120 放浪する魔王です。
とある日の昼下がり、とある公共施設の片隅でヒビキはモップを片手に建物の汚れと悪戦苦闘していた。
「あーー、やっとノルマが終わるー」
ナナルーと博士のドラゴンパニックから約一月。領主の息子のアーレストから、世を騒がせた罰として、週一での掃除を命じられてた。
因みに、根本的な原因であるナナルーとグレイス博士は半年以上は週一の清掃を命じられている。
そんな訳で、俺は週一で掃除をする羽目になったのだが、
「分身禁止とか、酷すぎだろ? それが無限術師のたった一つの長所なのに……」
ぶっちゃけると、アーレストから罰として掃除しろと言われた時は、分身にやらせればいいと二つ返事で承諾した。
だが、その後で、
「これは罰なのだから、分身は使わずヒビキ自身でやるように」
と、言われてしまい。渋々従っている。相手が一枚上手だった。
実のところ、俺と分身の外見は見分けがつかないので、誤魔化そうと思えば誤魔化せるのだろうけど、まあ、約束を軽々しく破る気にはなれない。
「あと少し、これで最後だ」
そう自分を励ましつつ、最後の部屋を掃除し始めた俺だが、ふと窓の外を見ると、特徴的な塔が見えた。
つい、手を止めてバルコニーに出て、3階の高さから、その塔を眺めた。
外観は白い漆喰で固められた簡素な造りで、塔の先端が今の俺の目線の高さと同じ位だから、あまり高い建物でもない。そしてたった一つの入り口を、2人の衛兵が見張り役として、子供や無鉄砲な冒険者が入り込まないように見張っている。
天空迷宮への入り口であるゲートを、簡単に入れないように、まるまると覆った、通称『白亜の塔』
中のゲートは、他のゲートと同じサイズだと聞いているが、いつでも返ってこれる他のゲートとは違って、一度入ったら、天位になるか、それとも死ぬかの2択しかない。
「もう少し……もう少しだからな……待ってろよ!」
俺は、挑むような口調でそう言った。
現在の俺のレベルは59。記録によると歴代の天位は60代の後半から70代の前半で天空迷宮への挑んでいるので、俺もレベル70になったら挑もうと思ってる。
因みに低いレベルで挑もうとは、微塵も思ってはいない。今の俺は沢山の分身を従えているし、火龍すら倒せるのだが、俺本人は弱いという弱点はあるし、天空迷宮に挑む時にフルルのサポートを受けられない。
──慎重なくらいで丁度いい。そう思っている。
それから、とりあえず掃除に戻ろうとした時、自分のレベルが上がった感覚を感じた。
実は、俺は掃除をしているが、フルルと分身たちには、無理しない範囲で狩りを頼んであった。
「おう……フルルたち、頑張ってるんだな」
帰り際、なんかお土産でも買って帰ろうかなと思いながら、ステータスを開いた。
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ヒビキ=ルマトール
無限術師Level 60
闘気 0
魔力 2250
スキル スキル 分身召喚×60 分身召喚数倍化×5 (最大召喚数1920) 代行権
選択スキル
分身召喚数倍化
魂の転移
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「……………………まじか?」
俺は、選択スキルの欄をみて絶句した。
分身召喚数倍化は、もはやいつも通りと言えるが、もう一方、魂の転移。
超が3つ付くほどの希少なレアスキル。
かつて、世界を騒がせた天位の5番、その代名詞とも呼ばれるスキルが載っていた。
……。
……。
罰掃除が終わり、俺は解放された。ぶらぶらと街を歩きながら、つかの間の解放感に包まれていた。
「あー、終わった、終わった! お勤め、ご苦労様でした!」
だが、つかの間の解放感も、すぐに霧散した。それ以上に頭が痛かった。
選択スキルを見てからずっとだ。
実は最後の部屋の掃除も、集中出来ずにしくじりまくって、倍以上の時間がかかってしまった。
その理由はもちろん、
「魂の転移ねえ……どうしよっかな?」
貨幣創造や大将の力といった未知のスキルと違って、どんなスキルであるか、その詳細は判明している。
かつて、その使い手が1人だけいた。
天位の5番、『人形師団』マリオロス=カトブレア。
マリオロスは造物師と呼ばれる、無限術師と同じ特殊希少職についた男だ。
造物師は物質の加工や精製、創造に特化していて、時に歴史に名を残す鍛冶屋が生まれたりするのだが、戦闘には全く向かないジョブでもある。
そんな造物師の中で、1人だけ明後日の方向に突っ走った男がマリオロスだ。
彼は人形を作るのが大好きだったらしい。
それこそ、三度の飯より人形が好きなくらいで、かわいい人形、強そうな人形、モンスターを模した人形、自らの考えた最高につよくてかっこいい人形、とにかく多種多様な人形を作って作って作りまくったそうだ。
彼は一種の変人だったが、創作だけは天才と呼ぶに相応しい腕を持っていた。
戦闘に向かない造物師でレベルを上げていけたのも、自らの作り出した道具が優れものだったからだ。
また、マリオロス本人の向上心も強かった。
といっても、強くなりたいとか、冒険者として成功したいという理由ではなく、より良い人形を作る為に造物師としてのレベルを上げていった。
そしてある時、マリオロスは魂の転移を手に入れた。
魂の転移。文字通り魂を移すスキル。それを使えば、人形に魂を移し、その体を自在に動かせる様になったらしい。因みに、元の身体は眠ったように反応がなくなるが、再度、魂を移すと何事もなく元に戻ったそうだ。
俺としては、正直、凄いというより怖いスキルだ。
そんな危なっかしい魂の転移を使って、マリオロスは自分の作った人形に自分の魂を移して遊んでいたそうだが、あまりにも人形に熱中するあまり、元の体を放置してしまって、ある時、マリオロスの本体は餓死してしまったらしい。
馬鹿じゃねーの! と、思うかもしれないがマリオロスはここからがマリオロスだった。
彼は、自らの死体と、悲しみに暮れる友人たちの前で言った。
「これは困ったな…………いや、困ることもないか、これで私こそが人形だ」
全くもって俺には理解不能なマリオロスは、その後も人形に魂を移したまま、更に人形を作り続け、レベルを上げ続けた。皮肉な事に、脆弱な人の身を棄て、強靭な人形を操ることでマリオロスのレベルは上がり続け、遂には天位の座に至ったという。
その何十年か後、一体いかなる経緯があったのか文献には残されてはいないのだが、とある地域の一領主とマリオロスは全面戦争に陥った。
その時に、領主と領主の軍を完膚なきまでに叩き潰したのが、マリオロス自慢の人形達だ。
龍を模した人形が火を噴き、大鷲の人形が空から人を襲い、巨人の人形が城を破壊し、人型の人形が領主を斬り伏せた。たとえ、マリオロスの操る人形が戦いで壊れても、平然と他の人形に乗り移って戦ったらしい。
その後、お尋ね者になったマリオロスは、自らの人形を引き連れて、いずこかへと消え去り、その消息は今なお、わからない。
それから数百年経った今でも、マリオロスと『人形師団』はどこかで動いている……というのは、有名なお伽話である。
さて、そんな曰く付きのスキルを、俺は一体どうすりゃいいのかね?
「ぶっちゃけ、とりたくねーな……」
というのが俺の本音。これを俺が使うと、おそらくは分身に魂が転移できるようになるのだろうけど、そうなると、俺の最大の弱点である俺本人は弱っちいという弱点が消えて、分身を全て倒さないと死なない。無敵の無限術師にパワーアップする可能性がある。
ただし、それは俺本人の体がどうなってもよければの話だ。
「前世の記憶を持っているとは言え、普通に親から貰った体だしなあ……」
少なくとも俺はマリオロスの様には割り切れない。
「分身召喚数倍化で4000人の軍勢というのも捨てがたいし……」
長所を伸ばすか? 短所を消すか?
悩みながらふらふらと歩いていたら、見知らぬ誰かにぶつかった。
「ごめん! ちゃんと前見て歩いていなかったわ!」
とっさに俺が謝ると相手も謝ってきた。
「いや、気にしないでくれ。私の方こそ、久しぶりの迷宮都市に目移りしててね。すまなかった」
そう、顔を見合わせると、相手は大変な色男だった。
──うわ、凄え美男子!
と、驚きはしたが別に男に見惚れる趣味はない。
軽く挨拶をして、俺も相手も、別の方向に歩き始めた。
そして、少し歩けば、男の事も忘れて当初の悩みを思い出した。
──さて、どうするか?
当分、答えは出そうになかった。




