106 クラン『冬景色』その8です。
あっという間に6日が過ぎて、『冬景色』との決闘の日がやってきた。
俺は闘技場の控え室で、ひたすらに分身を呼び出していた。
生み出された分身は、この一週間、ほぼ24時間体制で作りに作った武具を身に付け、紫煙花の秘薬を飲み、準備を整えている。右手の封印はまだ解かない。
途中、分身たちが控え室を埋め尽くしてしまったので、フルルに『転移』を開いて貰って、人気のないエリアに整列させている。
「さあ、やるか!」
クラン一つ敵に回す大一番に興奮していたら、フルルが、
「あの、ごめんなさい」
と、謝ってきた。なんか神妙な顔をしている。
「んん? 何がごめん?」
謝られる理由がわからず、聞き返した。
「だって、僕の所為で、クランを敵に回すことになったんだし……怪我もしたし……」
「ああ、そういうことか……」
フルルらしい考え方だ。でも……。
俺はフルルの頭を掴んで、わちゃわちゃにした。「うわあ!」と悲鳴を上げたけど気にせず尋ねた。
「転移をとってくれって頼んだのは俺だけど、フルルに責任はある?」
俺の質問に、髪を整えながら答えるフルル。
「それは、ないけど……」
「だな。転移をとったのは俺の責任。強引な勧誘をしてきたのは冬景色の奴らが悪いし、人がトイレに籠っている時まで勧誘をしてくるのは、他のクランの奴らが悪い。自分の所為じゃないのに自分の所為にするのは、楽しくないぞ」
「……うん」
「お前が居なかったら、俺は、今でもゴブリンの相手で精一杯だよ。……じゃあ、俺は行くから、全軍を通したら、胸張って出てこいよ副団長」
「は、はい!」
フルルの返事を背中に受けながら、俺は軍勢の先頭に立ち、決闘の舞台へと足を進めた。
俺が姿を見せると観客が湧いた。でも、俺が人気者ってわけじゃなく、これから決闘が始まるから盛り上がってるっぽい。見る限り、かなりのギャラリーがいる。なんつーか、プロ野球選手にでもなった気分だ。
土が敷いてあるだけの簡素な決闘の舞台では、『冬景色』がすでに待ち構えていた。
ヴァイスを先頭にざっと40人。
(……あれ? 多くね?)
『冬景色』は30人程の規模だった筈だ。
「ふん。遅いじゃないか。おじけずいたかと思ったぞ」
「誰がおじけるか! それよりお前ら、人数が多くねぇ?」
俺の質問にヴァイスは胸を張って堂々と答えた。
「この一週間で、新規の入団者が10人程いてな……もっとも、明日には退団するが……」
「なっ……おま……卑怯だろ、それぇ⁉︎」
「負けられない戦いだ。全力を尽くすのは当たり前だろう? それに、一時的に傭兵を雇うのはクラン決闘の常套句だぞ」
「知るかぁ! たった二人相手になに策士ヅラしてんだよ陰険メガネ!」
「たった二人?」
そう呟いたヴァイスは俺を見て、俺の後ろで隊列を組んでいる分身を見て、首をかしげた。
「まさかと思うが、他のクランに助力は頼まなかったのか?」
「するわけねーだろ!」
「お前……馬鹿なのか?」
「こ、この、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
そこから先は、到底、主人公が使うような言葉ではなかった。
ヴァイスはそんな罵倒の嵐を受け流しながら、今回、フリーの上級冒険者を雇う為に支払った費用が無駄になったことを嘆息していた。
(全く、馬鹿馬鹿しい。最悪、龍殺しや要塞を相手にするつもりだったのに……馬鹿の考える事はわからんな)
内心でそんなことを考えていたが、ふと異変に気が付いた。
さっきから、馬鹿の分身どもが、向こう側の入り口から出てきて隊列を組んでいるが、一向に終わらないのだ。
噂によると、数百人は召喚できるそうだが、
(一列に30人として、10……20……30……5、6、7……馬鹿な……まだ増えている)
すでに1000人は超えている計算だ。その事にヴァイスだけではなく、他のメンバーも観客も気付き始めた。客席からもどよめきが聞こえてきた。
「いや、多くね?」「何人いるんだ、あいつら?」「闘技場の半分、埋まりそうなんだけど?」
生意気なガキは、そんな周囲の騒ぎを意に介さずにヴァイスへの罵倒を続けていた。
「いいか、これが魔物相手の殺し合いだったら卑怯も糞もねーよ。勝てば官軍だ。でもこれは人と人の決闘だぞ? 最低限のルールとプライドは持っていてしかるべきだろうが……」
「おい」
ヴァイスは永遠に続く様に思えるヒビキの罵倒を遮った。
「なんだよ?」
「貴様は……一体、何人の分身を従えている」
「答える義務はねーな……だけど教えてやるよ、1600人だ」
「なっ……!」
絶句したヴァイスにヒビキは人差し指を突き付け、宣告した。
「あー、全く腹立たしい。……あれだ。もう初対面からテメーは姑息だったよな? たった二人相手に10人以上で取り囲みやがって! 俺はなぁ、大勢で取り囲んで弱いものイジメする様な奴が大嫌いなんだよ! いいか⁉︎ 俺の方は正々堂々といくからな? 正々堂々、真正面から、俺の全軍で叩き潰して、お前の曲がった性根を叩き直してやるからな!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
闘技場では大勢の観衆が今か今かと、決闘の始まりを待ち構えている。そんな中、魔道具により響き渡る声が、観衆をより盛り上げていた。
「さて、これからクラン序列第三位『冬景色』と、無限術師でありながら、史上初の上級冒険者へと昇格したヒビキ君の決闘が始まろうとしています。その注目の一戦の解説役は、歌って踊れて戦える、みんなのアイドル、ヒルヒルダと、解説の仕事にのめり込み過ぎて最近、狩りの仕事していない系上級冒険者ダメンダンの二人が勤めたいと思います」
「ダメンダンです。よろしくお願いします」
「では、早速ですがダメンダンさん。この決闘には、最近では珍しい程の観客が集まっていますが、これだけの観客を引きつける魅力は一体、なんなのでしょう?」
「それはやはり、この戦いの結果次第で『転移』持ちの空間術師の所属が決まるからでしょう。それにより、クランの地位が変動するでしょうから、どこも見定めるつもりなんだと思います。ほら、あそこで固まっているのが要塞のメンバーですし、あちらは龍殺しの面々です。他にも混沌や巨人の剣のリーダーの姿も見えますね」
「冒険者のトップランナーが勢ぞろいですね! まだ中級冒険者の私には、イマイチ理解できないのですが、『転移』のスキルはトップランナーたちが、しのぎを削る程の代物なのでしょうか?」
「そうですね……率直に言えば……」
「率直に言えば?」
「『転移』持ちの空間術師、フルル君が所属したクランが、序列1位になるとみて間違いないと思いますよ」
「なんとなんと! そんなことになっちゃいますか⁉︎ だから、冬景色は準備万端で待ち構えているのですね?」
「はい。最後列には、最近、前線から退きぎみのクランリーダーの姿も見えますし、それどころか、本来クランメンバーではない、フリーの上級冒険者の面々も見かけられます。おそらくは、他所のクランが出てきた時の為に、報酬を支払って一時的にクランに加えたのでしょうが、あいつらはがめついですから、かなりの費用が掛かっているでしょう。それだけ、本気ということです。そもそも、負けたらクラン解散ですからね」
「なんとなんと! 『冬景色』にとっても存亡を賭けた一大決戦とあって、なりふり構っていません! 対するヒビキ君の方は…………あ、たった今、西口から表れました。青い武具で身を包んだ男たちが二列横隊で続々と入場しています!」
「先頭の人間が、ヒビキ君なんでしょうかね? ……それにしても、本当に同じ顔してるんですねぇ……」
「そうですね! ……ふふっ………あはは!」
「どうしました?」
「いえ、なんか少し滑稽に思えて……すいません」
「あー、確かにちょっと笑えますよね。観客席からも、ちらほらと笑い声がとんでますし……」
「さて、そんなヒビキ君ですが……そもそも、あらかじめ、分身を召喚しておくのはアリなんでしょうか? 決闘開始前に魔法を唱える、不意打ち行為に当たりませんか?」
「おそらくは大丈夫なんじゃないでしょうか? 無限術師の『分身召喚』は竜騎士の『騎竜召喚』や魔物使いが、あらかじめ魔物を召喚しておくことと同じ例外事項に当たる様に思います。ほら『冬景色』の竜騎士ガラサドも竜に乗っているじゃないですか?」
「なるほど! そういえば召喚系や常時発動系の一部は例外でしたね! ……それにしても、ドンドンと出てきますねー! 風の噂では数百人の分身を召喚できるとか? ちまたでは、彼のことは蒼の軍勢と呼ばれているそうですが、そう呼ばれるのも納得の光景です」
「そうですね…………おや、そのヒビキ君、何やら『冬景色』のサブリーダーと揉めてますね。凄い剣幕でまくし立てていますが……ちょっと、この距離では聞き取れませんね」
「あ! 私、聞き耳スキルを取得しているので、集中すればいけますよ! えーと、何々…………あー、これは駄目ですね……」
「ん? 聞き取れませんでしたか?」
「いえ、一応、聞き取れはしたのですが、それをそのまま口に出したら、私のアイドル生命が終わってしまいます。なので、ずいぶんといがみ合っている、としか言えません」
「なるほど……まあ、事の発端を考えるに、それも無理もないのでしょう。にしても、他のクランが介入するのではないかと言われていましたが、姿が見えませんね? 一体どうした事でしょう?」
「もしかしたら、ヒビキ君だけで戦う気かもしれませんよ、酷い罵倒の中に、ちらほらとそんな言葉が混じっています」
「それは、ありえないでしょう? 数十人の上級冒険者を相手に、たった一人……いや二人で戦える訳がない。確かに人数だけなら『冬景色』より勝っていますが、だからといって…………だからといって…………彼の分身。一体、いつまで出てくるんですかね?」
「え? …………あっ、確かに! 先ほどから、かなりの人数が西口から出て来ているのに、いまだに終わる気配がありません!」
「……今でもざっと500人はいますよ……」
「そうですね……」
「……」
「これで700人ですね……」
「……」
「……」
「まだ増えますね……」
「ええ。増えますね……」
「……」
「……」
「えと、これで1000人、超えてます?」
「おそらくは……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「まだ増えてます。これで1300人……って、えーーーーーーーーっ!」
「……これは凄い……」
「いや、待って待って! おかしい! これ、絶対におかしいでしょ⁉︎」
「確かにおかしな光景ですよね。『冬景色』の面々も、観衆もあぜんとしています」
「まだ、増えます! いや、本当に訳がわかりません! いったい、彼らはどこまで増え続けるのでしょうか⁉︎」
「まさか、無限術師の名前通り、無限に湧いて出たりはしないですよね? …………ですよね?」
「あっ! 今、聞き耳で拾っちゃいましたが、1600人だそうです! ひえっ! 1600人!」
「となると、もうそろそろ、この行進が終わりそうですが………………あ、遂に隊列が途切れました。……最後を歩いているのは、空間術師のフルル君でしょうか? …………それにしても、もういっそ壮観ですよね」
「いやー、ヒビキ君。入場しただけで私たちの度肝を抜いてしまいました。因みにダメンダンさんは、どちらが勝利すると思います?」
「……どうやら、他のクランの助力もないようなので、普通に考えたら『冬景色』なのですが……正直、予想できないですね、コレ」
「なら、見届けるしかありませんね! 只今より、クラン戦、始まります!」




