115 恋する鉄体師、その7です。
カテュハと入れ替わるようにヒビキがやって来た。忙しい日だ。
「おはよ! たわわちゃん!」
「もう、お昼過ぎ」
たわいもないやりとりを交わしつつ、タワワはヒビキに対して、どんな態度をとるべきなのか悩んでいた。
カテュハにはリンゴレッドではなく、自分として考えてみると言ったものの、自分がヒビキのことをどう思っているのかハッキリとしない。
天位を争うライバルなのか? それとも……。
そんな風に迷うタワワとは対照的にヒビキの方は晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
そして、
「あの娘のことなんだけど……というよりフルルのことなんだけど、俺なりの答えが出たんだ。今まで、内緒にして貰って、ごめんね」
「そう、答えが出たの……じゃあ、ヒビキはどうするの?」
「うん。もう少ししたらさ、カテュハさんの様に、俺もフルルのことを奴隷から解放しようと思うんだ」
「ふーん……」
それはタワワにとって、全くの予想外という訳でもなかった。むしろ、ヒビキらしいかもしれない。
「じゃあ、フルル君とナナルーを故郷に帰すんだ?」
「いや、そのつもりもない」
「? ……ん? どういうこと?」
「まあ、聞いて聞いて」
首を傾げるタワワにヒビキがそう言ったので、大人しく続きを聞くことにした。
「俺はさ、今、結構強くなったじゃん?」
「うん」
「でさ、基本、無限術師は後衛職でフルルと一緒に引っ込んでいるからまず死なない。でも、天空迷宮は一人で挑まなけりゃいけないし、もしかしたら死ぬかもしれない。俺が死ねば、フルルはまた奴隷商人の預かりになってクランで取り合いか? そんな事になるくらいなら、あらかじめフルルを自由にしときたい」
いや、死ぬつもりは欠片もないんだけどね。
そう笑いながら、ヒビキは話を続けた。
「でね、俺が生き残って天位の座についた場合は、その後もフルルが必要だから、改めて、普通にパーティーを組めばいいと思うし、それなら、あの娘だって納得すると思うんだよね」
「でも、ナナルーはフルル君を故郷に連れて帰るって言っていたけど?」
「そこは説得するよ。というか、仮にフルルを田舎に連れて帰って一体、何になるかってね。農作業って力仕事だよ? どう考えても、あいつには向いてない。お金の面でも農家やるより、俺と冒険者やる方が絶対いいし、それに、家族に会いに行きたけりゃ、あいつの場合、奴隷の制約がなくなりゃ転移でひとっ飛びだし、それでいいんじゃない? 普段は俺と一緒に冒険者やって、休日は転移で故郷に帰る。全然、アリだと思うんだ」
「…………」
確かに聞いただけでは誰も損をしないように聞こえる。それならナナルーも納得できそうだし、ヒビキもフルル君を失わなくてもすむ。フルル君にとっても良い話だ。
でも、やっぱり、ヒビキが不必要なリスクを負っているように思える。
例えば、
「もし、それで、フルル君がヒビキから離れたらどうするの?」
田舎に帰ったり、他のパーティーに入ったりする可能性はある。奴隷を解放するということは、そういうことだ。
そうなったら、どうするんだろうと思ったが、ヒビキはあっさりと言った。
「そんときは、泣くよ」
「泣くって……」
「泣いて、落ち込んで、今まで飲んだこともないけど焼け酒でもする。もし、そうなったら、たわわちゃん。少しでいいから慰めてくれない?」
そんなことを大真面目に言うヒビキに呆れた。
「馬鹿じゃないの? フルル君を手放さなければいい話じゃない?」
「まあ、そうかもしれないけど……でも俺は、楽しく生きたい」
ヒビキは言葉の通り、本当に楽しそうな笑顔でそう言った。それにタワワは既視感を覚えた。前にも、そんなヒビキを見たことがある。
初めて出会った時に、天位になると言った日も、私にプロポーズしてきた時も、ドレステルの街で一緒に残ってくれた時も、この前、闘技場で、満座の観客に天位になることを宣言した時も、ヒビキは楽しそうに笑いながら決断していた。
――そうか……。と、タワワは悟った。
「フルルを信じずに、ずっと縛り付けるより、フルルを信じて裏切られる方がまだ、マシだと思う。……いや、あいつがそんなことするなんて欠片も思ってないんだけど……」
続くヒビキの話も、聞いていながらも聞いていなかった。考えているのは別のこと。
――そうか、私は、ヒビキのこういう所が好きなんだ。
今、はっきりとわかった。……でも、自覚したのは今だが、最初から兆候はあったのかもしれない。
他人に興味を向けなかった自分が、最初に出会った時のことを、わざわざヒビキに謝りに行ったのは、ヒビキのこういう――前向きな生き方、とでも呼べる強さに惹かれたのかもしれない。
なんにせよ、自分はヒビキのこういう所が好きで、自分もまた、そういう風になりたいと思う。
そんな風に自分の気持ちがはっきりしたら、自然と自分の目標も定まった。
――天位になろう。ヒビキよりも先に。
色々と考えた末に、全く変わりのない目標だ。我ながら芸がない。でも、結論に至るまでの過程はだいぶ変わった。少なくともリンゴレッドだから、ではない。
結局のところ自分は、リンゴレッドがどうであれ、過去がどうであれ、武芸者の道が好きで、他の誰にも負けたくない。もちろんヒビキにもだ。
ヒビキの事は好きだと自覚はしたが、それはそれ、これはこれ。ヒビキを好きであること、ヒビキに負けたくないことが、今の自分の中で矛盾なく共存している。
――それに、今になって、あの約束が気に入らない。
かつて、負けず嫌いの意地からヒビキと交わした、ヒビキが自分より先に天位になったら、お嫁さんでも何でも好きにすればいいという約束。
今のヒビキの実力なら、自分より先に天位になる可能性は十分にある。
でも、もしそうなった場合、ヒビキは、自分がヒビキの側にいるのは、そういう約束だったから――そう思うかもしれない。それは嫌だ。
――だから、私が先に天位になる。
先に天位になって、約束を破棄して、その上で自分の気持ちをヒビキに伝えよう。
そう決めたところで、ヒビキの話も終わりを迎えていた。
「という訳で、フルルは俺と一緒の方がいいってことをあの娘に伝えるつもりなんだけど、穏便に話し合う為に、話し合いの場に分身は出さないつもり。でも、あの娘、口より先に手が出るタイプだから、護衛抜きで向き合うのもアレなんだ。だから、たわわちゃんに俺とあの娘の間に入って司会者、兼、調停役をお願いしたいんだけど……駄目かな?」
「いいけど……」
「けど?」
「ヒビキは……あんまりかっこよくないね」
「え゛?」
「でも、ヒビキのそういう所……私はいいと思う」
「え゛え゛っ⁉︎」
脈絡がないような、でも紛れもない本心であるタワワのセリフに、ヒビキはびっくりして固まってしまった。
そんなに驚くこと? と、一瞬思ったけど、面と向かってヒビキに好意を――たとえそれが『いいと思う』という微妙な表現にせよ――伝えたのは初めてだ。
それを自覚したら、なんかちょっと気恥ずかしくなったのでプイッとヒビキから顔を背けた。
ヒビキがうろたえながら、尋ねてきた。
「え? え? たわわちゃん、俺、喜べばいいの? 嘆けばいいの? どっちなの?」
「……知らない」
顔を背けたまま、ボソッとそう呟いた。
好意を自覚することと、それを素直に伝えられることは別問題だ。
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翌日の早朝、まだ、皆が眠っている時間に、ヒビキはナナルーと話し合う為に、再びカテュハさんの家にやってきた。
流石に眠い、と、思いながら歩いてきたが、同じく、起きたばかりの筈のたわわちゃんは、ぱっちりと開いた瞳が眠気なんか一切感じさせない上に、美しく、愛らしく、神々しさまで兼ね備えているような感じがして、俺の方まで目が覚めた。こんなかわいいたわわちゃんが隣にいるのに寝てる場合じゃない。
それはいいんだが、
「こないね?」
「……うん」
いつもの訓練の時間になっても、ナナルーがこない。
「何? あの娘、意外と遅刻するタイプ?」
「ううん……今までは、ちゃんと時間通りに来た」
「なら、どうしたんだろう?」
「わからない」
偶には寝坊することもあるのかもしれない。なんにせよ、待つしかなかったのだが、待てど暮らせどナナルーがこない。
こないまま、皆が起きる時間を過ぎた。
幸い、たわわちゃんと二人きりだったので、焦れるどころか、これはこれで楽しい時間だったのだが、流石に心配になってきた。
「どうしたんだろうね?」
もう、5回目の、その疑問を呟いたその時だ、俺の家の警護を担当している分身から連絡があった。
『隊長。今、グレイス博士が隊長に会いたいって駆け込んで来たんですが』
『ああ? 博士が?』
一応、引っ越しの事は、友人や知り合いに一通り伝えたが、グレイス博士が最初に尋ねてくるとは意外だ。
『何の用だって』
『物凄い一大事が起こって、助けて欲しいらしいですよ? 白衣もボロボロの土まみれですし、なんかヤバげな感じです』
テレパシー越しだが、分身の危機感は十分伝わってきて、俺は顔をしかめた。
あの魔改造博士が助けを求める。どう考えても厄介事だ。




