132 天空迷宮、その3です。
「ブオオオオッ!」
「邪魔」
襲ってきた魔物を、『ライトニングエッジ』の一刀をもって串刺しにしたテェルネは、ただ一心に階段を登る。
その歩みを止める者はいない。ここまで登ってくるまでに出くわした数々の魔物は、いずれも強敵揃い。
普通はクランでしか狩れないような魔物も、片手に余るくらいはいたのだが、テェルネの前では路傍の石ころも同然であり、その全てを一撃で屠ってきた。
「私は無敵〜、無敵のテェルネちゃん〜」
調子外れの鼻歌を歌いながら階段を登り続けていたら、もう何度目かもわからない三又の分岐路が現れた。
「どれにしようかしら」
一見、思い悩んでいるかの様だが、その実、どこでも良かった。どの道であろうと変わりはない。
これまでも、コロッセオの様な決闘場や、足場の悪い洞窟、光の当たらない暗闇など様々な道を、ハイキングの様に悠々と歩いてきたのだ。
なので、今度の分岐路も適当に選ぶつもりだったが、右の道に描かれている翼竜の絵を見て、鼻歌を止めた。
翼を広げた翼竜の絵には見覚えがあった。
「そう。ここは……あの時の……」
どの道でも良かったこれまでと違い、自分の意思で翼竜の道を選んで進む。
先程までの陽気さは鳴りを潜め、無言のまま階段を登る。
しばらくすると、壁が無くなった。塔の外に出たのだ。
高い所が苦手な人間なら、足がすくんでへたりそうな場所で……やはり見覚えがある。
テェルネはぐるりと首を回した。
上を向けはまだ先は長く、下を向けば地面は遥かに遠い。前を向けは、どこまでも広がる青空が広がっている。
塔の中と違って開放感に溢れているなか、無言で螺旋を描く様な階段を上へ上へと上がっていく。
ブン! ──重い羽ばたきが聞こえた。
そちらに顔を向けると、空を我が物顔で駆け回る翼竜の姿があった。
そして、テェルネを視認した翼竜は、彼女の何十倍という体躯に物を言わせて正面から飛びかかってくる。 爪の先が掠っただけでも致命傷になる一撃だ。
だが、
「遅いわよっと」
テェルネはひらりとジャンプしてかわした。足場の無い空中に踊り出たが、お馴染みの瞬間移動を使って先へ先へと進む。
この敵に思うところはあるが、所詮、翼竜如きは今のテェルネの敵では無いのだ。
旋回して、再び襲いかかってくる翼竜に狙いを定めて手をかざした。
稲妻の一撃。 ばちっと大気が焼ける音がした。
天から降り注ぐ不可避の稲妻は、たった一撃で勝敗を決めた。
敗者は、末期の悲鳴さえ上げずに地上に吸い込まれていく。
それを冷めた目で見つめながら、苦々しげに呟いた。
「今の力が、あの時……あの時の私にあれば……」
今更言ったところで仕方がないことはわかってる。
今の力は、契約者たるタワワの才能あってこそ、というのもわかってる。
それでも彼女は、もしもあの時、と思わずにはいられなかった。
……。
……。
『あの時』それは、だいぶ前の……少なくとも賢帝の制約が施行される前の話だ。
天空迷宮に、まだ誰でも挑むことが許された時代。テェルネはとある魔術師男に呼び出された。
──今度の召喚者はどんな奴かしら?
『精霊召喚』は希少なスキルだ。それ故、テェルネの出番も滅多にない。
そんな訳で、退屈を持て余していた所に久しぶりの外出とあってウキウキと出向いて行ったが、予想外の事態が起こった。
なんと、召喚者はテェルネが現れただけで目を回したのだ。
『ちょ、早っ! 早すぎるでしょう、あんた⁉︎』
そりゃあ、力の塊とも言える精霊を自分の中に入れるのは負担が大きい。
熟練の魔術師でも数分がせいぜいだ。でも、流石に5秒と経たずにギブアップは虚弱にすぎる。
『この虚弱ボケもやし!』
結局、この時のテェルネはなんら力を発揮することなく、仰向けにひっくり返っている男に、捨てゼリフを吐いただけで精霊の住処へと帰る羽目になった。
久しぶりの出番と思っていたのに、この体たらく。それからしばらくの間、テェルネは不満で一杯だった。
その不満がようやく治るかといった所で、彼女は再度呼ばれた。
繰り返すが『精霊召喚』を使える輩は数少ない。だから、もう呼ばれた時点で嫌な予感がしたのだが、人の世に降り立ってみると、やはり予想通りというか、あのもやしが召喚者だった。我知らずため息が漏れる。
「またアンタなの? どうせ使いこなせないのに、魔力の無駄遣いもいいとこだわ。悪いこと言わないから……ん? 何これ?」
忠告の途中で異変に気がついた。普通、呼び出された精霊は召喚者の魂に重なるものだが、今の彼女は、このもやし男の体の外側へと弾き出されているのだ。
どういうこと? と思ってもやしを見ると、もやしは快く、そして、どこか得意げに話し始めた。
「やあ、はじめまして! ……はじめましてでいいよね? 厳密には2回目だけど、こうして会話をするのは今がはじめてなんだから、はじめましてでいい筈だ。……この前は見っともないとこ見せてごめんね。どうやら僕には霊力への耐性があまりないらしい……」
「あまり……どころか全くないんじゃない?」
楽しそうな顔。好奇心に満ちた顔。残念そうな顔。この男は少し話す合間にも、ころころと表情が変る。忙しいもやしだ。
「でもさ、天空迷宮の頂きにたどり着くには『精霊召喚』の力が、ひいては君の力が必要なんだ!」
「天空迷宮……もやし、あんた夢見すぎ。現実みたら?」
「ひどっ! ──大丈夫さ! 今は未熟でも人は己を鍛えられる生き物だ。そして、今日、君を呼んだのも自分を鍛える一環なんだ!」
そこから先のもやしの話は、饒舌な上に難解な理屈が多くて理解しずらかった。なんなら、ちょっと理解するのを諦めようかと思ったくらいだった。
「要するに、私を普通に召喚すると耐えられないから、あえて自分の外に召喚したのね。その状態だと、大した力は使えないけど消耗も少ない。もやしでも召喚し続けられるから、その状態を継続して行くことで霊力への耐性をつけて行って、最終的には普通に召喚できる様にしたいと?」
「そう! その通りなんだよ!」
「あんなに長ったらしい話、する必要あった? 魔導変換理論とか力場拡散理論とかいる?」
「あっ、あったさ! 人は話し合いによって相互理解を深めていくものだから!」
「いや。私、人じゃないし。精霊だし」
「関係ないよ! 言葉が通じるなら人と精霊だって分かり合えるさ!」
「あっそ……」
正直、その時のテェルネは、もやしの言葉に感銘を受けたりはしなかった。むしろ、もやしのことを、頭でっかちだなぁ、と呆れるばかりだ。
なんにせよ、もやしとの生活が始まった。
そして、それはテェルネにとって悪いことではなかった。契約者と力を合わせて、バーンと派手な真似をすることはできなかったが、もやしに付いて行き、慌ただしい人の世を眺めるのは、物珍さもあって楽しかった。
「君が可愛い少女の姿で現れるのは一体なぜなんだろうね?」
「さあ……あんたが可愛い少女が好きだからじゃないの?」
「違うよ! 文献を見ても歴代の『精霊召喚』の力の発現は似たような姿で召喚される場合がほとんどなんだ。例えば、火の精霊は鳥の形をしているし、水の精霊は蛇の形をしている。テェルネだって今まで少女の形で呼び出されたんだろう? だから、決して僕はロリコンなんかじゃないよ!」
「わー。お兄ちゃん、必死だねー」
「何で唐突にそんな呼び方⁉︎ だから違うってば!」
なかなかに楽しくやっていたと思う。もやしには時々、理論や持論を延々と語るという悪癖があったものの、それを除けば付き合いのいい奴だった。
あと、テェルネからすれば意外だったのだが、もやしはけっこうデキル人間だった。
最初の出会いが出会いだったので、貧弱、虚弱というイメージが付きまとっていたが、魔法や精霊の知識と応用に関しては一流で、学者や研究者としては優秀、有能な男だった。
ただ、やはり戦闘においては欠点が目立った。魔法の腕前だけなら水準以上でも、それをどのタイミングでどういう風に使うかという判断力に欠けていた。ありていに言えばトロい。
更に、いくらテェルネを召喚し続けて霊力への耐性をつけるといっても、元々が最弱なのだ。ちょっとやそっと霊力の扱いが向上したところで、せいぜいが凡人並みだ。
そんな程度じゃ、到底、天空迷宮を超えられるとは思えなかった。
だから、ある時、忠告した。
「天位を目指すのはやめたら? 向いてないわよ」
素っ気なく言ったが本心が乗っかっていた。
死んでほしくないという本音が乗っかっていた。
しかし、もやしは頷きはしなかった。
「ごめん。テェルネ。それだけは聞けないんだ。……それに君は勘違いしているね」
「勘違い? 何が?」
「僕が天空迷宮を目指すのは天位になりたいからじゃないんだよ」
「はあ? ……じゃあ、何しに登るのよ?」
不思議に思うテェルネに、もやしはもやしに似つかわしくない、小さく、冷ややかな声で言った。
「女神を殺す」
「………………え? 何て言ったの?」
「だから女神を殺すのさ。そして僕は次の神になる」
もやし曰く、今の女神も元は人間で、先代の神を殺して神の座についたらしい。
そして神になれば、この世界の理を変えることができるらしい。
眉唾ものの話……と思わなくもないが、もやしは、神学や古代学は、本職以上に本職なので、もしかしたら本当にあった話なのかもしれない。
「先代の神が統治していた世界では、人と人が争うことが無かったそうだよ。なのに、今の女神の世界では争いが絶えない。間違っているだろう。なら僕が神になって世界を元に戻す。そうすれば、沢山の人が救われる。僕の家族だって理不尽に失われる事はなかったんだ」
「家族?」
「…………テェルネ、君は妹に似ているよ」
その言葉で二人の話し合いは終わった。テェルネはそれ以上踏み込めなかったし、もやしも、以後、家族のことを語ることはなかった。
そして、もやしと出会って丸5年。ついに天空迷宮に挑む時が来た。
「行こうか、テェルネ」
そう言うもやしは自信に満ちていた。そして、テェルネもまた、もやしのそれを過信とは思わなかった。
この5年で、もやしは本当に強くなった。体の線が細いのは相変わらずだが、魔法の構築速度や判断力が格段に成長した。何より、僅か5秒が限界だった精霊との同調も今では10分を軽々と超える。
当時の迷宮都市において間違いなく3本の指に入る腕前だった。
「人の世界から争いをなくそう。争いが絶えない残酷な世界を作った女神に断罪を与えるんだ」
時々、口ずさんでいた言葉を、門の前で、改めて宣誓して、天空迷宮へと足を踏み入れた。
そんな風に、意気揚々と天空迷宮の踏破を目指したもやしは、途中であっさりと息絶えた。
あっけないものだった。
強くなったという自信は過信に過ぎなかった。
神を殺すどころか、相見えることすら出来なかった。
何にもならず、何も残すこともなく、もやしの人生は終わりを迎えた。
最後の最後、自分が作った血溜まりの中で、もやしは何を思っていたのか?
同調が切れ、精霊の住処に引き戻された自分は、もやしの最後を看取ることすら出来なかった。
「うわあああああああっ!」
あの時からテェルネはこの世界を呪っている。
百年以上の時を経ても、変わることなく呪っている。
この女神が作った世界を壊したいと思う。壊して、もやしが望んだ世界を作る。
もやしを助けられなかった自分は、せめて、それくらいはしてやりたい。
そう、ずっと願い続けてきて、今、ようやくチャンスが回ってきた。
螺旋階段を登りきった所で、ふと頭上を見据えた。
「もうちょっと……もうちょっとだから……」
テェルネは、もう居ない誰かに向かって呟きながら、再び塔の中へと足を入れた。




