが、すぐにたわわちゃんの可愛い顔が俺を覗き込んだ。
彼女は、倒れふした俺の胸に片膝をつきながら言う。
「本物しか分身を生み出せないんだから、すぐにわかるわよ。──それで、どうする? 私は優しいから、もう一度だけチャンスをあげる。私の事はほっといて消えなさい。それとも……死ぬ?」
本人をとり押さえ、生殺与奪を握ったと思っているのだろう。ティルネが、俺に最後通牒を突きつけきた。
しかし、彼女は俺の新スキルの事を知らない。
まだ、絶体絶命という訳ではないのだ。
「聞いていい? そもそも、たわわちゃんの体を使って何がしたいの?」
焦る様子のない俺にティルネはムッとしたが、意外にも彼女は至って素直に答えてくれた。
「何をするかって? 決まっているでしょ! さっきまでこの場にいた、ダサいピンク頭をぶち殺してやるの!」
「…………え、えっと…………ダサいピンク頭って神さまのこと? つまり神を殺す? そりゃなんの為に?」
「私が次の神になって世界を作り変える為よ!」
「うん? …………そうかー……」
俺は思いっきり困惑した。何? 神を殺したら次の神になる? どういう理屈? そんいうもんなの?
疑問が次から次へと湧き上がるが、それを尋ねるよりも早く俺の首にたわわちゃんの手が添えられた。
「もう、いいでしょ? 生きるか死ぬか、選んで?」
まさに死を告げる死神のように酷薄な声だった。
でも。
間近で見上げる彼女の表情は、酷薄な言葉とは裏腹に、焦りと、戸惑いと、躊躇、それらの感情が丸わかりだった。
──ああ。俺を殺したくは無いんだな。
という感情が一目でわかる。そもそもこの状況、わざわざ生き死にを問うなんて面倒くさい真似なんかしなくても、とっとと潰してしまえばいいのだ。
精霊は永く生き続けている筈だが、今の彼女は酷く幼く見える。
たわわちゃんの体を乗っ取るという酷い真似をしているし、神を殺すとか世界を作り変えるとか物騒なことを言っているけど、この精霊はそう悪い奴ではないのかもしれない。何か彼女なりに譲れないこともあるのかもしれない。
けど、例えそうだとしても俺だって譲れないものがある。
「えっ?」
初めからそこに存在しなかったかのように、フッと姿を消したことでテェルネは地面に膝をついた。
「どういうこと? ……今のも分身だった? でも……」
彼女の独白に、側にいた分身……に転移した俺が答えた。
「ちゃんと本物の俺だったよ。でも、今の俺には『魂の転移』がある。死んでも死なない。俺は俺が生み出した分身に俺を移せる。ここにいる全ての分身を、ことごとく殺し尽くしでもしない限り俺は死なない」
そう告げる間にも、俺の周囲で分身が次々と生み出されていく。
「俺はたわわちゃんが大好きだから、こう……斬り伏せたり、燃やしたりする真似は出来ないけど、際限なく増えることは出来る。そっちが諦めて、たわわちゃんを返してくれるまで俺は諦めない」
俺の宣告に彼女は最初、呆けていた。『魂の転移』の効果をスッと受け入れられなかったんだろう。分かりづらい能力だから無理もない。
だけど、だんだんと理解が進んでいき、それに比例して怒りが彼女を渦巻いている。クールビューティーだったたわわちゃんと違って実に分かり易い。
「ふ、ざ、け、る、な!」
その怒りの言葉と共に彼女は姿を消した。例のアレだ。
俺は何処に行ったのかと辺りを見回したが、ある分身が彼女を見つけた。
「あ! あそこだ!」
その言葉に俺どころか、俺の軍勢が一斉にそちらを向いた。
彼女は、この屋上の外縁部より外側の上空、つまりは空中に浮いていた。
浮いているといっても、翼があるわけでもないので自由落下の最中だ。
俺のところからはかなり遠目で、仔細は分からないが、ハンマーを振りかぶっているように見える。
──来る! と俺は直感した。
全軍に向かって「防御隊形!」と叫んだ。
盾を持つ者は盾を。そうでない者もマジックシールドを掲げる。
実態のない白く輝く障壁が、俺の分身のいる場所(つまりは塔の屋上全域)に張られる。
次の瞬間、彼女が振り回していた槌がこちらに向かって放り投げられた。
クルクルと回わりながらこちらに向かって来るハンマーは、屋上の中央部分に墜落すると、ハンマーの形を失った。
次の瞬間、青白い光と大気が破裂した音に俺は飲まれた。
何が起こったのかも分からず意識が遠のいていく。
ふっと、高所から飛び降りるような浮遊感と何かに引き寄せられるような引力に身を引かれた気がしたと思ったら、俺は外縁部の分身へと魂が転移していた。一瞬、混乱したが、直ぐに前の俺の体が死んだのだと悟った。
さっきまで俺がいた屋上中央部分を見れば、中央は特に沢山の分身が集まっていた筈なのに、ぽっかりと空洞が出来ていた。
パッと見、俺の軍勢は半数以下になっている。残りの消えた半分は今の一撃で消し飛んだんだろう。
「ぱねえな……」
当たり前だが、たった一撃で半数を持ってかれた記憶は無い。その3分の1すらもない。
彼女は神を殺すとか言っていたが、これなら本当に可能かもしれない、そう思わせるには充分な威力があった。
けれども、見方を変えれば、今の一撃ですら俺を滅ぼすことは出来ないということだ。
防具やマジックシールド、それに分身たちの体そのものが雷の槌の威力を相殺する防波堤と化した。
「ドラゴンを殺せても、イナゴの群れは滅せないってね」
有名な慣用句をつぶやきながら、俺は分身を生み出した。
次から次へと分身を召喚し続ける。これだけは自信がある。誰にも負けない速度で召喚し続けられる自信がある。
この都市に来て、無限術師になった日から今までずっと、それだけを繰り返してきた。
空中から地上に降り立ったテェルネは苦々しげな顔をしている。
追撃はしてこない。
どうやら、今の一撃を連発することは出来ないようだ。なら、テェルネが俺の兵隊を削るより、俺の召喚速度の方が早い。
それはつまり、
「さあ。うんざりするような泥仕合の始まりだな」
延々と勝ち負けのつかない消耗戦が始まった。




