131 天空迷宮、その2です。
途中、フルルと合流した俺たちは、たわわちゃんを追って、雷の落ちた場所にたどり着いたのだが、そこは俺にとって見知った場所だった。
なんせ、ここ一月ほど掃除で通った場所、正確にはその隣だ。
「ここは……白亜の塔ですか?」
アストリアさんの呟きに俺は頷いた。ここは間違いなく白亜の塔、天宮迷宮の入り口だ。
そして、今、白亜の塔は見るからに異常事態が起こっていた。
塔の扉が焼け落ちていて、守衛たちは地面にへたり込んでいる。
たわわちゃんの仕業だと推測……というより確信した。
俺は守衛に近づいて問いかけた。
「ちょっとごめん! なんか、大変そうなところ申し訳ないけど、俺たち人を探しているんだ! 金色の髪の、超が3つ付くくらい可愛い女の子、ここらへんで見かけなかった?」
俺の質問に、守衛たちが顔を上げた。
そして、リーダーらしき人物が疲れたように言った。
「ああ、見たよ。さっき、あんたの言う通りの女の子が、そこの扉を壊して中に入って行ったよ」
「やっぱりか⁉︎ ……なに? おっさんたちは止める為に戦ったの?」
「いや、一目見ただけで相手にならないことはわかったよ。彼女が通り過ぎるのを腰を抜かして眺めていただけさ」
全く、情けないよな……守衛はそう呟いたが、彼女は天位の4番をも凌駕している。むしろ、何もしなかったのは賢明だったと思う。
にしても、強行突破とはらしくない。
確かにたわわちゃんは天位を目指していたが、彼女は決まりごとはきちんと守る、超絶いい子だ。普段の彼女なら、ちゃんと手順を守って許可を得る筈だ。
──やっぱり、いつものたわわちゃんじゃない。
一体、彼女に何があったのか? 今の俺には見当もつかないが、一つだけ、わかる事がある。今のたわわちゃんをほっといたらいけない。
だから、うん、一瞬たりとも迷わずに宣言した。
「予定とは全然違うけど……行くか、天空迷宮!」
「「「おーっ!!!」」」
「はい! タワワ様を追いましょう!」
俺の決意表明に、分身が拳を掲げて答えた。それはいいのだが、アストリアさんまで賛同したのはちょっと待て。
「いや、アストリアさんは駄目だから!」
「え⁉︎ なんでですか⁉︎」
「なんでもなにも、ここ天空迷宮だよ⁉︎ 死ぬから! 普通に!」
「タワワ様の為なら命の一つや二つ……」
「いやいや、駄目だって! アストリアさんが死んだら、たわわちゃんが泣くから!」
実際に涙を流すかはともかく、悲しむことは間違いないだろう。
これ以上、たわわちゃんを悲しませる訳にはいかない!
そんな思いを込めた必死の説得で、しぶしぶながら彼女は折れてくれた。
「分かりました。ヒビキさんにお任せします。絶対にタワワ様を連れて帰って来て下さい」
「任せろ!」
俺はアストリアさんに胸を張って答えた。
そして次にフルルに顔を向けると、やっぱりというか、凄く心配そうな顔をしている。
俺は、そんなフルルに安心させるように明るく言った。
「そんな顔しなくても大丈夫! あのサリエルが踏破できた道だ。俺に乗り越えられない筈がない」
「でも……隊長、さっき負けたじゃないですか?」
ぐさっとくるセリフを言ってくるフルル君。
「負けてねーし! ちょっと気を失っただけで負けてねーし! 今、再戦したら俺の圧勝だし!」
思わずムキになって言い返したが、落ち着く為に深呼吸を1回、冷静さを取り戻した。
「本当に大丈夫だ。俺を信じてくれ。たわわちゃんと一緒に天位になって戻ってくるから」
「…………はい」
やっぱり、心配そうな顔は直らなかったけど、それでも、しっかりと頷いてくれた。
そんなフルルを見て、改めて失敗できないと思う。まだ、フルルを奴隷から解放していない。
──絶対に生きて帰って来ないと……な。
そう決意しながら、俺は分身たちに準備を始めさせた。
サリエルとの戦いで、武具も紫煙花の秘薬も相当、消費したのだが、まだ使える奴を掻き集めて、分身たちに装備させていく。
俺自身、装備を身につけて、分身から秘薬を手渡された。
たとえ毒が回ったところで、まっさらな分身に乗り移れば、それで済むので躊躇なく飲み込んだ。
そんな時だ、守衛のリーダーが話しかけて来た。
「お前も、天空迷宮に入る気かよ?」
「はい!」
「ギルドの許可は?」
「ありません。まだ、試験を受けてないです。……だから、無許可で押し入ることになります」
俺が、守衛のおっさんの質問に正直に答えたら、凄く嫌な顔をされた。
「俺たちの存在意義を失くしてくれるな……」
「……すいません」
言葉の上では謝ったし、頭も下げたし、申し訳ないという気持ちもあるのだが、引く気はない。
そんな俺の決意を見てとったのか、おっさんはますます嫌そうな顔をしたのだが、
「わかったよ。行けよ」
と、道を空けてくれた。
「いいの?」
意外な返事を聞いて、思わず敬語が崩れた。
おっさんは分身たちを見回しながらしぶしぶ答えた。
「止めたって聞かねえんだろう? かといって、クラン殺しの蒼の軍勢を俺たちに止められる筈もねえ……」
ただし──おっさんはそう付け加えた。
「無罪放免って訳じゃないからな? 罰金もあるし、色々、制約も付く。めんどくさい、あれやこれが山盛りだからな? ……逃げんじゃねえぞ? あの嬢ちゃんと一緒に、ちゃんと帰って来て苦労しやがれよ?」
「はい! ありがとうございます!」
俺はおっさんの回りくどい応援に、至って素直に頭を下げた。ちょうど、その後に分身が言った。
「隊長! 準備できました!」
その言葉を待っていた。
「じゃあ、行くぞ!」
言うやいなや、先陣を切って白亜の塔へと駆け出し、2000人近い分身たちが後に続く。
建物の中に入り、その中心部にあるゲートに勢いよく飛び込むと、一瞬で景色が変わった。
「…………ここが天空迷宮」
ゲートを抜けたその先には、巨大な塔がそびえていた。
思わず上を見上げるが、天辺が見えない。果てのないバベルの塔。
「スカイツリーの何倍だこれ?」
あまりの巨大さに、一瞬、飲まれていたが、首を振って前を見据えた。観光しにきた訳じゃないのだ。
真っ直ぐに近づくと、塔の内部に入る3つの扉が見えたので、そこに行く。
巨大な扉は開かれていて、中に入れよ、と手招きしてる様にも見える。床を見ればそれぞれ『犬の道』『猫の道』『鳥の道』と書かれている。
「……どれを選べばいいのやら?」
俺は首を捻った。一応、ヒントらしきものはあるが、ざっくばらんすぎて、何の参考にもならない。
一応、これまでに8人の帰還者がいて、ある程度の資料も残されているのだが、挑むのはまだ先の事だと思って目を通してはいなかった。
わかっているのは、こうやって、3択を繰り返して進むというだけ。因みに、他の誰かが入っている道は扉が閉ざされるらしいので、たわわちゃんは既に、次の道まで進んでいるのだろう。
──俺なら、全部の道に偵察を送れるな。
真っ先にそう思った。
それぞれの道に分身を送り込んで、情報を収集した上で、自分に合った道を選択する。
たぶん、普通に挑んだならそうした。
でも、
「たわわちゃんに追いつかなきゃな……」
悩んでる時間がもったいない。だから、直感で『犬の道』を選ぶことにした。
入り口を抜けて大理石の様な階段を登っていく。
しばらく登ると、丸い闘技場が出現した。中央には、どデカイ体躯と3つの頭を持った犬が、グルルルルッ! と喉を鳴らしながら待ち構えている。
「最初はケルベロスか! まだ戦ったことはねえな!」
たわわちゃんを追いかけている、こんな状態でも少しだけ笑った。
俺はずっと、分身たちの先頭に立って戦いたかったんだ。
──今がその時だ!
右手に刻まれた紋章を起動させて、腰にぶら下げていた、彼女の剣を抜きながらケルベロスへ向けて駆け出した。
「全軍、行くぞ! 付いて来い!」
「「「おおおおおーーーっ!」」」
俺の後に分身たちが、群れをなして続いた。
そんな俺たちを迎えうつべく、地獄の番犬は、その3つの頭で炎をまき散らしたが、俺を含む最前列の分身がシールドを張りながら、突進を続けた。
最悪、前衛が焼けても、無傷の後衛をぶつける気だったが、何重にも重なったシールドは、地獄の業火と言われるそれを凌ぎ切った。
「っ! せい!」
「グルッアア!」
思いっきり振り抜いた一撃は、頭上からくるケルベロスの前足とぶつかった。
「ぐっ!」
紫煙花で強化された一撃だったが、相手の方が遥かに強靭だった。上から押し潰されて身動きが取れない上に、骨も何本か折れた。
完全に負けた。しかし、後続はたくさんいる。
「とりゃ!」「とりゃ! とりゃ!」「とりゃりゃりゃりゃ!」
俺の後ろにいた分身たちが、剣を振ったり、槍を突いたり……無秩序な攻撃だったが手数が違う。
百を超える連撃の前に、ケルベロスはなす術もなく沈んだ。
「ははっ……どんなもんだ……」
俺は、寝っ転がりながらも笑った。ケルベロスは決して弱い敵ではない。上級冒険者がしっかりとパーティーを組んで相手をする敵だが、今の軍勢の敵じゃない。初手で完勝だ。
とまあ、最初は勝ち誇っていたんだけど、骨が折れた時は、折れた瞬間よりも一拍置いた方が遥かに痛い。
思いっきり激痛がやってきて俺は悶えた。
「隊長、魂の転移!」
分身たちにそう促され、やっとの思いでスキルを起動させ、近くにいた分身へと引っ越した。同時に、今までの俺の体がふっと消える。
痛みの原因は無くなった事で、ほっと胸を撫で下ろしながら呟いた。
「無限術師は前に出るもんじゃねえな……」
今がその時だ! とか意気込んだけど、分身と違って痛覚を無視して動くまねは出来ないし、たわわちゃんと違って剣を振りながら魔法を使える訳でもない。
もう止めよう。大人しく後衛に徹しよう。
ケルベロスを倒した事で道も空いた。
「よし! お前ら行け!」
前衛に命じながら、こっちの方が性に合ってる、そう思った。




