126 放浪の魔王、その7です。
黒い巨人の振り下ろした拳が、大地を揺らした。
紙一重のところで、巨人の豪腕をかわしたタワワだが、直ぐに次の腕が振られた。それも紙一重でかわす。
それでも、懲りもせずに拳を振るう巨人。単純で単調だが、侮る気には到底なれない。
攻撃の隙間を狙って魔法を放った。
「ライトニングファング!」
雷が獣を形作り、巨人の頭に飛びかかった。まるで喰い千切る様な荒々しい攻撃が特徴のそれは、タワワの使える魔法の中でも単発では最上級の威力があり、巨人の顔に大きく傷を刻んだが、その傷もすぐさま復元して行く。
──精霊の力で出来ている。自律思考もない。一撃でも攻撃をくらえば致命傷になりうる。
短い間に、巨人の能力、性質を的確に把握していくタワワだが、現状は防戦一方だった。
「くっ!」
巨人の腕がタワワを捕らえようと伸びてきた。まるで、大蛇のように襲いかかってくるが、横にかわした。更にもう一本の腕が迫ってきたが、それも上に跳んでかわして、そのまま飛び乗った腕の上を駆けた。
手首から肘、肘から肩へ。そしてたどり着いた首筋に刃を滑らせた。
「はっ!」
全身の力を集約したその一撃は、太い巨人の頭と胴体を切り離した。
頭を失った巨人は、一瞬、動きを止めた。──が、切り離された頭が黒い霧に代わり、再び、あるべき所へと戻っていく。
さほど、時間もかけずに頭を取り戻した巨人は、再び、タワワを捕まえようと動き出した。
タワワもまた、肩から背中へ抜けて、地面に戻ると大きく距離をとった。
──巨人への攻撃は無意味。
──なら、やはり、あの男本人を狙うしかないけど……。
6本の腕の内、下に付いている2本は、サリエルを守る門番の様にサリエルの隣に陣取っている。あれをかわすのは難しい。
それでもタワワなら、一撃、二撃くらいなら当てられるだろうが、それでは精霊石の防御を破れない。
突破口が見つからないままに、更に追い詰められていく。
「〜〜〜〜〜〜!」
巨人が声無き咆哮を上げながらタワワに向けて拳を振り下ろした。
「ふっ!」
と、ひらりかわした。巨人の、その大袈裟な動作から動きの先読みをすることは容易だった。
しかし、
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜‼︎」
止まることのない猛攻が降り注いだ。
ドスン! と地面に拳が打ち付けられる度に、地面が揺れ、埃が舞う。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜‼︎」
押し寄せる巨人の拳の連打は、まるで津波だ。
合間を縫って回避し続けるタワワだが、その先読みを持ってしても、絶望的なまでのリーチの差は大きい。時折、縮地を使った高速移動で避けざるを得なかった。
「くっ!」
縮地は体力を使う。一回、二回でどうにかなるような柔な鍛え方はしていないが、このまま防戦一方では、いづれ体力が尽きるだろう。
──なら!
怒涛の攻撃の隙間を縫う様に、タワワはサリエルに向けてライトニングスピアを放った。
雷属性の魔法の中でも初級のそれは、一番威力が低いが、それ故に最速で発動出来る上に、攻撃スピードは雷の速度だ。容易く巨人の腕を掻い潜って、サリエルに直撃した。
無論、精霊石の防御を突き破れる筈もないが、本命はライトニングスピアを放つと同時に、自分の体を半分、精霊へと変化させ、ライトニングスピアに乗っかることで、瞬間移動の様に間合いを詰めたタワワ本人による一撃だ。
唐突な奇襲に驚くサリエルの肩を左手で掴んで、雷を流した。
「雷の集い」
たった今、上級雷撃魔法をアレンジして作った技だ。手の平から放たれた雷は、サリエルの精霊石の力場に弾かれるが、そのまま拡散せずに再びタワワの手の平へと舞い戻っていく。
パチパチと空気が焼ける音が二人の間で響き渡った。
「〜〜〜〜〜〜‼︎」
主人の危機に、巨人の手が動いたが、タワワも剣を握る右手を振り回した。
天剣が迫り来る腕を2本切り飛ばした。言い換えるなら、そこまでが限界だった。残された腕が迫って来たので、肩を掴んでいた手を放して、地面に打ち付けた。
雷が地表を伝い、それに乗る事で、再び距離を取った。
はあはあと、肩で息をした。もはや、呼吸の乱れを隠せない。
そんなタワワにサリエルがお褒めの言葉を投げかけてきた。
「精霊の扱いまでその精度とは、本当に見事だよ」
「…………」
敵対する自分に対しての上から目線は本当に気に障ったが、無言を通した。今は一秒でも早く態勢を整えるべきだ。
「だけど、君も精霊を扱うなら分かるだろう? 私と君とでは扱える量が違う。子猫が虎に立ち向かう様なものだ」
「…………」
今度の沈黙は、反論できないが故だった。
タワワは、これまでの戦いでサリエルの力量はほぼ掴んでいる。
相手は天位の4番だが、はっきり言って、ほとんどの分野においてタワワが勝る。
サリエルに接近戦の心得はない。典型的な魔導師だ。
タワワが巨人の攻撃を掻い潜れているのも、巨人を操っているサリエルが、格闘戦においてはてんで素人だからだ。
魔法戦も構築速度、精度、使い方、全ての面でタワワが上回っている。
だが、精霊使いとしては、相手が遥かに上回っている。
闇の精霊との共感力が常軌を逸している。
雷の精霊の協力を得られずに、軒先きを少し無断で使っている様なタワワでは到底、渡り合うことは出来ない。
『助けてあげよっか? 名前を呼んでくれる?』
幻聴が聞こえた気がした。けれど、
「いらない」
即座に断った。それは破滅しか生まれない選択だ。
そんな選択を選ぶくらいなら他の選択を選ぶべき。例えどれだけ勝算が低くとも希望が全く無いわけでは無い。
「次が最後」
そう決めた。このままズルズルと長期戦を続けたら確実に負ける。なら、余力が残っている内に勝負に行く。
──巨人の腕を掻い潜り、精霊石の防御を打ち破る。
意思を固めて、サリエルを見据えたタワワに、サリエルの方も口を閉じた。隠す気もない戦意が、タワワが勝負に出る事を伝えていた。
タワワとサリエル、そして影の巨人の動きが止まった。
まるで嵐の前の静寂さだ。
そして、その一時の静寂は、突如、第三者によって破られた。
「コチラは治安維持部隊である! 双方、直ちに武器を手放して戦いを止めろ!」
二人は同時にそちらを見た。
すると其処には、およそ50人からなる武装集団が隊列を組んでいた。一見して練度も高そうだ。
彼らの隊長格が怒鳴りながら告げた。
「街中での、決闘行為は周囲への被害を与える明確な法律違法である! これ以上続けるなら、罪人として処罰する! わかったら、双方、矛を収めて神妙にしろ!」
「………………」
ごく、真っ当な理屈を突きつけられて、タワワは困った。
自分の今の行為が決闘罪に当たる事に今更ながら気付いたのだ。
決闘罪とは文字通り、冒険者の街中での戦いを禁止する法律だ。
主に流れ弾を受ける市民を出さない為の法律だが、裏を返せば市民や建物に危害を加え無ければ、ほぼ見過ごされる法律だ。
なんせ冒険者は血の気の多い人間が多い。喧嘩なんて、そこら中で起きている。
もし、真面目に取り締まれば罰金で金の塔が立つと言われる位だ。
タワワ自身、言い寄ってくるしつこい男を返り討ちにした事なんて何回もある。因みに、警邏の目の前で返り討ちにした事もあるのだが、その時は口笛を吹かれただけで終わった。
だが、路地裏の喧嘩ならともかく、こんな巨人が現れる程の戦いは、見過ごせる範囲を遥かに超えているのだろう。
ここは、カテュハの屋敷だった場所で街中では無い。という言い訳も流石に通用するとは思えない。
「うっ……」
サリエルへの矛を収める気には到底なれず、さりとて、警邏の勧告を頭から無視することも出来ない。そんな、一種の板挟みにタワワは硬直した。
一方でサリエルは、一瞬の迷いもなかった。
「悪いが、今、大事な所なんだ……消えろ」
その言葉と共に、巨人の頭が治安部隊の方を向いて大口を開けた。
喉の奥に薄暗い炎の塊が見てとれた。
──嘘でしょう⁉︎
タワワはサリエルがやろうとしている事を悟って愕然とした。
ありえない。何の関係もない人たちなのだ。だが、巨人は止まらない。
「くっ!」
漆黒の炎が吐き出されるのと、タワワが縮地を使うのは、ほぼ同時だった。
「うわああああっ! 守護のヴェールを!」
霹靂とも言える巨人の業火に、部隊長が慌てて指示を出したが、間に合いそうにない。このままでは、部隊ごと丸焼きだろう。
タワワはそんな彼らの前に立ち、剣を垂直に構えた。
「天剣!」
真っ直ぐに振り下ろされた軌跡をなぞるような光の刃が、目前まで迫り来る炎を、そして炎の向こうの巨人の頭を二つに裂いた。
が、
「きっと、君ならそうすると思っていたよ」
サリエルが新たに生み出した黒鳥どもがタワワを捉えた。鳥と触れた場所から急激に力が抜けていく。
「うっ!」
やられた。今の攻撃はタワワが防ぐと見越しての一撃だったのだろう。まんまと釣り出されてしまった。
そして動きが止まったタワワは、迫り来る巨人の腕をかわせなかった。ガシッと掴まれて宙に浮き、手離してしまった剣がカランと音を立てた。
「どうやら、今度は上手く行きそうだ」
サリエルは満足げに頷いた。前の時……つまり天位の3番ミディナスとの戦いでは、今と似たような状況になり、彼女は無関係な他人を庇って死んだ。サリエルにとっても不本意な結末だった。
だが、その時の経験が今、こうして生きている。
「人は失敗から学んでいくのだな……」
サリエルは感慨深く、笑みを浮かべた。
一方でタワワは、巨人の手の中から脱出しようともがいていたが、その太い指は鋼鉄の様に揺るがす、更に闇で作られているが故に枯渇の能力も兼ね備えていた。常に体力を削られている中では高位の魔法や身体の精霊化といった繊細な技術も使えない。拘束系や支配系のスキルではなく、物理的な枷では天の導きも無意味だ。成すすべがない。
──負けた……。
そう認めざるをえなかった。
「さて、決着がついたのだから、おとなしく私に従ってくれるかい?」
「いや。例え何をされても私は従わない」
最早、睨み付けることしか出来なかったが、それでも気丈に返すタワワに、サリエルはさもありなんと頷いた。
「だろうね。君はそう言うだろうと思っていたよ。ミディナスに似ているからね」
「私は私。ミディナスじゃない」
タワワがそう言ったが、サリエルは聞いていなかった。
「彼女が死んでしまったあの時から、どうすれば良かったのかずっと考えていたんだ。きっと君も彼女の様に本人を責めた所で屈しないのだろうね」
「どういう意味?」
「それは、こういう意味さ」
その言葉と共に、タワワは巨人により大きく掲げられた。一瞬、そのまま上から地面に叩きつけるのかと疑ったが違った。
「打てえええっ!」
サリエルに向けて、サリエルを敵とみなした治安維持部隊の放った大規模魔法が殺到した。
サリエルの周囲一帯が燃え上がった。どうやら、タワワを巻き込まない様に避難させた様だ。
治安維持部隊の練度はかなりのもので攻撃範囲をかなり絞っている。掲げられる前の位置でもタワワは巻き込まれなかっただろうが、それは結果論だ。
彼らがヘボだった時の為に避難させたのだろうし……タワワを気にかける位には余裕がある。
燃え盛る炎の中をサリエルは悠々と歩きながら脱出した。その顔に危機感はない。
今程度の攻撃では精霊石の防御が破られることはないと悟っているのだ。
そして、必殺の一撃が効かず動揺している治安維持部隊の面々に向けて黒鳥の群れを放った。
カテュハやタワワには軽々と避けられたが、普通、上空からこのスピードと数で仕掛ければ、それだけで終わる。
彼らも次々と黒鳥の餌食となっていった。まずは、動きの鈍い後衛職が、次いで重装備の前衛職が、最後に武闘家やシーフなどの軽装備の前衛職が残ったが、それも四方八方からの攻撃に対処しきれず一人一人と数を減らしていった。結局、1分もしない内に全員が倒れ伏した。
それを見届けたサリエルは、タワワを掴んでいる腕とは別の腕を振りかざした。照準は倒れ伏した面々だ。
「待って!」
タワワが声を張り上げた。それと同時に巨人も動きを止めて、サリエルがタワワを見上げた。
「なんだい?」
「もう、決着はついている! あの人たちは、貴方にとって何の脅威にもならない! 殺す必要なんてどこにもないでしょう⁉︎」
彼らの助命を嘆願するタワワに、サリエルは笑みを、タワワには悪魔よりも禍々しく見える笑みを浮かべて言った。
「意味ならあるさ。タワワ=リンゴレッド。君が私の物にならないなら彼らを殺す。彼らだけじゃない。次は何の関係もない一般人を、その次は更に多くの人々を殺していく。君が頷くまで、ずっとだ」
「………………」
タワワは絶句した。元から理解出来ない男だったが、今のセリフは極めつきだ。なぜ、そんな事をあっさりと言えるのか?
戦う前に、ミディナスを殺してしまった事を後悔していると言っていた。次は上手くやってみせるとも。
──後悔して、悩んで、それで出た答えがコレなの?
わからない。タワワには、この男を理解する事は不可能だ。
「私を従わせたいなら、私を苦しめればいいでしょう? 何で無関係の人を害そうとするの?」
「それが一番、君には応えるだろう。──それで、どうする? 私のモノになってくれるかい? 嫌なら、手始めに彼らを殺していくけど?」
サリエルの問いかけに何も返せずに沈黙した。
これまで、どんな危機が迫っても、常に冷静沈着に状況を見据えて行動してきたタワワだが、今回だけはそう出来なかった。
この男のモノになるなんて死んでも嫌だ。──今すぐにでも、そう叫びたい。だが、それをしたら、この男は本当に、タワワが頷くまで殺していくだろう。
「……っ!」
タワワの頬を一筋の涙が流れた。
物心がついた頃から初めての事かもしれない。
リンゴレッドに生まれ、拷問まがいの訓練が日常だった時も、迷宮都市に来て、騙されて奴隷になった時も泣かなかったタワワだが、今だけは感情を抑えられない。
そんなタワワの涙を見てもサリエルは動じない。容赦なく続けた。
「そろそろ決めたまえ……それとも、死体の一つや二つ、見なければ踏ん切りがつかないのかな?」
本当に影の巨人が動き出そうとしたので、タワワは弱々しい声音で告げた。
「止めて……」
──貴方のモノになる。
そう言おうとしたその瞬間、何もない虚空から人がバラバラと降って来た。青い武具を纏った、よく見慣れたシルエットだ。
「ヒビキ?」
「死にやがれ! このクソ野郎が!」
サリエルの近くに着地したヒビキの分身が、サリエル目掛けて剣をぶん回した。
ガチッと精霊石に阻まれはしたが、構わずガンガンと叩きつけた。剣というより棍棒の様だ。
3回、4回と叩き続けたが、サリエルが片手を上げて、闇の波動で分身を吹き飛ばした。
「ええと……」
吹き飛ばしたはいいが、次から次へと降って来る、おかしな存在に理解が追いつかない。
そして、
「発破!」
その掛け声と共に、影の巨人に張り付いていた人影が爆発した。
ボワッと巨人の至るところが爆風でえぐれた。中でも、タワワを捉えていた腕の肩口での爆発は、何人も固まっていただけあって威力が高く、腕が盛大に吹っ飛んだ。手の中のタワワごと。
ひゅるるるる。と、放物線を描く腕の中で、身動きの取れないタワワは、咄嗟になけなしの闘気で肉体強度を高めて自由落下の衝撃に耐えた。
「ごめん! 荒っぽかった! 大丈夫⁉︎」
地面に転がった腕に、血相を変えて詰め寄ってくる分身に、少しむせながら答えた。
「だ……大丈夫。……それより、どうしてここに?」
見回せば、虚空からだけではなく、四方からカテュハの家の廃墟を取り囲むように踊り出て来ている。
彼らを見る限り、完全な戦闘態勢だ。少なくとも、いつもの様に、タワワを遊びに誘いに来た訳ではないだろう。
タワワの質問に、分身の1人が答えた。
「アストリアさんが、姫様のピンチだって血相変えてやって来たんだ」
「そう……彼女が……」
カテュハを病院に連れて行った後、ヒビキの屋敷へ助けを呼びに行ったのだろう。どうやら返しきれない恩が出来た様だ。彼女とのはじまりはおかしな出会い方だったが、今は素直に感謝した。
「あれ? これ、どうやって解けばばいいんだ?」
分身がタワワを巨人の手から解放しようとしたが、ちぎれながらもガッチリと固まっていて。まるでコンクリートで固められている様だ。
容易にはほどけそうにない。
「無理にやると怪我させちゃうしな……なら、あっちが先か」
そう言ってサリエルを見る分身に釣られて、タワワもそちらに視線を向けた。
そちらでは、わらわらと集まったヒビキの軍勢がサリエルを包囲していた。
だが、サリエルに怯えはなく、せっかくいい所で邪魔が入った煩わしさを隠しもせずに尋ねた。
「なんだい、君らは?」
その質問に1人が代表する様に答えた。
「俺たちは蒼の軍勢。……あの娘の味方でお前の敵だ」
わずか5秒の端的な言葉には、されど、彼女を泣かせた事に対する怒りがまざまざと込められていた。




