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122 放浪の魔王、その3です。

 タワワ=リンゴレッドが街を歩いていたら、唐突に、


「君には私の恋人になって貰いたい。駄目かな?」


 と、見知らぬ男に問われた。

 流石に驚いた。

 この迷宮都市に来てから、口説かれた事は多々ある。

 時には、名前すら知らぬ男に口説かれた事も、まあ、何度かはある。

 だが、隣に恋人らしき女性を連れていながら口説いてくる男は始めてだった。

 声をかけて来た男は大変な美男子だったが、むしろ、隣の踊り子に意識が行ってしまう。

 踊り子は呆然として、この反応を見るに、やはり恋人か、それに近しいあいだ柄に思える。

 少なくとも只の知人であるとか、実は似ていない兄妹などという線はなさそうなのだが……。

 タワワが踊り子をまじまじと見つめていると、男が更に言葉を重ねた。


「見たところ、君は奴隷の様だけど、私の恋人になってくれれば解放してあげるよ。それに今後の生活だって全て、私が保証しよう」


 その言葉といつくしむ目が気に障った。

 直感で悟った。この男はタワワの事を、捨て猫が思いのほか、愛らしかったから家で飼おう。ぐらいにしか思ってない。そして、その事を隠そうともしていない。

 根拠は何もないが、確信した。


 ──なんで、こんなに、誠意のない告白が出来るんだろう?


 いっそ、不思議ですらあったが、まあ、どうであれタワワの答えは決まっている。


「貴方の恋人になる気はない。ごめんなさい」


 そう答えて、頭を下げた。

 できる事なら、そのまま、さよならしたかったのだが、男は引かなかった。


「それは、君が奴隷で自由がないからかな?」

「違う。私は貴方のことが好きではないし、好きになるとも思えない。やるべきこともあるし、それに……」


 そこで、続く言葉が少し気恥ずかしくて、一旦、言葉が途切れた。

 一呼吸置いて、続きを続けた。


「……それに、私には好きな人もいる。だから、他の誰とも付き合うつもりはない」

「ふむ……」


 タワワは、短くとも、これ以上ない程に男を拒絶したのだが、男は諦める様子がなかった。

 更に何か口にしようとした所で、


「ちょっと! 人を口説いておきながら、どういうつもり⁉︎」


 今まで、呆然としていた踊り子が、激昂して、男に掴みかかった。

 そして、やっぱりというか恋人らしい。

 それなのに、男は踊り子に迷惑そうな顔を浮かべて言った。


「すまない。この娘の方が美人だし、好みなんだ。悪いけど、君とはここでさよならでいいかな?」

「はあ⁉︎ ふざけんじゃないわよ!」


 踊り子はより激昂したが当たり前だ。とはいえ、彼女は踊り子であって、強くはない。完全に素人だ。

 逆に男は、挙動や雰囲気から察するにおそらくだが、かなりの強者だ。


 ──もし争いになったら彼女を守らないと。


 余計なお世話。という言葉を脳裏に浮かべつつも、そう考えたタワワだが、


「こっちは、あんたの所為で、奴隷を何人も失ってんの! それを悪いの一言で済ませるんじゃないわよ!」


 険しい顔をした踊り子は臆面もなく言い放った。


 ──うん?

 

 つい首を傾げた。

 何かがおかしい……そう感じて気付いた。

 この踊り子は、タワワの事を一切、見ていない。

 よく考えると、これはかなりおかしい。

 普通、タワワの事をもっと敵視するのではないのか?

 これまでタワワに熱を入れる男のとりまきが、タワワを敵視することは多々あった。

 今も、少し離れた所からタワワを眺めているアストリアも、元はといえば、憧れの男性がタワワを口説いたという理由で決闘を挑んできたのだ。

 この踊り子だって、タワワを敵視して、文句の一つも付けるのが普通だろうに、一向にその様子もない。

 別に好きこのんで、罵られたい訳ではないが、腑に落ちない。

 一体、この2人はどういう関係なんだろうと、訝しむ間にも、2人の話は続いた。


「その事は悪いと思っているよ。……そうだ、何なら今から、彼らの元へ戻ったらどうかな?」

「もちろん、戻るわよ! でも、あんたの所為で、あいつらは、これまでの様には貢いでくれないの! わかる⁉︎ あんたの所為よ⁉︎」

「ふむ……では、どうすればいいのかな?」

「決まっているでしょう? その分、金を出しなさい」


 そのセリフを聞いたタワワが、


「ええええっ⁉︎」


 と、横槍を入れてしまったことは、誰にも責められない筈だ。

 そんなタワワに、踊り子は、鋭い流し目で一瞥をくれたが、すぐさま興味を無くして、男に向き直った。


「あなたが、悪いと思っている分のお金を私が貰い、恨みつらみなしで、別れましょう」


 その提案に、タワワは、もう、なんか、呆れることしか出来なかった。


 ──凄い……強い……。


 タワワの基準では、武力を持たない一般人ではあるが、そんな単純なモノサシでは測れない、別ベクトルの強さだった。

 さっきは、争いになったら止めないと。と思ったが、多分、本当に余計な御世話だ。

 そして、二人の話し合い? が始まった。


「ふむ……さっき、プレゼントした宝石では駄目かい?」

「全然、足りないわ。完全に赤字よ。あと二つくらいくれないかしら?」

「……欲張りすぎではないかい?」

「全然。あんたが、私へ与えた不利益を金額に換算すると、それくらいになるわ。大体、あんたにとっちゃ、大した金額でもないでしょう?」

「いや、流石に大した金額では無いとは言えないよ?」

「なら尚更、支払うことで誠意を見せなさいよ」

 

 恋人同士の会話にしてはあまりにもアレな会話をしている二人を眺めていたタワワだが、しばらくして、


 ──帰ろう。


 そう思い、さほど間を置かずに実行した。

 ……。

 ……。


 結局、先ほどの宝石をもう一つ買える程の白金金貨を彼女に渡すことで、面倒な言い争いは幕引きとなった。


「やれやれ、中々にしたたかだったな」


 宝石を受け取った踊り子は、もう用はないとばかりに身を翻してスタスタと歩き去った。おそらくは彼女が言った通り店に戻るのだろうが、もう興味はない。


「さて、待たせたね?」


 そうサリエルが振り向くと、そこに意中の少女はいなかった。


「あれ?」


 辺りをキョロキョロと見回したが、影も形もなかった。


「逃げられたか……」


 余計な事に気をとられすぎてしまった。今更、後悔しても遅い。


「さて、どうしようか」


 そう呟いたサリエルだが、このどうしようか? は、どうやって捜し出そうか? という意味であり、あの少女を諦めるつもりはさらさらない。

 若干の思案の後、方針を決めた。


「明日にでも、適当にギルドを当たってみるか……」


 彼女の出で立ちは明らかな冒険者であったし、あれだけの美貌だ、噂の一つや二つなど簡単に捕まえられるだろう。

 因みに、少女からきっぱりと拒絶された事は特に気にしていない。

 なんせ、彼女は奴隷なのだ。彼女の飼い主から買い取ればそれで済む話だ。


「しょうがないから、今日は一人で寝るとするか」


 そう愚痴りながら、サリエルは宿へ戻っていった。

 ……。

 ……。


 翌日、サリエルはとある屋敷の前にいた。


「よりにもよって、ここかあ……」


 昨日の少女を見つけ出すのは簡単だった。ギルドで彼女の特徴を伝えれて尋ねれば、本当にすぐだった。

 予想通りといえば予想通りだったのだが、予想外の事もあった。

 くだんの少女、タワワ=リンゴレッドの飼い主が、サリエルの知り合いだったからだ。


「うーん……カテュハは大人しく譲ってくれるかな?」


 よくわからなかった。そもそも、知り合いといっても、最後に顔を合わせたのは2、30年も前の話だ。

 とはいえ、カテュハは馬鹿ではなかった筈だ。


「なんとかなるだろう」


 と、楽観的に屋敷の門を潜りぬけた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ──最悪だ。


 カテュハ=サワカーラは胸の中で毒づいた。そんなカテュハの苦悩など知らぬ存ぜぬといった顔で、古い知り合いは、いたって率直に自分の要求を告げてくる。


「そんな訳だから、あの子を私に譲ってくれないかな?」

「あー……いや……ちょっと待てや……」


 カテュハは曖昧な言葉でその場を濁しながら、うまい解決策を探しているが、何処をどう探しても見つからなかった。


 ──最悪だ。


 カテュハは再び毒づいた。

 これまでにもタワワを買い取りたいという男はいたが、タワワが嫌がった為、断った。

 今回とて、あの無限術師君と初恋真っ最中のタワワは嫌がるだろう。タワワは今現在お出かけ中だが、相談するまでもない。ならカテュハの答えもNOだ。

 だが、それで、この男が引き下がる筈がないこともわかっている。

 サリエル=ダーウィン。魔王と呼ばれる男は、一見穏やかに見えて、その実、他人の考えや意思を鑑みることが無い、極めて傲慢な暴君なのだから。

 穏便に帰らせる方法など無い。

 それでも、ここは譲れない。

 一縷の希望をこめて、カテュハは交渉を始めた。

 まずは使用人に言って、特別なワインを持ってくる様に申しつけた。

 使用人は目を瞠ったが、何も言わずにワインを持ってきた。

 別に毒など入っている訳でもない。

 ワイン自体は希少価値はあるが、ごくごく普通のワインだ。

 ただ、それを注文する時は荒事になるかもしれないから避難してくれと事前に言い含めてある。

 もうしばらくすれば、この屋敷は無人となるだろう。


 ──できることなら、無駄な準備になって欲しいんだが……。


 そう願いつつ、カテュハは切り出した。


「止めとけよ。うちのタワワは確かにかわいいが、まだガキだろう。サリエル、あんたが手を出すには若すぎないか?」

「確かに、そうも思うが……でも、まあ、たまには構わないだろう」


 サリエルは更に続けた。


「なあ、カテュハ、金なら幾らも出すよ。決して君に損はさせないよ?」

「金の問題じゃねえよ」

「では、どういう問題だい?」

「あいつは、私の身内なんだ。今は、色々とあって奴隷にしてるが、そろそろ解放する予定だ」


 嘘ではなかった。タワワが稼いできた金額は、かなりの物だ。少なくとも、タワワを買った100万ゼニーなど、比較にもならない。

 それに、タワワは天位の座に到るという確信は今も変わらない。なら、奴隷のまま天位になるのは、いささかみっともない。タワワが天空迷宮に挑む前に解放するつもりだ。

 なにより、今のタワワは普通に女の子してる。友達もいるし恋もしてる。それをリンゴレッドの価値観で切り捨てることもない。ちゃんと大事にしている。

 なら、もうカテュハが主人として、あれこれ指示を出さなくても、あいつはやっていける。


「私は、あいつに普通の青春を謳歌して欲しいんだよ。だから、サリエル。いい大人が余計な横やりを入れないでくれ」


 本気で頼み込んだカテュハだが、


「そうは言っても、私はあの子が気にいったんだから仕方ないだろう」


 サリエルは微塵も変わらなかった。ただ、自分の要求だけをカテュハに突きつけてくる。


 ──くそが!


 こいつは、初めて会った時から本当に変わらない。外見だけならカテュハの好みも好みなのだが、一向に好きになれない。


「なあ、君が私の要求を飲もうと拒もうと、結局のところ結果は同じだろう? なら、素直に呑んでくれた方がお互いの為じゃないか?」

「ざけんな……私が拒んだら殺して、あいつを奪うつもりか?」


 奴隷の主人が死んだら、奴隷は奴隷商の預かりだ。そうしておいて、改めてタワワを買い取る。

 普通なら、そんな真似は出来ない。出来る筈がない。だが、サリエルはあらゆる無法を通すだけの力がある。

 やってもおかしくないとカテュハは疑ったが、サリエルはめんどくさそうに否定した。


「そんな真似はしないさ。というより必要ない。君も私のスキル『隷属の鎖』を知っているだろう? このまま、聞き分けてはくれないなら、鎖で操って、あの子への命令権を譲ってもらうだけのことだ」

「この……クズ野郎が! そんなだから、惚れた女に拒絶されたんだろ⁉︎」

「………………」


 カテュハの精一杯の嫌味でも、サリエルの表情は変わらなかった。只、その雰囲気に少しだけ剣呑な気配が混じった。


「それで? あの子を譲ってくれるのか? 譲ってくれないのか? どちらなんだい?」

「最初から言ってんだろ。駄目に決まってる」


 カテュハの返事を聞いたサリエルは、めんどくさそうにため息をついた。


「はあ……君は、もっと賢いと思っていたんだけどな……私には理解出来ないよ」

「そうだろうよ。あんたにゃ一生理解出来んさ……」

「全くだ。別に一生こき使うつもりなんてないんだよ? 一時の事じゃないか? あの子に飽きたら、ちゃんと奴隷から解放して──」

 

 自由にするつもりだよ? と伝えるつもりだったが、カテュハに胴体を蹴られて言えなかった。

 蹴りの衝撃が大気を震わせた。

 サリエルは、椅子から転げ落ちた……どころか背後の壁に激突し、その漆喰で出来た壁も紙きれのように突き破り、庭の木々を何本かへし折った所で、ようやく止まった。

 一撃で、自分の屋敷の部屋をぼろぼろにしたカテュハは、サリエルの開けた穴から外に出た。


「あいつは、てめえのおもちゃじゃねーんだよ!」


 心の底から激昂したカテュハの言葉だったが、サリエルは特に感銘を受けることもなく聞き流した。

 ゆっくりと立ち上がって、服に付いた埃を払った。


「わからないな……」


 サリエルとカテュハの力の差は歴然としている。どう足掻いても、勝てないことは分かりきっているのに、なぜサリエルに噛み付いてくるのか?

 本当に不思議だったが、すぐに切り替えた。これまでのサリエルの長い人生の中で、そういう頭の悪い奴は何人もいた。カテュハも頭の悪い奴らの一人だった。それだけの事だ。


「しょうがない。始めようか、ナラク」


 常に自分の傍らに存在している闇の精霊に呼びかけると、呼応するように、サリエルの周囲に漆黒の闇が湧き出していった。


 サリエル=ダーウィン。カテュハ=サワカーラ。一人の少女の運命を賭けて、天位同士の戦いが幕を上げた。







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