113 恋する鉄体師、その5です。
とある日の早朝、まだ太陽が顔を出して間もない時間、とある天位の屋敷の庭で、二人の少女が拳を交えていた。
一人はタワワ=リンゴレッド、この屋敷の住人だ。
もう一人はナナルー=ホラル、10日程前にタワワに弟子入りした少女。
二人は毎日、早朝に手合わせすることが日課になっていた。
タワワはナナルーに合わせて闘気を抑えながら、相手の攻撃を待ち構えた。
「りゃっ!」
ナナルーが仕掛けた。静から動へと突如切り替わる体さばきは、ここ数日で眼に見えて向上している。
――やっぱり、この子は才能がある。
タワワはそう思いつつ、ナナルーの拳を受けた。更に自分も突きを返す。
相手が避けると更に前に踏み込んだ。
それに答える様にナナルーも前に出た。
ここ数日で、タワワとの実力差は思い知っているだろうに、それでも躊躇なく前に出れるのは前衛向きの性格だと言える。
至近距離で攻防を繰り返す二人、ナナルーは軟体動物のような柔らかい体を生かして、狭い空間でも勢いを殺さずに攻撃を仕掛けている。
それに対してタワワは基本的な体さばきや、受けと突きのみで対処している。
今、高等技術は必要ない。ナナルーが今、覚えるべきは体術の基本だからだ。だから、タワワは基本的な動きだけで戦い、基礎という物の有用性を実地をもって示している。
「りぃ、りゃ!」
タワワを真似するように、ナナルーの動きも変化していた。どうやら、タワワの目論見どおり基礎の有用性を肌で感じて、吸収している。実に優秀な弟子だ。
そのまま、しばらく、基本的な突きのみが二人の間を行き交った。
が、ナナルーは突然、踵落としを仕掛けてきた。
――悪くはない。
この奔放な動きが彼女の持ち味だ。基礎を覚えた上でその奔放さを使いこなせるなら、彼女は相当な達人になるだろう。
とはいえ、今の一撃は切り替えが甘く、踵落としが出る前に踵落としが来ることが読める。
たわわは斜め前に出ることで回避と攻撃を同時に行った。そして――、
ナナルーの踵落としは空を切った。
逆に、タワワの突きはナナルーのわき腹に突き刺さり、ナナルーが地面を転がった。
それが、決着だった。
「今日はここまで。最後の一撃は、悪くはなかったけど、動きが大きすぎて事前に読める。使いこなすには、まだ基本が足りてない」
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庭の隅に備え付けられている丸テーブルを囲んで、稽古前に用意していたお茶をカップに注いだ。
「ありがとうございます、師匠」
そう言いながらカップを受け取ったナナルーが、それを飲みながら一息ついた。
そして、
「毎日、稽古をつけてもらって、申し訳ありません」
ふいに、彼女が頭を下げてきた。その表情から察するに、どうやら毎日の稽古が、タワワの負担になっているのでは? そう思っているようだ。
それを、タワワは首を振って否定した。
「別に、気にしなくていい。貴女に出会う前から、朝の稽古は日課だったし、私の稽古にもちゃんとなってる」
嘘ではなかった。ナナルーとの組手は良い刺激になるし、物を教えるという行為は、反面、自分の成長に繋がっていた。
ナナルーはタワワの言葉を聞いてパッと笑顔を浮かべた。タワワと違って、感情の起伏が表にでる娘だ。まるで、万華鏡のように表情がころころと変わる。
今も、何か尋ねたい事があるけど、尋ねていいのだろうか? と考えている事が丸わかりだ。
「何か聞きたい事でもあるの?」
タワワが水を向けると、
「師匠は劇強いし、天位の座を目指しているんですよね?」
「ええ」
「なら、師匠なら蒼の軍勢と戦えますか?」
「…………」
なるほど、確かに聞きづらい質問だろう。タワワにしても、色んな意味で答えづらい。
タワワは、ヒビキがヒビキであることをナナルーに
告げてない。
「たわわちゃん! お願いだから、しばらく内緒にしてて! 考えと覚悟が決まったら、ちゃんと俺から話すから!」
そう言われて、はや10日だ。口が回る方でもないし、上手い解決策を思いつくわけでもない自分は、余計な事は言わないことにしている。
そろそろ、なんとかして欲しいと思うが、ヒビキが本気で悩んでいることも知ってる。
タワワは若干悩んで、正直に答えることにした。
「私は冬景色との戦いを見たけど、数を揃えられて陣形を整えられたら、まず勝てない」
ナナルーの表情が沈んだ。ヒビキより弱いタワワより弱いナナルーという力関係が明確だからだろう。
というか、
「ナナルーはヒビキと冬景色の戦いを見なかったの?」
「ちょうど、その頃、依頼でこの都市を離れていたんですよ。私が知ったのは決闘の後です」
「そうなんだ……」
見ていれば、今の馬鹿馬鹿しい状況はなかったのだが。
「あー……遠いですね……」
「ええ」
ナナルーの独白にタワワは頷いた。この娘には才能がある。いずれは上級冒険者の中でも指折りになるだろうとは思うのだが、それぐらいでは、とてもじゃないがヒビキを倒せはしないだろう。
だというのに、
「でも、諦めません! 師匠には鍛えてもらっていますし、パーティー仲間にも応援してもらってますし、それに、他にも協力してくれる人がいるんです。だから、いつか、必ず勝ってみせます!」
「そう……」
無謀だ……とは思う。ただ、タワワは高い目的に向かって努力する人間が嫌いじゃない。
――私も、ヒビキを超える為に、今の自分の限界を超えなきゃ……。
胸の内でそんな決意を固めていると、
「ところで師匠は、ヒッキーさんとは、どこまでいっているんですか?」
唐突に意味のわからないことを問われた。
思わずナナルーを見返すと、その顔が好奇心で満ち満ちていた。本当にころころと表情が変わる娘だ。
「どこまで……とは?」
「またまた……もう、付き合っているのか、まだ付き合っていないのか? デートはしたのか、キスまでやっちゃっているのか? そういう意味での、どこまでですよ」
何を聞かれているのか、今度はわかった。いわゆる恋バナというやつだ。
カテュハが、割とそういう話が好きで、何かと話題を振ってくるが、ナナルーも同じタイプらしい。
とはいえ、タワワにそんな話しを持ってこられても困る。
「別に、あいつとは、付き合ったりとか、そんな関係じゃない」
自分の思うところを正直に伝えると、
「ええええっ⁉︎」
ナナルーに、そんな馬鹿なって、言わんばかりに驚かれた。
「……なに」
「いや、だって、ヒッキーさんの方は、師匠のこと好きですよね? もう、一目瞭然ですよね?」
「…………」
そんなことはない。……とは言えなかった。確かに一目瞭然の態度だし、そもそも、過去にプロポーズされたこともある。といっても、それをナナルーに喋るつもりなどないが……。
「でもって、師匠もヒッキーさんのこと、結構、露骨に特別扱いしてますよね?」
「してない」
「えー、してますよ。この前一緒に街に出かけた時、周囲を群がる男どもに、鬱陶しいから近づくなオーラ、ガンガン出してたじゃないですか? でもって、ヒッキーさんが現れると、コロッと無くなったじゃないですか? だから、てっきり私、そういう関係なんだとばかり思っていたんですけど?」
「違う、誤解」
「でもでも! 私たちが初めて出会った時、師匠、ヒッキーさんに押し倒されていたじゃないですか⁉︎」
「あれは、あいつが転んだだけで、私はただ巻き込まれただけ」
「いや、でもヒッキーさんが転んだとして、師匠が巻き添えになりますかね? 師匠はいつも、大体2メートル以内の動向を把握してますよね? それこそ、今だって」
その唐突とも言えるナナルーの言葉は、タワワを驚かせた。
「⁉︎ 貴女、私の境界を知覚できるの?」
「これ、境界って言うんですか? ええ、なんとなくですけど、わかりますよ」
ナナルーはあっさりと答えたが、境界を知覚できる人間は数少ない。
どうやら、予想以上に才能があるようだ。
そう思いながら、境界の説明を始めた。
「境界は、気配や殺気を感じ取る力を、広げたもの。もし、貴女が習得できたなら、目と耳だけで戦う他の冒険者より、はるかに優位に立てる」
リンゴレッドでは奥義とされている技だ。タワワが天才と呼ばれる切っ掛けになった技でもある。
「凄い! 私にも教えてください!」
「貴女には、まだ早い。もっと基礎を積んでからにしなさい」
気配を感じ取るくらいなら、戦いに身を置く人間なら、大抵経験はあるだろうが、それを、見る、聞く、と同じように使うとなると、難しい。
もし今、ナナルーが習得出来たとしても、逆に害にしかならないだろう。
そう説明すると、ナナルーはガッカリしたが、次の瞬間には不思議そうな顔に変わった。
「でも、そんな凄いものがあるなら、やっぱり師匠が巻き添えになるとは思えないんですけど?」
「…………」
タワワはナナルーの質問に答えられなかった。
いや、実際、あの時、タワワが巻き添えを回避することも出来た。
でもしなかった。手を掴まれていた状況で下手に動くと、あいつが怪我をするから動くに動けなかったのだが、それはつまり、自分は……。
難しい顔で黙り込んだタワワに、ふいに真面目な顔でナナルーが告げた。
「師匠は、あんまり、恋愛上手じゃないですよね。でも、世の中なにがあるかわからないんですから、好きな人はちゃんと捕まえとかないと、明日いなくなっても知りませんよ」
その言葉には、意外な程、心情が込められていることが分かって、余計なお世話――そう返すことができなかった。




