110 恋する鉄体師、その2です。
タワワは休日、カテュハから遊んで来いと外に放り出される。
とはいえ、そんなに趣味が多い訳じゃないから、割と行動範囲は限られていたりする。今日は路地裏の白猫と戯れていた。
そんな所にヒビキがやって来て、家を買うとか言い出した。
「お金はあるんだけどさ、あれもこれもって訳にもいかないし、冒険者としての機能を優先すべきか? それとも、プライベートを優先すべきなのか? ちょっと悩んでいて、たわわちゃんはどう思う?」
「…………」
知らない。そんなのヒビキの好きにすればいい。それより、
「ヒビキは、一人で龍を倒したの?」
「うん? いやいや、倒したのはフルルと一緒……」
ヒビキはタワワの質問にそう返したけど、フルルに戦闘力がなく、サポートに特化しているのは知っている。
龍の単独討伐。それが、天空迷宮へ挑む資格だと知ったのは、つい最近。確か、今日投げ飛ばした男の取り巻きの女性冒険者だったと思う。龍に一人で挑んで、そのまま死んでくれって意図があらかさまだった。
まあ、なんにせよ天空迷宮へ挑む資格を知ったのだ。その日の晩、カテュハに龍に挑むことを告げたら、
「まだ早い、最低でもレベルが50を超えてからにしろ」
と、言われた。
カテュハは戦いに興味がないが、実力は確かだ。そのカテュハがまだ早いと言うなら、おそらくはその言葉の通りだ。
まだタワワには龍に挑む力が足りない。だというのに……。
胸の中のわだかまりが処理出来ない。このままだと、何か良くない事を口にしてしまいそうだ。
だから、今日はもう一緒にいない方がいい、そう思った。
「今日は帰る」
ヒビキに短く告げると、タワワは立ち上がった。
そのまま、歩き出すとヒビキが慌てて追っかけて来て、タワワの腕を捕まえた。
「ちょ⁉︎ ちょっと待ってたわわちゃん⁉︎ なんか、すっごい不機嫌なんだけど、俺、なんかした⁉︎」
「……そうじゃないけど、離して……」
「それとも、何か悩み事? 俺でよかったら相談にのるよ」
「いいから、離して」
強引に腕を引っ張ると、ヒビキがバランスを崩して倒れこんだ。タワワの方に向かって。
「うえっ!」
「あっ……」
二人はもつれながら地面に転がった。
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「うえっ!」
バランスを崩して倒れ込んだヒビキだったが、地面にぶつかって痛い思いをすることはなかった。
むしろ、どことなく柔らかく……。
と、そこで、自分がたわわちゃんの上に乗っかってるいることに気がついた。
顔を上げると彼女と間近で視線が合った。
結果的に押し倒した俺。押し倒しされたたわわちゃん。
そして、今気付いたし、決して意図的ではないのだが、俺の左手がたわわちゃんのたわわなところを触っている。というより埋まっている。
――うわ! 柔らかい……じゃなくてヤバイ!
突然、人生の窮地に陥った俺は、潔白を訴えるべく口を開いたのだが、
「ごめん! たわわちゃん! わざとじゃないんだ! いや、こういうことはちゃんと付き合った上で、たわわちゃんの了承を貰ってから、ゆっくりと楽しみたい派だから、ほんとにわざとじゃないんだ!」
言い終えてから、自分の馬鹿さ加減に気付いた。潔白を訴える場面で自分の欲望をそのまま出してどうするというのか⁉︎ どうして俺はテンパると、こう考える前に本音が出るんだろう⁉︎
そんな、完全に駄目な釈明を聞いたたわわちゃんは、それは冷たい声で俺に告げた。
「いいから、手をどかして」
その言葉に俺は焦りながら手を引いたが、今の態勢は左手でバランスを保っていた。
つまり、何が言いたいかというと、神に誓ってわざとではないが、左手を焦って引き抜いた結果、バランスを崩し、たわわちゃんの胸に飛び込んでしまった訳だ。
「わぷ…………」
うん。終わった。これは弁解出来ないわ。たわわちゃんに嫌われた。いや、さっきたわわちゃんが不機嫌になったのだって、こういう俺の駄目なところがたわわちゃんを嫌な気持ちにさせたんだろう。何が駄目って、こんな状況にも関わらず、今が人生最良の時だ……何て馬鹿な事を考えている自分がいて本当に駄目だ。
何にせよこれから、たわわちゃんに嫌われた人生が始まるのなら、いっそ誰でもいいから俺のこと殺してくんねーかな……。
そんな事を現実逃避気味に考えていると、幸か不幸か願い事は叶いかけた。
「そこの悪漢! 白昼堂々と女の子を襲うとは、なんたる卑劣! 死ね!」
「ぐはっ!」
聞き覚えのない声の主を視認する間もなく、わき腹に衝撃が来て、俺は吹き飛ばされた。どうやら蹴られたらしい。
ごろごろと転がって、今度こそ痛い。
――いったい何だ?
地面に仰向けになった身体を起こして、そちらを振り向くと、たわわちゃんのそばに一人の少女が立っていた。
見たところ、たわわちゃんよりまだ若い。淡い茶色の髪を短く切り揃えていて、美人というよりかわいい女の子だった。活発そうで、全身から躍動感が溢れている。
そんな少女は、蹴っ飛ばした俺ではなく、たわわちゃんを呆然と見ていた。
そして、
「助けてくれてありがとう。でも、そいつは…………友人で、偶々転んだだけ」
たわわちゃんは、立ち上がりながら、そう言ってくれた。
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「申し訳ありませんでした!」
女の子が俺に深々と頭を下げてきた。
「いや……あれは俺にも悪いところあったから、気にしなくてもいいよ」
いや、本当に。むしろ、たわわちゃんが怒ってないのが僥倖で、だから、一つ二つ蹴られたぐらいは笑って許せる。
「いえ、直ぐに早とちりするのは私の悪い癖です! 一目見た瞬間、これは女の子に相手にされず、性格も悪いゲス男が、いたいけな女の子を襲ってるに違いないと確信してしまって、つい殺すつもりで蹴っ飛ばしてしまいました! 本当にごめんなさい!」
「えっ⁉︎」
――つい殺すつもり? 殺す気だったの?
女の子の言葉が冗談に聞こえず、背中が冷えた。
「いや……でも……まあ、ちょっと痛かっただけだしね……」
「そう! そこなんですよ! 本当に凄い!」
女の子が勢いよくそう言ったが、何が凄いのかわからなかった。……と思ったら、彼女の視線は俺じゃなくてたわわちゃんを見ていた。その眼差しは凄く熱っぽい。
対して、たわわちゃんの方は、なんとなくやりずらそうだ。
「別に、大した事はしてない」
その声も、奥歯に物が挟まった感じだった。
「いえいえ、謙遜が過ぎますよ! この人を守ったアレ! アレは伝波ですよね⁉︎ 本来、攻撃技である伝波で、この人のわき腹に闘気を集めて私の蹴りを相殺するなんて神業ですよ!」
――えっ⁉︎ なにそれ⁉︎
女の子の言葉に驚いた俺が、たわわちゃんをマジマジと見つめると、たわわちゃんは気まずそうに向こうを向いた。
それで、女の子の言葉が本当なんだってわかった。
――うわっ……ああ、待って、ちょっと待って!
もう、たわわちゃんが守ってくれたことが嬉しいやら情けないやら。あと罪悪感がヒシヒシと攻めてくるし、この女の子、本気で俺を殺す気だったなら流石に危ない子じゃねぇ? などと、色々と混じって混乱した。
そして、そんな自分の心境が整理される前に、更に状況が変化した。
「貴方が私の求めていた人かもしれません。だから…………先に謝っておきますね、ごめんなさい。今から貴方のことを試したいと思います」
そう言って、女の子がたわわちゃんに頭を下げた。
と思ったら次の瞬間、女の子の姿がかき消えた。驚く間もなく、
パン!
乾いた音が隣から聞こえて、咄嗟に振り向くと、頭に放ったであろう飛び蹴りを、たわわちゃんが受け止めていた。
そして、
「ふっ!」「はっ!」「てや!」
少女が気合いの入った掛け声と共に、俺にはよくわかんないけど、なんか凄そうな攻撃を仕掛けた。
たわわちゃんの方も、静かにその攻撃をいなしている……んじゃないかな?
――えっ? えっ? えっ? なんでいきなりバトル⁉︎ 誰か説明してくんないかな⁉︎
わからない……俺にはもう何もわからない。
そんな風においてけぼりの俺の前で、二人の少女は激しい攻防を繰り広げていた。




